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約束
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裏庭から屋敷を抜け、正面玄関の木製扉を開けたところで、いきなりなかに押し戻された。
「え……?」
何が何だか分からなくて、恐る恐るもう一度扉に手をかけて押し開けると、隙間に割り込むようにして、何かが飛び込んできた。
「こら! 待ちなさいってば!」
重々しい音をたてて再び扉が閉じる。その寸前、そんな声が外から聞こえてきて、ブレイズは一瞬頭が真っ白になった。
この、どこか懐かしさを含んだ声音は――。
「……パティス?」
いや、でも、まだ屋敷を取り囲んだ森の結界は健在なはずだ。彼女が何の導きもなしにここへ至れるはずがない。
そこまで考えたところで、ブレイズは床になぎ倒された。
「……な、ナスター……っ?」
自分の上に圧し掛かって顔をなめようと頑張っている犬は、この十年慣れ親しんだ愛犬とは違い茶色い毛並みをしていた。でも、それは紛れもなくナスターで……。
ブレイズのナスターたちと異なるその毛色は、この犬が羊皮紙でできていたことを思い出させた。
紙より強く、保存が利く羊皮紙。
それが幸いして、このナスターは今まで無事でいてくれたのだろうか。
性格自体は自分の知る黒犬たちと殆ど変わらないように思う茶色いナスターを見て、健在でいてくれて有難うと心の底から感謝する。
「ブレイズ! 居るんでしょう!? ここ、開けて? 折角約束通り会いに来たのにナスターだけ特別扱いはずるいわ!」
木戸を一枚挟んで投げかけられた声は、やはりこの十年間、片時も忘れたことがない、パティスのものだ。
「パティス!」
その声にはじかれるようにナスターから逃れて重い木戸を押し開ける。
扉が開くのに従って屋敷内に入り込む月光を背に、パティスが立っていた。
「戻ってきたわ!」
言うと同時に飛びつくパティスを抱きしめながら、ブレイズはもう気安く彼女の頭を撫でたりできないな、と思う。
「私、今度こそ本物の大人の女性よ! もう、貧乳なんて言わせないんだから!」
ブレイズを見上げるパティスは、彼女が言う通り、女性らしいまろやかなラインをしていた。
そこには昔、ブレイズがペチャパイとからかった、幼い少女の姿はなくて――。
「そうだな……。もう、立派なレディだ。そんな姿を見せられちゃ、もう、あのときみたいに家に帰してやることはできねぇな。それでもいいのか?」
口調とは裏腹に、どこか不安げな表情でそう問いかけるブレイズに、
「帰れって言われたって居座るつもりよ?」
にっこり笑ってパティスが返す。
「――お帰り、パティス……」
そんな彼女を更に一層強く抱きしめると、ブレイズは今までずっと夢見てきた言葉を口の端に乗せた。
その声は、先ほどみたく月光に吸い込まれることなくパティスの耳朶に届く――。
「ただいま……!」
――今度こそ、彼を一人ぼっちにはさせません。
ブレイズの腕のなかで、パティスは満月にそう誓いを立てた。
自分の居場所は、ブレイズの腕のなかにしかないのだから。
そうして多分、ブレイズの居場所も。
そう思ってもう一度空を見上げると、今まで気付けなかったのが不思議なぐらい強い輝きで、二つの星が瞬いていた。
それは、満月にも負けない光を放ってパティスたちを見守っていた――。
終わり
「え……?」
何が何だか分からなくて、恐る恐るもう一度扉に手をかけて押し開けると、隙間に割り込むようにして、何かが飛び込んできた。
「こら! 待ちなさいってば!」
重々しい音をたてて再び扉が閉じる。その寸前、そんな声が外から聞こえてきて、ブレイズは一瞬頭が真っ白になった。
この、どこか懐かしさを含んだ声音は――。
「……パティス?」
いや、でも、まだ屋敷を取り囲んだ森の結界は健在なはずだ。彼女が何の導きもなしにここへ至れるはずがない。
そこまで考えたところで、ブレイズは床になぎ倒された。
「……な、ナスター……っ?」
自分の上に圧し掛かって顔をなめようと頑張っている犬は、この十年慣れ親しんだ愛犬とは違い茶色い毛並みをしていた。でも、それは紛れもなくナスターで……。
ブレイズのナスターたちと異なるその毛色は、この犬が羊皮紙でできていたことを思い出させた。
紙より強く、保存が利く羊皮紙。
それが幸いして、このナスターは今まで無事でいてくれたのだろうか。
性格自体は自分の知る黒犬たちと殆ど変わらないように思う茶色いナスターを見て、健在でいてくれて有難うと心の底から感謝する。
「ブレイズ! 居るんでしょう!? ここ、開けて? 折角約束通り会いに来たのにナスターだけ特別扱いはずるいわ!」
木戸を一枚挟んで投げかけられた声は、やはりこの十年間、片時も忘れたことがない、パティスのものだ。
「パティス!」
その声にはじかれるようにナスターから逃れて重い木戸を押し開ける。
扉が開くのに従って屋敷内に入り込む月光を背に、パティスが立っていた。
「戻ってきたわ!」
言うと同時に飛びつくパティスを抱きしめながら、ブレイズはもう気安く彼女の頭を撫でたりできないな、と思う。
「私、今度こそ本物の大人の女性よ! もう、貧乳なんて言わせないんだから!」
ブレイズを見上げるパティスは、彼女が言う通り、女性らしいまろやかなラインをしていた。
そこには昔、ブレイズがペチャパイとからかった、幼い少女の姿はなくて――。
「そうだな……。もう、立派なレディだ。そんな姿を見せられちゃ、もう、あのときみたいに家に帰してやることはできねぇな。それでもいいのか?」
口調とは裏腹に、どこか不安げな表情でそう問いかけるブレイズに、
「帰れって言われたって居座るつもりよ?」
にっこり笑ってパティスが返す。
「――お帰り、パティス……」
そんな彼女を更に一層強く抱きしめると、ブレイズは今までずっと夢見てきた言葉を口の端に乗せた。
その声は、先ほどみたく月光に吸い込まれることなくパティスの耳朶に届く――。
「ただいま……!」
――今度こそ、彼を一人ぼっちにはさせません。
ブレイズの腕のなかで、パティスは満月にそう誓いを立てた。
自分の居場所は、ブレイズの腕のなかにしかないのだから。
そうして多分、ブレイズの居場所も。
そう思ってもう一度空を見上げると、今まで気付けなかったのが不思議なぐらい強い輝きで、二つの星が瞬いていた。
それは、満月にも負けない光を放ってパティスたちを見守っていた――。
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