【完結】【R18】キス先② 大安吉日。私、あなたのもとへ参りますっ!

鷹槻れん

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18.大安吉日

何もかもが大誤算

「ききちゃん。ずっと知りたがってました……。ちゃんと、の意味」

 ややしてポツンと日織ひおりがつぶやいて。

 修太郎はそんな日織を見て〝だから日織さんはそれを執拗に聞き出そうとなさっていらしたのか〟と思い至った。

「先に入籍や結婚をしてしまったら……ききちゃんは〝ちゃんと〟将来のことを考えられなくなってしまうものでしょうか?」

 日織がポツンとつぶやいて……修太郎は胸の奥にチクリとした痛みを感じずにはいられない。

 それは、そのまま自分と日織の関係性にも当てはまるように思えたから。

 自分が入籍や結婚を急いだことで、日織の人生は狭まったりしていないだろうか。

 そう思ってしまった修太郎だ。

 だから、余計に理人が何と答えるのかが気になって、つい動きを止めて聞き入ってしまう。


「……どうでしょうね。実際のところは僕にもよく分かりません」

 だが、理人が返してきた言葉は、修太郎が思っていたほど自信に満ち溢れたものではなかったから。

 何だか拍子抜けしてしまう。

「えっ。それはどういう……?」

 そうしてそれは、理人に質問を投げかけた日織ひおり本人も同じだったようで。

 思わずといった調子でほんのちょっと身を乗り出すようにして、理人に詰め寄った。


***



「……結局のところ人によりけり、場合によりけりだと思うから、でしょうか」

 理人はそんな日織ひおりをじっと見つめて。

「僕だって、さっき言ったみたいに思っていますけど……葵咲きさきと僕を取り巻く状況次第では考え方が変わることも十分に有り得るとも思っています。それに……実際――」

 そこで隣に座る葵咲きさきの肩をそっと抱き寄せると、理人は彼女の艶やかな黒髪に唇を寄せて、しかし視線だけは修太郎と日織をしっかり見据えて続ける。

「あなた方お二人を見ていたら、――そうですね。先に逃げられないように捕まえておいて、そのあと柔軟に手綱を緩めて自由にしてもらうのも有りだな、と思う自分がいることも事実です」

 言って、今度こそ腕の中の葵咲に視線を移すと、理人は恋人の目を真正面からじっと覗き込んだ。

「ね、葵咲は僕とどうなりたい? どういう形が一番幸せ?」

「えっ……?」

 突然理人にそんなことを問いかけられた葵咲が、驚いたように瞳を見開く。

 それを見つめながら、理人は思った。

(そもそもさっきの〝ちゃんと〟にしたって、僕のひとりよがりで勝手な思い込みとも言えるんだよね)
 と。

 だから――。

 理人は葵咲きさきが望むなら、もう〝ちゃんと〟しなくてもいいんじゃないかと思い始めていたりする。

(僕も大概流されやすいよね)

 実際修太郎たちふたりを見ていると、そんな気持ちにさせられるから不思議だ。


「――私ね、来年の三月には大学卒業するの」

 いま、葵咲きさきは満二一歳。

 そうして今日は六月十一日(土曜日)の大安吉日だ。

 日織も六月生まれだけれど、実は葵咲もそうで。

 二四日に満二三歳になる日織を追うように、葵咲も月末の三〇日に満二二歳になる。


「就職はね、うちの大学の事務に内々定をもらってる」

「えっ⁉︎ ちょっと待って、葵咲っ! そんな話、僕、聞いてないよ⁉︎」

「うん、いま初めて言ったもん」

 小さく吐息を落とす葵咲に、理人はオロオロしまくりで。


 正面からその様を眺めている日織と修太郎も、突然の予期せぬ事態に口を挟むことが出来なくて静観するしかない。

 修太郎の横で、日織がそっとデキャンタを手にしてトクトクと手酌で自分のグラスを満たしていることに、誰も気付けないくらい、葵咲の言葉は場の空気を制していた。


***


「ききちゃはホントにしゅごいのれす。わらしもしゅーたろぉさんとまた一緒に……はたら……」

 パタン……と突然。
 器用に食器を倒さない形で机に突っ伏した日織ひおりが、伏せたままとした口調でそうつぶやいて。

 葵咲きさきの衝撃告白に固まっていた三人の目が、一斉に日織に注がれる。

「日織さんっ?」
「ひおちゃんっ⁉︎」

 修太郎がガタッと椅子を跳ね除けて立ち上がるのと、葵咲が理人から視線を外して頓狂とんきょうな声を上げたのとがほぼ同時だった。

 理人は一人、葵咲からの告白のショックから立ち直れないみたいに呆然としたまま――。

 結局これ以上の宴の続行は不可能という判断になった。


***


「すみません。こんな中途半端な形になってしまって――」

 日織は結局スヤスヤと寝息をたてて寝落ちしてしまっていただけだったので、寝室に連れて行って寝かせたのだけれど。

 さすがに宴席の真っ只中にホスト側がそんなことになるとは思っていなかった修太郎は、申し訳なさに眉根を寄せた。


「いえ、元はと言えば僕が彼女のグラスを満たしたのが原因ですので」

「本当その通りだよ! 理人のバカっ」

 申し訳なさそうに理人が修太郎に頭を下げるや否や、葵咲がそれに追い討ちをかける。


 実際には三人が気付かないところで、更にもう一杯、日織ひおり自身が勝手に手酌てじゃくで注いで飲んでしまったことが『日織寝落ち事件』の決定打だったりするのだけれど、そのことは誰も知らなかったので〝理人が悪い〟ということになってしまった。


塚田つかださんがひおちゃんにこれ以上飲ませないようになさってらしたの、理人だって分かってたでしょう?」

 葵咲きさきにキッと睨まれて、「本当、ごめんって。――けど、お酒の力を借りないと話せないこともあるだろう?」と、謝罪しつつも理人は懸命に反論を試みる。


「――現にだって内々定のこと」

 と拗ねたようにつぶやいて葵咲を見つめたところを見ると、珍しく理人が葵咲に物申しているのはそれが理由らしい。

 それに気付いた葵咲は、「そっ、その話の続きはホテルに帰ってからっ」と慌ててそっぽを向いてしまった。


 程なくして、修太郎が手配したタクシーに乗って二人は帰ってしまったのだけれど――。


(僕はお止めしたのに……。自業自得とはいえ、知らない間にお友達が帰られたって知ったら……日織さん、悲しまれるだろうなぁ)

 そう思ったら、スヤスヤと眠る日織の寝顔を見つめながら、思わず溜め息の漏れる修太郎だ。

 それに――。

 せっかくの〝初夜〟だと言うのに。

 そちらもどうやらお預けになりそうで。

 修太郎的には、何もかもが大誤算だった。
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