13 / 264
(3)尽からの提案
コンプライアンス
しおりを挟む
嫌味に思われるかもしれないが、客観的に見ても自分は男としてはかなりの優良物件だと思うし、容姿だって恵まれている部類に入る。
話術だって人よりは長けているつもりだ。
己れの懐に取り込んでしまいさえすれば、何とか出来る自信がある。
「動きがあったら真っ先にお前に連絡する。俺は直樹が思ってる以上にお前のこと、買ってるからな」
「――それは公私どちらの意味で?」
「もちろん、両方だよ」
ククッと笑って心配性な幼馴染みに「お疲れ」と手を振りながら背を向けると、尽は裏口詰め所にいた警備員へ声をかけてエレベーターに乗り込んだ。
誰が残っているにせよ、常務の務めとしてこんなに遅くまで社員が残らねばならない理由ぐらいは把握しておきたい。
こういう細々とした日々の積み重ねが、会社全体に綻びを生むことだってあるからだ。
いつもは自室のある八階まで一気に上がることが多い尽だ。
エレベーターに乗り込むなりつい癖で操作パネルの【8】を押してから、『あ』と思って【7】も押した。
直樹が一緒ならこんなミスはしない気がして『頼り切りはいかんな』と苦笑する。
ついでに彼が一緒なら間違えて押した行先ボタンの取り消しもしてくれただろうが、面倒なのでそのままにした。
予定では七階で降りて電気の付いていたフロア――恐らく総務課――へ顔を出すはずだったのだが、目的の階に着いてドアが開いたと同時。
目の前に幽鬼のような様相で、ふらりふらりぐらつきながらひとりの女性が立っていた。
(残業していたのはやはり彼女だったか)
パッと見て、先日ホテル前で見かけた玉木天莉だと分かったのだが。
想像以上に参っている様子の彼女に、尽は声を掛け損ねてしまった。
いつもの自分ならそれぐらいの不測の事態、何ということもなく乗り越えられるのに。
(……調子が狂うな)
明らかに体調が悪そうに見えたから、てっきり帰宅するつもりでエレベーターを待っていたんだろうと思ったのに、天莉は何故か最上階行きになったままのこの箱へ乗り込んできた。
そのことに軽く驚いた尽は、柄にもなく息を呑んで。
扉が閉まるなり、取り消しボタンを押していなかった箱がそのまま上昇を開始したから、(ちょっと待て。俺はともかく本当に彼女は上へ上がるんでいいのか?)とますます不審に感じた尽だ。
(この状態で、上の階に何の用があるんだ?)
そう思いながら、手すりに捕まって何とか立っている様に見える天莉を観察する。
結局のところ、単なる操作ミスだったらしいと、天莉の慌てぶりを見て容易に推察が出来た尽だったのだが。
自分が「さてどうやって彼女を絡めとるか」と策を巡らせるより先に、目の前で天莉が倒れてしまったから。
とりあえず手っ取り早く天莉を休ませることが出来そうな自室へ運び込んだ尽だ。
だが――。
(いくら非常事態だからって……俺とふたりきりになってしまうような個室へ女性社員を連れ込んだのは法令遵守的にまずかったんじゃないか?)
今更のようにそんな当たり前のことに気が付いて、無意識に吐息が漏れた。
きっとこの場に直樹がいたならば、「お前、やっぱりバカだろ?」と叱られていたことだろう。
尽はソファに寝かせて自分の上着を羽織らせた天莉の様子を遠目に見遣りながら、携帯を手に取った。
電話帳から呼び出したのは、先程帰したばかりの〝伊藤直樹〟。
尽は眠っている様子の天莉を起こさないで済むよう、直樹に用件だけ手短にメールした。
話術だって人よりは長けているつもりだ。
己れの懐に取り込んでしまいさえすれば、何とか出来る自信がある。
「動きがあったら真っ先にお前に連絡する。俺は直樹が思ってる以上にお前のこと、買ってるからな」
「――それは公私どちらの意味で?」
「もちろん、両方だよ」
ククッと笑って心配性な幼馴染みに「お疲れ」と手を振りながら背を向けると、尽は裏口詰め所にいた警備員へ声をかけてエレベーターに乗り込んだ。
誰が残っているにせよ、常務の務めとしてこんなに遅くまで社員が残らねばならない理由ぐらいは把握しておきたい。
こういう細々とした日々の積み重ねが、会社全体に綻びを生むことだってあるからだ。
いつもは自室のある八階まで一気に上がることが多い尽だ。
エレベーターに乗り込むなりつい癖で操作パネルの【8】を押してから、『あ』と思って【7】も押した。
直樹が一緒ならこんなミスはしない気がして『頼り切りはいかんな』と苦笑する。
ついでに彼が一緒なら間違えて押した行先ボタンの取り消しもしてくれただろうが、面倒なのでそのままにした。
予定では七階で降りて電気の付いていたフロア――恐らく総務課――へ顔を出すはずだったのだが、目的の階に着いてドアが開いたと同時。
目の前に幽鬼のような様相で、ふらりふらりぐらつきながらひとりの女性が立っていた。
(残業していたのはやはり彼女だったか)
パッと見て、先日ホテル前で見かけた玉木天莉だと分かったのだが。
想像以上に参っている様子の彼女に、尽は声を掛け損ねてしまった。
いつもの自分ならそれぐらいの不測の事態、何ということもなく乗り越えられるのに。
(……調子が狂うな)
明らかに体調が悪そうに見えたから、てっきり帰宅するつもりでエレベーターを待っていたんだろうと思ったのに、天莉は何故か最上階行きになったままのこの箱へ乗り込んできた。
そのことに軽く驚いた尽は、柄にもなく息を呑んで。
扉が閉まるなり、取り消しボタンを押していなかった箱がそのまま上昇を開始したから、(ちょっと待て。俺はともかく本当に彼女は上へ上がるんでいいのか?)とますます不審に感じた尽だ。
(この状態で、上の階に何の用があるんだ?)
そう思いながら、手すりに捕まって何とか立っている様に見える天莉を観察する。
結局のところ、単なる操作ミスだったらしいと、天莉の慌てぶりを見て容易に推察が出来た尽だったのだが。
自分が「さてどうやって彼女を絡めとるか」と策を巡らせるより先に、目の前で天莉が倒れてしまったから。
とりあえず手っ取り早く天莉を休ませることが出来そうな自室へ運び込んだ尽だ。
だが――。
(いくら非常事態だからって……俺とふたりきりになってしまうような個室へ女性社員を連れ込んだのは法令遵守的にまずかったんじゃないか?)
今更のようにそんな当たり前のことに気が付いて、無意識に吐息が漏れた。
きっとこの場に直樹がいたならば、「お前、やっぱりバカだろ?」と叱られていたことだろう。
尽はソファに寝かせて自分の上着を羽織らせた天莉の様子を遠目に見遣りながら、携帯を手に取った。
電話帳から呼び出したのは、先程帰したばかりの〝伊藤直樹〟。
尽は眠っている様子の天莉を起こさないで済むよう、直樹に用件だけ手短にメールした。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
137
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる