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しおりを挟む「ちょ、ちょっと待って!」
「ダメだ、待たない」
抱え込んだままの状態で俺は自分の手首に巻いていた護りの首輪を外し、マヤと俺の手首にまとめて巻きつけ直して固定した。
これでマヤも無事に世界を渡れるはずだ。ーーとりあえず、今回は。
「待ってってば!お願い、アタシの話も聞いて!」
腕の中でマヤが暴れて、俺が被っていたフードがズリ落ちる。
隠していた犬耳が現れて、暴れていたはずのマヤがピキリ、と固まった。
「へ?ーーえっ、何、それ…。動物の、耳?」
「ーーあ、見えちまったか」
やっちまったかな。ま、今更バケモノ扱いされたところで、やる事は変わらないーーちょっとは凹むけど。
ただ…単なる化け物扱いされるのもシャクだし。そろそろ種明かしといこうか。
あとはちょっとの懺悔と、叶わないかもしれない願い事も。
「ーー俺が、誰か分からない?」
そう言って、マヤと首輪で繋いだのとは反対の腕を捲ってやる。
服の下から現れたのは、若竹色の腕輪と色褪せたリボン。
「嘘…その腕輪ってーー
それにそっちのリボン、アタシが昔犬にあげた?」
茫然とした顔でつぶやきながら、マヤがリボンの端を辿る。
「ーーこれ、アタシの字だわ…」
覚えてる?と聞くと、覚えてる、と返された。
「アタシが、怪我をしていた犬にあげたモノで…
あの時書くものがなくて、血でこれを書いて……」
リボンから目を離さず、まだあったのね、とマヤが小さな声で呟いた。
「そう。あの時マヤが、これを巻いてくれて。
子犬の俺に名前をくれるって言ったんだ。
…もう分かったかもだけど、今の姿も犬の姿も、どっちも俺なんだ」
黙っててごめんな、と閉じ込めた腕の中に謝罪の言葉を落とす。
「そう、だったのーー
でも…。正直、まだ信じられないわ。
その耳本物なの?」
「ああ、触ってみるか?」
怖がるかと思ったが、マヤは嬉々として拘束されていない方の腕を伸ばし、耳を撫でたり引っ張ったり、好き放題こねくり回してきたーーちょっとは遠慮しろよ。
「そろそろ痛いんだが。いつまで触ってんだよ」
「あら、ゴメンなさい。可愛くてつい、ね。
ーーホントに本物なのね」
信じられないけど、ちゃんと犬の耳だったわ、とマヤがほうっとため息をついた。ーー何故満足気なのか聞くのは今度にするか。
ちょっと緩んだ顔のまま、マヤがゴチる。
「お伽話の中にいるみたいね。犬が人になるなんて」
「…俺は犬だが?」
「ヒトの言葉を喋って、二本足で立っていて、
なんならアタシよりも背が高いのに?」
「最後の一つ関係ないだろ」
「アタシにとってはそれなりに重要なの」
笑いながら、犬がアタシより大きい訳ないわよ、と指を突きつけられた。
「それでも犬だって言ってるだろ」
「でもこうやってお喋りしてると、犬に思えないもの」
…マヤはどうしたって俺を人間扱いしたいらしい。
まあそんなことより。
「それよりーーそろそろ、いいか?」
「何がよ?」
「…アンタのこと、拉致っていいかって聞いてんの」
もう十分待っただろ、と聞くと、マヤは目を大きく見開いた。
「ーー本気なの」
「もちろん」
「下手なところに逃げても捕まるだけよ」
「絶対追いかけられない所に連れてってやる」
随分な自信なのね、と呆れを含んだ声で聞かれるが、なんせこれから逃げるのは異世界だからな。
「抵抗されても連れて行く気だが、できれば同意が欲しい」
そう言って、さっきまで俺の耳を良いように弄んでくれた手を引き寄せ、手の甲にキスを贈る。
「…あなた、結構キザだったのね」
「今だけ精一杯格好つけてんだよ。茶化すな」
「残念、からかい甲斐がありそうなのに」
茶目っ気たっぷりの笑顔でクスリと笑われる。これ、後で蒸し返される予感しかしないな。
「それで、返事は?」
今だけは、まっすぐマヤの目を見て尋ねる。
その俺の目を挑むように見返して、マヤが不敵に笑った。
「ーーいいわ。またとない好機ですもの」
“あなたに攫われてあげる”と、元婚約者や父親の話をしていたときのような痛々しさの欠片もない顔で言い放つマヤ。
そんな彼女をもう一度離さないように抱きしめて、俺は婚約破棄令嬢を異世界に連れ去った。
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