【本編完結】異世界から来た迷い犬は婚約破棄令嬢を拉致することにした

夕木アリス

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六回目からは護りの首輪と変化の腕輪を両方身につけ、犬の姿で会いに行くようになった。


最初に犬の姿でマヤの前に現れた時、涙を流さんばかりに大喜びして俺を抱きしめたままクルクルと回っていた。
ホントに感情表現の激しいやつだな。

その後俺の体を触りたくり、耳や脚に傷がほとんど残ってないのを確認して安堵した後、俺の首輪を見つけてピタリと手を止めた。

「おまえは自分のご主人様を見つけたのね、良かったわ。
 …すこし残念だけど」

そう言って、「次のご主人様は良い人そうね」と笑った。
そのご主人様っていうのはマヤなんだが、犬の姿で説明できるわけもなく、俺はマヤの手を舐めながら尻尾を振って見せた。

「ふふ、立派な首輪。綺麗な腕輪もしているのね?
 “リュウ”って彫り込みまでされているわ…
 アタシがリボンに書いておいたかしら」
きっと前に何処かで飼われていた犬だと思って、名前をそのまま使ってくれたのね。

心底安心したという顔で微笑むマヤは、以前よりも疲れた顔をしていた。ーー何か良くないことでもあったのだろうか。
そういえばさっきから時折顔をしかめるような表情をしているが…まさかどこか具合でも悪いんだろうか?

くぅーんと声をあげ、尻尾を垂らして精一杯心配だと伝える。

言葉を話せればこんな伝わるか伝わらないか分からない仕草をする必要もないが、今の俺は犬の姿だ。
たとえ喋れたとしても、ヒトの言葉を話すわけにはいかない。

「あら、どうしたの?お腹でも空いた?」

違う。そうじゃないっ。あーもう…もどかしいったらないな。

「今何か持っていたかしら?ちょっと待ってね…
 !痛っ…」

俺を抱えたまま荷物を探ろうとしたマヤが、バランスを崩して座り込んだ。
やっぱりどこか怪我でしているんじゃないのか?

そう思って今度は俺がマヤの周りをうろうろする。


「アタタ…やっぱり、纏足の真似事なんてするもんじゃないわね。
 まともに動けやしないわ」
そう言ってマヤは靴を脱ぐーー中からは布で固く、ギチギチに締め上げられた足が見えた。

な…んだ、これ。なんでこんな事を。
とりあえず、この布を何とかしないと。マヤの足が壊死してしまう。


そう思い、巻き付けたれた布に牙を立てて切り裂いていく。
普通なら無理なのだろうが、護りの首輪による身体強化のおかげで固かった布がビリビリと破れていった。

あっと言う間に両の足の布を全て破りさり、中から出てきた血の気の失せた足をペロペロと舐める。
赤く縛り上げたカタのついた足が痛々しい。

マヤは最初呆然と俺のことを見ていたが、足を舐めるとくすぐったそうに笑い出した。

「ひゃっ、ん!リュウ止めて!くすぐったいわ」

マヤは舐めていた俺をサッと抱っこして、強制的に舐めるのを止めさせた。

「もう…アタシ足は弱いのよ、そんなに舐めちゃダメ」

そう言って俺の顔をむにむにと摘まむ。…地味に痛い。

「けど…心配してくれたのかしら。ありがとうね。
 …これは自分でやったことなの。だから、心配しなくても大丈夫よ。」

自分で…だって?こんな足に悪そうなことを、なんでわざわざ?
そう思って俺は首を捻る。

「ーー!ふ、あはははっ!
 リュウ、あなたって仕草が人間みたいね!」

一瞬面食らったような顔をした後、マヤは堪え切れないと言った風に笑い出した。
笑って笑ってーー少しだけ混じっていた涙が笑い過ぎたせいなのかは、俺には判断がつかなかった。
ただ嵐のようなソレが治るのを待って、溜まった目尻の涙をそっと舐めとる。


「あはっ!はは…っはあぁーー。はぁ…。ああ、面白かった。
 もう、リュウって本当に犬なの?
 空気読みすぎで、実は人間だって言われても信じちゃうわ」

いまだにクスクスと笑いながら、マヤは俺の頭をわしゃわしゃ撫でた。

「ーーうん。ヤめヤめ。馬鹿なことは止めるわ。
 今さら布で固めたって、一度大きくなった足が縮むわけではないもの。
 無駄なことをして、自分を痛めつけるなんて愚かよね」

ひとつため息をついてからぐっと伸びをして、また俺の頭を撫でる。

「…あなたのお陰で目が覚めちゃった。
 ありがとうね、アタシの小さな英雄さん」

……面と向かってそんなことを言われると思っていなくて、くすぐったい気分でそっぽを向く。

「ふふ、照れているのかしら?可愛い。
 ーー本当に人間みたい」

マヤはひとしきり全身を撫でると、すっくと立ち上がった。

「…そろそろ戻るわ。あなたも今の飼い主さんのお家に帰ってね。
 もしまたここで会えたら、次も話を聞いてもらってもいい?」

そう聞かれて俺は頭を縦にひとつ振り、尻尾を地面にパタリと打ちつけた。

「ほんと、賢いのね。ーーじゃあリュウ、またね」

その日俺はマヤの姿が見えなくなるまで背中を見送ってから、竹林の奥ーー元の世界へと戻っていった。
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