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(23)許してやるつもりなんてない

この馬鹿親にしてこの子あり

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 ブルブルッと胸ポケットに突っ込んだままのスマートフォンが振動して、じん恍惚こうこつとした目で自分を見つめてくる江根見えねみ紗英さえの手首を握る手にグッと力を込めたまま、「失礼」と一言告げて携帯を耳に当てた。

「……ああ、まだ総務課のフロアだ。――悪いがこっちに頼む」

 手短かに用件のみで通話を切った尽に、紗英がキラキラと瞳を輝かせて尽ににじり寄って来て。

高嶺たかみね常務じょぉむぅ~、今のお電話のお相手ってぇ、もしかして秘書の伊藤直樹さんですかぁ?」

 尽は今すぐにでも目の前の女を突き飛ばして距離を取りたいのをグッとこらえて、紗英の手首を握る手に力を込めると「ああ」と答えた。

(指先が触れるだけでも胸糞が悪いが、今はまだこいつを逃がすわけにはいかないからな……)

 今からここへ来る人物を見たら、紗英は逃げ出しかねない。

 当初は自分の執務室での断罪遂行すいこうを考えていた尽だ。

 だが、紗英自身が同僚たちの前でのを望んだのだから仕方がない。

 執務室ならば外から出入り口を塞いでしまえば袋の鼠だったのだが、ここ――総務課フロア――だと広すぎてそうはいかないから。

 苦肉の策で握りたくもない紗英の手首を掴む羽目になっている尽だが、本音を言うと縄でも掛けてやりたいくらいだ。

「あぁん、高嶺たかみね常務ぅ、そんなに力を込められたら手ぇ、痛いですぅ」

 手首を握るより肩を抱いて欲しいと自分を見上げて強請ねだる紗英に、尽はいい加減限界だ。

「……職場だからね」

 スリスリとこちらへ身体を寄せてこようとする紗英さえを片手で制すると、(何とかする気はないのか?)という願いを込めてすぐそばに立つ江根見えねみ則夫のりおへ視線を投げ掛けたのだけれど。
 則夫は、職場内で同僚らの視線を物ともせず婚約者でもない男にあからさまにびた態度を取る娘に、何の注意もする気はないらしい。

 そのおろかさにもほとほと呆れて盛大に溜め息をつきたい衝動に駆られたじんだが、何とかこらえて。

(この馬鹿親にしてこの子ありだと思えば納得だな)

 自分を合点がてんさせるためにそう思いながらも、先ほど直樹に手配を頼んだ人物の到着が待ち遠しくてたまらない。


 腕の中に抱き締めてもほのかに甘い香りがする天莉あまりこころよさと違って、紗英からは距離を取っていても吐き気がするような強い香水の香りが漂ってくる。

 そのにおいが身体にまで移って来そうで、尽は手を洗ったくらいでこの不快感がぬぐえるだろうかと思って。

 自分のすぐ横で、ニコニコとそんな娘を見詰めている江根見えねみ則夫のりおにも吐き気がするが、全ては天莉あまりのためと思ってグッと我慢をする。

 だがこれ以上紗英にすり寄ってこられたら、さすがに嫌悪感を隠し切れる自信がない。

 帰宅後は天莉へ触れる前に、絶対風呂へ入ろうと心に誓った尽だ。


 と、やっとフロアの扉が開いて、待ちわびた人物が姿を現して。

 尽は視線だけで入ってきた相手にこちらへ来るように誘い掛けた。
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