79 / 174
2章
28。ニンジンは安直だったようです
しおりを挟む
呼吸を落ち着けながら手元の本に目線を落としていると、ページの端に影が差した。
「お城の書庫でイチャつくなんて、あの猫もいい性格してるよね。あそこまでこれ見よがしに牽制してくると逆に笑えるんだけど」
「クレイ…どこから見てたの」
影はクレイが前に立ったかららしい。ウサギもあんまり足音がしないものなのね。
「場所を聞かれてるなら書庫の奥から、期間を聞かれてるなら、まあ大体全部かな」
「…できれば止めて欲しかったのだけど?」
「無理だね、ボクが出ていった方がこじれたと思うよ?」
あの猫相当嫉妬深いよね、ヤになっちゃう、とクレイが深々とため息をついた。
そういえば前も自分で、猫の嫉妬は怖いんですよ、とかなんとか言ってたわね。
他人からも指摘されるってことは、冗談でなくシアンはかなりのヤキモチ焼きらしい…これ、結構まずいんじゃないだろうか?
何がマズいって、シアンがナチュラルに実力行使に出そうなところが。
前回クレイのことをシメると言ってた時も目が本気だったもの。
シアンのいる前でクレイに声を掛けるのは極力避けよう。地雷と分かってて踏み抜く趣味はないわ。
ーーだとすれば、今が前回のお礼をするチャンスね。さっさと済ませないと。
私は居住まいを正してクレイの目を見上げる。
「…何、急に改まって」
「クレイ、前回は本当にありがとう。あなたのおかげで助かったわ」
「ーー別に、目の前で人が倒れそうになったらあれくらい普通でしょ?」
「そうかもだけど、助かったのは事実よ」
あのまま地面に激突していたら、今頃顔面に結構な青痣ができていたかもしれない。
いくら大したことのない顔でも、そんな事になったらしばらくは鏡を見るたび凹む事になっていたもの。
「なら、もう二度と同じ事がないように気をつけてよ。普通に心臓に悪い」
「ええ、それはもちろん。ーーそれで、昨日街で素敵な洋菓子屋さんを見つけたの。良かったらこれ貰ってくれない?」
私は手提げバッグの中から焼き菓子の詰め合わせが入った袋を取り出し、クレイに渡した。
クレイはとりあえずは受け取ってくれたが、袋の中をじっと見て固まっている。
あれ、外したちゃったかしら?
「…ねえ、これ何?」
「え、ニンジンクッキーの詰め合わせだけど」
袋の中身は、大小様々な形をした人参クッキーだ。
ひょっとして甘いもの嫌いだった?と首を傾げる。
「この前クレイ、私の読んでた本を戻すときにお菓子の挿絵をじっと見てたじゃない?だから、お菓子が好きなのかと思って」
前回書庫でクレイに頼んでいた資料をもらった時。
それまで読んでいた近隣諸国の風土や食文化について書かれた本を、片付けておくと言って持っていってくれた。
その時ついでのように中身をパラパラ捲ったあと、クレイはお菓子のページのところで手を止めて、しばらくじっと眺めていたのだ。
「お菓子は嫌いじゃないけど。だからって、何でニンジンクッキーなのさ」
「まあウサギと言えば人参かなーと」
お店の人にも好きなはずだとオススメされたし。
そう言うと「偏見もいいとこだよね」とため息をつかれた。
「言っとくけど、別にウサギ全員がニンジン好きってわけじゃないからね」
「あ、そうだったの…ひょっとして、クレイはニンジン嫌い?」
「ボクは……まあ普通」
「得意じゃなければ、また別のを買ってくるわ」
「ーーその場合、これはどうするの?」
「え?そうね…シアンとマゼンタに食べてもらおうかしら」
甘いポップコーンもバリバリ食べていたし、お茶会で出されたクッキーも普通につまんでいたから、二人とも甘いものも大丈夫なはず。
エリザにあげても良いんだけど…トマトとピーマンが嫌いって話だから、人参も高確率でダメな気がする。やっぱりあげるならあの二人かな。
家でお茶をする時に、お茶請けとしてでも出せば食べてくれるだろう。
そう思って袋を受け取ろうと手を出したが、クレイは渡してくる事はなく。
少し逡巡する素振りを見せた後で、しっかりと袋を抱きかかえた。
ーーーあれ?なんで?
てっきり返却される流れかと思ったんだけど。
一向にお菓子の袋を渡そうとしないクレイを見て、私は首を傾げた。
「お城の書庫でイチャつくなんて、あの猫もいい性格してるよね。あそこまでこれ見よがしに牽制してくると逆に笑えるんだけど」
「クレイ…どこから見てたの」
影はクレイが前に立ったかららしい。ウサギもあんまり足音がしないものなのね。
「場所を聞かれてるなら書庫の奥から、期間を聞かれてるなら、まあ大体全部かな」
「…できれば止めて欲しかったのだけど?」
「無理だね、ボクが出ていった方がこじれたと思うよ?」
あの猫相当嫉妬深いよね、ヤになっちゃう、とクレイが深々とため息をついた。
そういえば前も自分で、猫の嫉妬は怖いんですよ、とかなんとか言ってたわね。
他人からも指摘されるってことは、冗談でなくシアンはかなりのヤキモチ焼きらしい…これ、結構まずいんじゃないだろうか?
何がマズいって、シアンがナチュラルに実力行使に出そうなところが。
前回クレイのことをシメると言ってた時も目が本気だったもの。
シアンのいる前でクレイに声を掛けるのは極力避けよう。地雷と分かってて踏み抜く趣味はないわ。
ーーだとすれば、今が前回のお礼をするチャンスね。さっさと済ませないと。
私は居住まいを正してクレイの目を見上げる。
「…何、急に改まって」
「クレイ、前回は本当にありがとう。あなたのおかげで助かったわ」
「ーー別に、目の前で人が倒れそうになったらあれくらい普通でしょ?」
「そうかもだけど、助かったのは事実よ」
あのまま地面に激突していたら、今頃顔面に結構な青痣ができていたかもしれない。
いくら大したことのない顔でも、そんな事になったらしばらくは鏡を見るたび凹む事になっていたもの。
「なら、もう二度と同じ事がないように気をつけてよ。普通に心臓に悪い」
「ええ、それはもちろん。ーーそれで、昨日街で素敵な洋菓子屋さんを見つけたの。良かったらこれ貰ってくれない?」
私は手提げバッグの中から焼き菓子の詰め合わせが入った袋を取り出し、クレイに渡した。
クレイはとりあえずは受け取ってくれたが、袋の中をじっと見て固まっている。
あれ、外したちゃったかしら?
「…ねえ、これ何?」
「え、ニンジンクッキーの詰め合わせだけど」
袋の中身は、大小様々な形をした人参クッキーだ。
ひょっとして甘いもの嫌いだった?と首を傾げる。
「この前クレイ、私の読んでた本を戻すときにお菓子の挿絵をじっと見てたじゃない?だから、お菓子が好きなのかと思って」
前回書庫でクレイに頼んでいた資料をもらった時。
それまで読んでいた近隣諸国の風土や食文化について書かれた本を、片付けておくと言って持っていってくれた。
その時ついでのように中身をパラパラ捲ったあと、クレイはお菓子のページのところで手を止めて、しばらくじっと眺めていたのだ。
「お菓子は嫌いじゃないけど。だからって、何でニンジンクッキーなのさ」
「まあウサギと言えば人参かなーと」
お店の人にも好きなはずだとオススメされたし。
そう言うと「偏見もいいとこだよね」とため息をつかれた。
「言っとくけど、別にウサギ全員がニンジン好きってわけじゃないからね」
「あ、そうだったの…ひょっとして、クレイはニンジン嫌い?」
「ボクは……まあ普通」
「得意じゃなければ、また別のを買ってくるわ」
「ーーその場合、これはどうするの?」
「え?そうね…シアンとマゼンタに食べてもらおうかしら」
甘いポップコーンもバリバリ食べていたし、お茶会で出されたクッキーも普通につまんでいたから、二人とも甘いものも大丈夫なはず。
エリザにあげても良いんだけど…トマトとピーマンが嫌いって話だから、人参も高確率でダメな気がする。やっぱりあげるならあの二人かな。
家でお茶をする時に、お茶請けとしてでも出せば食べてくれるだろう。
そう思って袋を受け取ろうと手を出したが、クレイは渡してくる事はなく。
少し逡巡する素振りを見せた後で、しっかりと袋を抱きかかえた。
ーーーあれ?なんで?
てっきり返却される流れかと思ったんだけど。
一向にお菓子の袋を渡そうとしないクレイを見て、私は首を傾げた。
0
あなたにおすすめの小説
〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。
藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。
そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。
私がいなければ、あなたはおしまいです。
国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。
設定はゆるゆるです。
本編8話で完結になります。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる