上 下
6 / 28

6。

しおりを挟む
「……お嬢様、何をされているのです?」
侍女の方がさっきよりもさらに冷たい声で、令嬢の方を問い詰めた。

「首輪の代わりに付けたのよ。これなら可愛いし、ノラ犬に見えないでしょう?」
「…ならその血文字は何のおつもりですの」
リュウ家に関係する犬だと思われれば、待ってる間に他の人に見つかっても、これ以上の無体はされないでしょう?」

お守りみたいなものよ、と言って令嬢は俺に視線を合わせた。

「本当なら、このまま連れて行ってあげたいのだけど。ちょっとウチも今ごちゃついているの…ゴメンなさいね」

竹の器にもう一度水を入れて横に置くと、女は立ち上がった。
俺は首元に巻かれた布と、女の顔を交互に見つめる。

「そのリボンの端の文字は劉(リュウ)と読むのよ。私の家の名前なのーーアナタにあげるわね」

きっと少しは役に立つわと言いながら、怪我をしていない反対の耳元を撫でてきた。……そこはくすぐったいんだが。

けれど撫でながら少し嬉しそうに顔を緩めているので、しばらく黙って撫でられてやっていると、自分の血のニオイに混じって女の血のニオイが鼻腔に入ってきた。

頭を動かすと、血の滲んだ手の甲が目に入る。
大して深くもなさそうな傷だが、何度も血を搾り出していたせいで乾いた血がべっとり張りついていた。

ーーわざわざ自分で傷口を拡げてまで、コイツは何がしたいんだか。

人間の考えはさっぱり分からない。
けどまあ、何かしら俺の為になると考えてやったらしい、という事だけは分かりたくないのに分かってしまった。

俺は頭を動かし、女の手の甲の血糊をペロペロと舐めて、キレイに取ってやる。

勝手にやられた事とはいえ、手当てもされた。
人間の事は大嫌いと言う言葉で片付けられないくらい憎んでいるが、一応コイツは恩人だ。

「あら、キレイにしてくれたの?ふふ、ありがとね!」

すぐに戻るから待っててと言い残し、令嬢は俺から離れていった。
付き添っていた侍女も、俺の事など最初から見なかったように無視して、一緒に竹林に消えていく。


俺はため息をつき、丸まって目を閉じた。

ーー体力を回復させるには、寝るに限る。止血もされたし、このまま死んでしまうなんてことにはならないだろう。

ひとまず助かったことに安堵し、俺は深い眠りについたのだった。
しおりを挟む

処理中です...