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3章
17。至福のひとときは邪魔できません
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「クレイ先生、教えてください!」
「え、急に何? 気持ち悪いんだけど」
書庫について早々クレイを見つけた私は、チョコレートの箱を捧げつつ勢いよく頭を下げていた。
奇行といえなくもない私の行動に驚いたのかクレイがじりじりと後退している。が、ここで逃すつもりはない。
サッとクレイの手を掴むと、持っていた箱を手渡した。
「……何、これ?」
「あなたに頼まれていたチョコレートよ。城下町で一番って評判のお店のだから、絶対美味しいわ」
チョコレートという単語のところでクレイのフワフワの耳がピクリと揺れた。
ふふっ、気になってるわね。
「あとはこれ、チョコレートにぴったりな紅茶も買ってきたの。せっかくだから私に淹れさせてくれない?」
「ーー準備が良すぎる。何が望み?」
「だから最初に言ったじゃない。あなたに教えてほしいことがあるのよ」
怪訝な目でこちらを見てくるクレイにもう一度お願いをすると、ため息をつきながらくるりと背中を向けられる。
駄目だったかなと一瞬肩を落としかけたが、二、三歩奥に進んだクレイが振り向きざまに声を掛けてきた。
「淹れるの下手だったら、何も教えない」
「ーー! もちろんよ、ちゃんと美味しい紅茶を出すわ」
私は緩んだ顔を紅茶の缶で隠しながら、ピコピコとご機嫌に揺れているウサギ耳の後を追いかけた。
クレイの休憩室に入れてもらって、簡易キッチンでお湯を沸かす。
砂時計を借りてきっちり蒸らした紅茶は深い飴色で、先にカップに注いでおいたミルクと混ざるとキャラメルのような色合いになった。
明るく綺麗なミルクティー色にホッと息を吐いて、クレイの前にサーブする。
一口飲んでカップを戻したクレイが「ふぅん……特技があって良かったね?」と捻くれまくった褒め言葉を投げてきたから、まあ味も合格点だったんだろう。
「ねえ、チョコレートも食べてみて。きっと美味しいから!」
「じゃあ、もらう」
綺麗に掛けられたリボンを解いてクレイが箱を開ける。
ゆっくりとした動作だが、その瞳がいつもの三割増くらいに輝いているので期待しているのが丸わかりだ。
「これは……すごいね」
クレイは化粧箱の蓋を持ったままで、中のチョコレートを覗いて珍しく素直な称賛の声をあげた。
「全部違う種類?」
「ええ、その方が楽しいでしょう? こっちのヘーゼルナッツプラリネにミルクチョコレートをコーティングしたのが一番人気なんですって」
そう言って指し示した一粒を、クレイが無言のまま摘み上げて口に入れた。
全く咀嚼していないところを見ると、口の中で溶けていくチョコレートを堪能しているらしい。
初めて見るトロンとした目で、口元を緩めながら味わっている。
普段が見事な塩対応でツンケンしているところしか見ていないから、この表情は新鮮だ。
いつもの仕返しに揶揄ってみようかとも考えたけど……あまりに幸せそうだから、邪魔はしないことにして横で大人しく紅茶を飲んで待っていた。
「これ、お酒入っている」
おそらく四粒目か五粒目のチョコレートに口をつけたところで、クレイが手を止めて小さく呟いた。
説明の紙を読むと、クレイが食べかけたチョコレートは真ん中にブランデー入りのガナッシュ、表面に同じくブランデー漬けのオレンジピールをあしらったもの。
「そうね、これ洋酒が入っていたみたい。お酒苦手だった?」
「苦手ってほどじゃないけど……」
「無理して食べなくても良いわ。私も子供の頃洋酒入りのチョコレートって苦手だったもの」
今は普通に美味しいと感じる洋酒入りチョコだけど、小さい頃はあの辛味と喉にくる刺激が苦手でしかなかった。
特に親のウイスキーボンボンを間違って食べた時の衝撃と言ったら……あの頃にそんな語彙力はなかったけど、今ならチョコレートへの冒涜だと言ったことだろう。
いくら高級チョコレートだろうが、美味しく感じないなら残すのも仕方がない。
そう思って食べなくていいと言ったのだが、クレイは途端に不機嫌になってしまった。
「……あのさ、僕のこと子供だって馬鹿にしてる?」
「え、してないわよ? さっきのは私の個人的な話で、大人でもお酒が苦手な人はいるもの」
誤解を招く言い方をしていたことに気づいて慌てて否定したが、クレイからは疑いに満ちた視線が返された。
……なんか昨日からチョコレートの話題が悉く地雷になってるのはどうしてなんだろう。
「この前から気になってたけど……お前って僕のこと幾つだと思ってるの?」
「え、そうね……十二、十三歳くらい?」
正直に言えば、顔だけ見れば十歳、十一歳くらいでもおかしくないと思っている。身長も私より少し低いくらいだし、声変わりもまだだし。
でも子供扱いが気に触るみたいだから、ここは上目に言っておく方が安全なはずーー
「ーー僕、次の誕生日で十五なんだけど」
「え……ええーーっ! うそ、私と二つしか違わないの!?」
「やっぱり、子供だと思ってたんじゃないか」
「ご、ごめんなさい……クレイって華奢だから、私よりもう少し下なのかと……」
もうこうなったらひたすら謝るしか手がないのは前回で学習済みだ。
私は平身低頭と言った体で、クレイにひたすら謝り倒したのだった。
「え、急に何? 気持ち悪いんだけど」
書庫について早々クレイを見つけた私は、チョコレートの箱を捧げつつ勢いよく頭を下げていた。
奇行といえなくもない私の行動に驚いたのかクレイがじりじりと後退している。が、ここで逃すつもりはない。
サッとクレイの手を掴むと、持っていた箱を手渡した。
「……何、これ?」
「あなたに頼まれていたチョコレートよ。城下町で一番って評判のお店のだから、絶対美味しいわ」
チョコレートという単語のところでクレイのフワフワの耳がピクリと揺れた。
ふふっ、気になってるわね。
「あとはこれ、チョコレートにぴったりな紅茶も買ってきたの。せっかくだから私に淹れさせてくれない?」
「ーー準備が良すぎる。何が望み?」
「だから最初に言ったじゃない。あなたに教えてほしいことがあるのよ」
怪訝な目でこちらを見てくるクレイにもう一度お願いをすると、ため息をつきながらくるりと背中を向けられる。
駄目だったかなと一瞬肩を落としかけたが、二、三歩奥に進んだクレイが振り向きざまに声を掛けてきた。
「淹れるの下手だったら、何も教えない」
「ーー! もちろんよ、ちゃんと美味しい紅茶を出すわ」
私は緩んだ顔を紅茶の缶で隠しながら、ピコピコとご機嫌に揺れているウサギ耳の後を追いかけた。
クレイの休憩室に入れてもらって、簡易キッチンでお湯を沸かす。
砂時計を借りてきっちり蒸らした紅茶は深い飴色で、先にカップに注いでおいたミルクと混ざるとキャラメルのような色合いになった。
明るく綺麗なミルクティー色にホッと息を吐いて、クレイの前にサーブする。
一口飲んでカップを戻したクレイが「ふぅん……特技があって良かったね?」と捻くれまくった褒め言葉を投げてきたから、まあ味も合格点だったんだろう。
「ねえ、チョコレートも食べてみて。きっと美味しいから!」
「じゃあ、もらう」
綺麗に掛けられたリボンを解いてクレイが箱を開ける。
ゆっくりとした動作だが、その瞳がいつもの三割増くらいに輝いているので期待しているのが丸わかりだ。
「これは……すごいね」
クレイは化粧箱の蓋を持ったままで、中のチョコレートを覗いて珍しく素直な称賛の声をあげた。
「全部違う種類?」
「ええ、その方が楽しいでしょう? こっちのヘーゼルナッツプラリネにミルクチョコレートをコーティングしたのが一番人気なんですって」
そう言って指し示した一粒を、クレイが無言のまま摘み上げて口に入れた。
全く咀嚼していないところを見ると、口の中で溶けていくチョコレートを堪能しているらしい。
初めて見るトロンとした目で、口元を緩めながら味わっている。
普段が見事な塩対応でツンケンしているところしか見ていないから、この表情は新鮮だ。
いつもの仕返しに揶揄ってみようかとも考えたけど……あまりに幸せそうだから、邪魔はしないことにして横で大人しく紅茶を飲んで待っていた。
「これ、お酒入っている」
おそらく四粒目か五粒目のチョコレートに口をつけたところで、クレイが手を止めて小さく呟いた。
説明の紙を読むと、クレイが食べかけたチョコレートは真ん中にブランデー入りのガナッシュ、表面に同じくブランデー漬けのオレンジピールをあしらったもの。
「そうね、これ洋酒が入っていたみたい。お酒苦手だった?」
「苦手ってほどじゃないけど……」
「無理して食べなくても良いわ。私も子供の頃洋酒入りのチョコレートって苦手だったもの」
今は普通に美味しいと感じる洋酒入りチョコだけど、小さい頃はあの辛味と喉にくる刺激が苦手でしかなかった。
特に親のウイスキーボンボンを間違って食べた時の衝撃と言ったら……あの頃にそんな語彙力はなかったけど、今ならチョコレートへの冒涜だと言ったことだろう。
いくら高級チョコレートだろうが、美味しく感じないなら残すのも仕方がない。
そう思って食べなくていいと言ったのだが、クレイは途端に不機嫌になってしまった。
「……あのさ、僕のこと子供だって馬鹿にしてる?」
「え、してないわよ? さっきのは私の個人的な話で、大人でもお酒が苦手な人はいるもの」
誤解を招く言い方をしていたことに気づいて慌てて否定したが、クレイからは疑いに満ちた視線が返された。
……なんか昨日からチョコレートの話題が悉く地雷になってるのはどうしてなんだろう。
「この前から気になってたけど……お前って僕のこと幾つだと思ってるの?」
「え、そうね……十二、十三歳くらい?」
正直に言えば、顔だけ見れば十歳、十一歳くらいでもおかしくないと思っている。身長も私より少し低いくらいだし、声変わりもまだだし。
でも子供扱いが気に触るみたいだから、ここは上目に言っておく方が安全なはずーー
「ーー僕、次の誕生日で十五なんだけど」
「え……ええーーっ! うそ、私と二つしか違わないの!?」
「やっぱり、子供だと思ってたんじゃないか」
「ご、ごめんなさい……クレイって華奢だから、私よりもう少し下なのかと……」
もうこうなったらひたすら謝るしか手がないのは前回で学習済みだ。
私は平身低頭と言った体で、クレイにひたすら謝り倒したのだった。
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