【本編完結】異世界から来た迷い犬は婚約破棄令嬢を拉致することにした

夕木アリス

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21。(マヤ視点1)

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麻雅マーヤ、私は今日ここで、貴女との婚約を破棄させてもらう」


今日は劉家の長女であるアタシと、婚約者であるガオ家の嫡男、ファン様の結納式の日。
侍女に「先に広間で待っておくようにと言付かっております」と言われ、アタシは大広間で彼を待っていた。

両側には、劉家と高家の親戚一同がずらりと並び、かなり人口密度が高い空間になっている。
そんな中で本日の主役だからと目線の集まる上座に座らされたが正直居心地は最悪で、結納式だか何だか知らないがさっさと済ませて帰りたいと、頭をよぎるのはそればかり。

もちろんそんなことを顔に出すわけにはいかないので、なるべく誰とも目を合わさないように下を向きひたすら押し黙って、なかなか現れようとしない婚約者の登場を大人しく待っていた。

待っていた、のだが。


「私は貴女のことを嫌っていたわけではない。ただ出会ってしまったのだーー私の運命の人、此処にいる劉春明シュンメイに」


約束の時間を大幅に遅刻しているにも関わらず、謝罪の一言もないまま。

勝ち誇ったような笑みを浮かべる私の妹を抱き寄せ、彼もまた溶けるような笑みを浮かべていたのだった。







「ーーーとんだ茶番に付き合わされたものだわ」

屋敷の裏手の竹林に逃げ込み、十分に奥深くまできたところで手頃な石に腰掛けて一人ゴチる。
結納式用に着飾らされた豪奢な衣の裾が地面に擦れて汚れたが、まあ今更些細なことかと気にしないことにした。


あの、結納式の会場で。
劉家ウチの両親も、高家むこうの両親も。何なら親戚の叔父や叔母達も。
誰一人として、反対の声を上げるものがいなかった。

…つまりは、とっくに根回し済みだったのだろう。

末端の分家の人間の中には知らなかった者もいたようで、広間の端の方からはざわざわとした囁き声も聞こえたが、それだけだ。

わざわざ親戚一堂が介する結納式で婚約破棄と、妹との結婚を宣言するなんて馬鹿にするにもほどがある。

常識を疑う行動だが、おそらく妹か継母が元婚約者にお願いをしたのだろう。
二人とも少し嗜虐的な性格で、そういう見せ物を殊の外喜ぶ人たちだから。

「まあ困ったことに、ちっとも悔しくないのだけど」

むしろそんな常識知らずの行動を恥ずかしげもなくやってしまえる男なんて、こちらから願い下げだ。

相思相愛なら結構なこと。ぜひそのまま運命の相手とやらと添い遂げてもらいたい。

そんな風に思うくらいには、元婚約者のことも結婚のことも、とっくの昔に諦めがついていた。






アタシは劉家の長子ではあったが、最初から家の娘として認められていたわけではない。
いわゆる庶子というやつで、小さい頃は生みの母と二人、街外れで慎ましやかに暮らしていた。

農作業や荷運びの手伝いをしたり、店番や子守をしたり、山に入って薬草を集めて薬師に買い取ってもらったり。

母娘だけの生活はそれなりに大変だったけど、子供ながらにやれる仕事は何でも引き受けて、日銭を稼いだ。
隣人にも恵まれて持ちつ持たれつやっており、食い詰めることもなく。
忙しいながらも、普通に幸せな子供時代を過ごしていた。

状況が変わったのは十歳を過ぎた頃。母が病に伏して、その薬を手に入れる対価として町医者の手伝いをするようになってから。
アタシの存在が劉家の当主ーー父に、知られてしまった。

母が劉家の妾の一人で、しかも身篭った状態で逃げ出していたなんて、その時までちっとも知らなかった。

幸か不幸か顔がそこそこ整っているという理由で、嫁がせる駒としては使えるからと本家に引き取られることになり。
母を劉家の侍医に診せるという条件で、アタシは本家に戻り、同時に婚約者を決められた。

婚約者様は近隣のガオ家のご子息で、元々家柄が釣り合うからと、子供達の中の誰かは結婚させる約束をしていたそうだ。
高家には息子達しかいなかったから、劉家の娘の誰かは高家に嫁ぐことが決まっていた。

元々向こうの家長は春明シュンメイを嫁にと望んでいたらしい。
ただうちの父はそれを渋ったーー美しく可憐で、金の蓮と呼ばれる小さな足を持った春明ならば、高位の家に嫁がせることもできるから、という打算があったからだ。

同格の高家には庶子の姉を宛てがって、見目麗しい妹はより高位の家との繋がりに使う。
父にとっては春明の方がより有用な駒というだけで、嫁がせる娘はどれも婚姻関係を結ぶための駒に過ぎなかった。


でも今から数ヶ月前、領地でちょっとした暴動が起こった。

その鎮圧に力を貸し、劉家に恩を売った高家は、劉家に花嫁の交換を打診してきた。
出し惜しみせずに、見目麗しい妹の方を嫁に寄越せ、とーー。

きっと、元婚約者様の意向もあったに違いない。
顔合わせの際に、アタシではなく横に座る妹の方を何度も見つめていたから。
妹もファン様のことが気に入ったらしく、潤んだ目で熱い視線を送っていた。

二人にとってアタシは最初からとんだお邪魔虫だったらしい。

とにかく、高家に嫁ぐのはアタシではなく、春明となった。
でもそれはいい事だ。二人とも相手を好いているのなら、政略結婚ばかりの高位の家の中では幸せな結婚だと言えるだろう。


だから問題はそこではなく。
残ってしまったアタシも、おそらく無理矢理誰かと結婚させられる、と言うことだ。


纏足もしていない大足女で、婚約破棄された傷物の令嬢。
そんな娘を欲しがる男など総じてロクなものじゃない。

父親よりも歳の離れた御老体の後妻ならまだマシで、高位の家から払い下げられた娘を甚振いたぶることに性的興奮を覚える男の妾、なんて線だって、そこに莫大な結納金が見込めれば十分ありうる話で。
そんなのは流石にごめんだった。


いっそ放逐してくれれば、なんとでも生きていけるのに。
多少の薬や商売の知識はあるし、体も頑丈だから外での作業だってこなせる。
食べていくだけなら何とかなるはずだ。

ただ、アタシに利用価値があるうちは、あの父は放逐も勘当も頼んだってしてくれないだろう。



ーーーどこだっていい。家から、父から逃げられるなら。

どこでも構いはしないから、捕まえられずに済む場所に逃げたかった。
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