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02.如月龍之介/written by 市瀬雪
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「早かったわね」
「まぁ、大体決めてたし」
リビングに戻ると、嗅ぎ慣れたコーヒーの香りが漂っていた。
真っ白なテーブルの上には、それとは別に焼き菓子が用意されている。昔から俺が好んで食べている店のものだ。
「どれにしたの?」
いつもの席に座った俺の前に、ハイブランドのカップとソーサー――カップの中身はブラックコーヒー――を置きながら、母親が足元に置いてある紙袋を覗き込んでくる。
「……いい趣味ね」
隙間から見ただけで、それがどんなものか分かったらしい。彼女はふふ、とどこか含んだような微笑みを浮かべた。
「いい趣味って……片方は母さんが選んだやつだろ」
「だからいい趣味ねって言ったのよ」
俺にぴったりサイズのドレスとワンピース。
そのワンピースの方を選んだのが母さんだ。
「なんだかんだ言いながら、私が選んだのを着てくれる隆之介が好きよ」
言うなり、母さんはふざけるようにウィンクをした。
ばちっと飛んだハートが俺にぶつかり、カップの中に落ちた気がした。
「――あ、そういえばほら。数軒先の萌々ちゃん。覚えてる?」
「あぁ、萌々がなに?」
「大学、特待生で受かったんですって」
「へえ、そうなんだ」
「すごいわよねぇ」
向かいの席に座った母さんが、自分のカップを持ち上げたまま、ほう、と息を吐く。
「……そうだな」
俺は大好きないちご味のフィナンシェを口に放り込みながら、適当に相槌を打った。
まぁ、萌々は元々頭は悪くなかったからな。そこまで驚きゃしねぇけど。
思いながら、俺もカップを取り上げる。
「うちのお嫁さんになってくれないかしら」
「……っ! はぁ?! 誰が?!」
「だから、萌々ちゃんよ。……だめ?」
「だめ。無理」
口に含みかけたコーヒーを、噴き出しそうになりながらも即答する。
「あんなちんちくりん誰が……」
あれを俺の嫁に?
先刻久々に会ったばかりの萌々の姿を思い返しながら、俺は口端をひくりと引き攣らせる。
そんな俺を見て、母親は小さく肩を竦め、コーヒーをひと口飲んでから言った。
「あなただって小さい頃は小柄だったのに」
「……知ってるけど」
そんなのはこの家にあるアルバムを見れば一目瞭然だ。
確かに俺は小学校低学年までは大きい方ではなかった。……っていうか、小学校入るまではクラスで一番背が低いくらいだった。その頃は10人に聞けば10人間違うくらい、顔も女みたいだったし……。
おかげで、女の子も育ててみたかったという母親に、俺はよけいに可愛がられて――。
「アリスの格好とか、すごく似合ってたのに」
「それは否定しないけど」
そう、俺はこの母親に、いつもではないにしろ、ちょくちょく女の子の服を着せられていたのだ。
「認めるのね」
「実際可愛かったからな」
だけどそれは、別に無理矢理とか、そんな一方的なものではなくて、むしろ俺も着させて貰えることが嬉しくて堪らなかった記憶がある。何だか、違う自分になれるような気がして。
「それが急にこんなに大きくなっちゃうんだもの……お母さんびっくりしたわ」
「嫌だったのかよ」
「いいえ、満足よ。いい男に育ってくれて嬉しいわ」
「……そりゃどうも」
ただまぁ、それが今日まで続くことになるとは……母さんも思ってなかっただろうけどな。俺自身も思ってなかったし。
……まぁ、今更ひらひらは着れないけど。
「今度見せてよ。買うわよ、ブロマイド」
「ブロマイドって」
再度噴き出しかけたのを何とか堪え、思わず母さんの顔を見る。
すると彼女はきわめて真面目な顔で言った。
「そうね。せっかくだから腕のいいカメラマンを雇いましょうか」
「まぁ、大体決めてたし」
リビングに戻ると、嗅ぎ慣れたコーヒーの香りが漂っていた。
真っ白なテーブルの上には、それとは別に焼き菓子が用意されている。昔から俺が好んで食べている店のものだ。
「どれにしたの?」
いつもの席に座った俺の前に、ハイブランドのカップとソーサー――カップの中身はブラックコーヒー――を置きながら、母親が足元に置いてある紙袋を覗き込んでくる。
「……いい趣味ね」
隙間から見ただけで、それがどんなものか分かったらしい。彼女はふふ、とどこか含んだような微笑みを浮かべた。
「いい趣味って……片方は母さんが選んだやつだろ」
「だからいい趣味ねって言ったのよ」
俺にぴったりサイズのドレスとワンピース。
そのワンピースの方を選んだのが母さんだ。
「なんだかんだ言いながら、私が選んだのを着てくれる隆之介が好きよ」
言うなり、母さんはふざけるようにウィンクをした。
ばちっと飛んだハートが俺にぶつかり、カップの中に落ちた気がした。
「――あ、そういえばほら。数軒先の萌々ちゃん。覚えてる?」
「あぁ、萌々がなに?」
「大学、特待生で受かったんですって」
「へえ、そうなんだ」
「すごいわよねぇ」
向かいの席に座った母さんが、自分のカップを持ち上げたまま、ほう、と息を吐く。
「……そうだな」
俺は大好きないちご味のフィナンシェを口に放り込みながら、適当に相槌を打った。
まぁ、萌々は元々頭は悪くなかったからな。そこまで驚きゃしねぇけど。
思いながら、俺もカップを取り上げる。
「うちのお嫁さんになってくれないかしら」
「……っ! はぁ?! 誰が?!」
「だから、萌々ちゃんよ。……だめ?」
「だめ。無理」
口に含みかけたコーヒーを、噴き出しそうになりながらも即答する。
「あんなちんちくりん誰が……」
あれを俺の嫁に?
先刻久々に会ったばかりの萌々の姿を思い返しながら、俺は口端をひくりと引き攣らせる。
そんな俺を見て、母親は小さく肩を竦め、コーヒーをひと口飲んでから言った。
「あなただって小さい頃は小柄だったのに」
「……知ってるけど」
そんなのはこの家にあるアルバムを見れば一目瞭然だ。
確かに俺は小学校低学年までは大きい方ではなかった。……っていうか、小学校入るまではクラスで一番背が低いくらいだった。その頃は10人に聞けば10人間違うくらい、顔も女みたいだったし……。
おかげで、女の子も育ててみたかったという母親に、俺はよけいに可愛がられて――。
「アリスの格好とか、すごく似合ってたのに」
「それは否定しないけど」
そう、俺はこの母親に、いつもではないにしろ、ちょくちょく女の子の服を着せられていたのだ。
「認めるのね」
「実際可愛かったからな」
だけどそれは、別に無理矢理とか、そんな一方的なものではなくて、むしろ俺も着させて貰えることが嬉しくて堪らなかった記憶がある。何だか、違う自分になれるような気がして。
「それが急にこんなに大きくなっちゃうんだもの……お母さんびっくりしたわ」
「嫌だったのかよ」
「いいえ、満足よ。いい男に育ってくれて嬉しいわ」
「……そりゃどうも」
ただまぁ、それが今日まで続くことになるとは……母さんも思ってなかっただろうけどな。俺自身も思ってなかったし。
……まぁ、今更ひらひらは着れないけど。
「今度見せてよ。買うわよ、ブロマイド」
「ブロマイドって」
再度噴き出しかけたのを何とか堪え、思わず母さんの顔を見る。
すると彼女はきわめて真面目な顔で言った。
「そうね。せっかくだから腕のいいカメラマンを雇いましょうか」
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