【本編完結】異世界から来た迷い犬は婚約破棄令嬢を拉致することにした

夕木アリス

文字の大きさ
5 / 28

5。

しおりを挟む
麻雅マーヤお嬢さま、ここでしたかーー勝手に走って行かないでくださいと申しましたでしょう」

竹林の奥からやってきた女は、不機嫌そうな顔でそう文句を言った。

お嬢様、なんて呼ばれると言うことは、手当てをしてくれた女は何処ぞのご令嬢だったらしい。

刃物を振り回して竹を切ったり、血塗れの犬を介抱したりと、随分と破天荒な令嬢がいたものだな。
まあお陰で助かったわけだが。


「あら、小鈴シャオリン。ごめんなさいね。犬の鳴き声が聞こえて、思わず走ってしまったのよ」
貴女を置いていくつもりなんてなかったのよ?と気まずげに目を逸らす令嬢を、侍女らしき女が睨みつける。

「全くいつもいつも…貴女と違って私達のように纏足てんそくを施されているものは、まともに走ることもできないのですよ?
 ご自分を基準になさるのはどうかと思いますわ」

これだから大足女は…と口の中で小さく呟くのが耳に入る。
ーーひょっとして、この二人仲が悪いのか?


「…本当にごめんなさい。気をつけるわ」
「そうなさって下さい。ーーそれで?その見窄みすぼらしい野良犬は何なのです?」
「ここで怪我をしてうずくまっていたから、手当てをしていたのよ。
 耳が千切れかけているからこの後お医者様へ連れて行こうと思うのだけど…」

ダメかしら、と問いかける令嬢を、侍女の方が冷たい目で見遣る。

「何を馬鹿な事を。駄目に決まっております。
 そんな血塗れの汚らしい犬を、お屋敷に連れて行くことなどできません」
「なら、アタシが走ってお医者様を呼んでくるわ。小鈴は此処で待っていて頂戴」
「…お断りしますわ。いつ噛み付いてくるとも分からない犬と残されるなんて御免被りますものーー
 ああ、勿論私に医者を呼んでこいなんて言わないで下さいませね?私の足はですから」

そう言って服の裾を摘んであげるのを見れば、その侍女の足は令嬢の足の半分ほどの大きさしかなかった。


ーーーこれは、一体どういうことだ。
同じ人間の女の足なのに、何故ここまで大きさが違うんだ?
背丈の大きさは殆ど変わらないというのに。足だけ見ると大人と幼児くらいの差があった。

しかも何故だか侍女の方が誇らしげで、一方の令嬢の方は下を向き、口惜しげに唇を噛んでいる。

俺には訳が分からなかった。

こいつらは主人と使用人という関係に見えるのに、何故主人らしき方が立場が弱そうなんだ?

まさか足が小さい方が優れている、とでも言うつもりなのか?
…人間の優劣の基準は、俺には理解不能だな。



「ーーええ、そうよね。分かっているわ」
令嬢はそれだけを応えてから、俺の方を見て話しかけてきた。

「ねえ子犬さん。少し待っていてくれないかしら。
 アタシ、今からココにお医者様を連れてこようと思うの」
「お嬢様、正気ですか」
「ええ、それなら何も問題ないでしょう?」

そう言うと、令嬢は髪を結っていた布を解き、自分の手に取った。

「小鈴、筆を持ってはいないかしら?」
「…生憎、外を出歩くのに不要な物は持ち合わせておりませんわ」
「そう、なら仕方ないわね」

全然仕方なさそうな声音でそう言うと、令嬢は持っていた刃物で竹を細く割り、端をペン先の様に尖らせて削っていく。
出来上がった棒を見て満足げにすると、今度は何をトチ狂ったかその棒で自分の手の甲を刺しやがった。

「ーー?!お嬢様なにをー!」
「あ、違うわよ。刺してないわ。
 …さっき移動している時に笹で切ってしまったから、丁度よく血が出てるのよね」
「そんな話はしておりません。何をされているのですか」
「だって筆がないなら、墨だって持っていないでしょう?」
何か書けるものが欲しかったのよ、と言いながら血の付いた棒で布の端に何か書きつけだした。

線がかすれる度に腕の傷口から血を絞り出し、竹のペン先につけるを繰り返して、何か不思議な柄を描いていく。

「ーーよし、できたわ!これでちゃんと読めるかしらね。
 …ちょっとじっとしててね?」

そう言うと描きおわった布を俺の首にくるくる巻きつけ、可愛らしく形を整えだした。
一通り引っ張ったり伸ばしたりした後、顔を離して俺を眺め「うん、とっても可愛い!」とほざきやがった。

ちょっ、ヤメろ!俺はオスだぞ?!可愛らしくとか嫌がらせか!


…それよりこの人間、今度は一体何のつもりなんだ?


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

処理中です...