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3章
32★ 届けられたメッセージ
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トントントンーー
「はあい、開いてますからどうぞ~?」
続けてカラカラと鳴るドアベルの音にお茶していた手を止め、「俺が」と立ち上がろうとする夫を視線で制して店に続くドアに向かう。
夜にお客なんて珍しいこともあるものねと不思議に思ったが、客なら対応はしないといけない。
普段なら店の仕事は夫に任せているが、タイミング悪く食事中だし。たまには代わってあげても良いかしらね。
私ってば良い奥さんだわぁ、なんて自画自賛しつつ店内に入ったがそこには誰も居なかった。
「あら? 聞き間違いじゃなかったと思うけど……」
何より、ノックの音を聞いたのは自分だけじゃない。
店に入りかけたけれど気が変わったとか?
それか店員がいないのを見て出直そうと思ったのかもしれない。
「客はいなかったのか?」
「ええ。帰っちゃったみたいね」
背中からかけられた夫の声に返事をしながら音がしたはずのドアの方に目を向けると、何か薄茶色のものが床に置かれていた。
さっき店内にいた時にはなかったものーーこんな分かりやすい物を落とすなんて、わざとでなければあり得ない。
ひょっとしたら嫌がらせの類だろうか。
そんなに恨まれる覚えもないのだけど、と内心首を捻りながらドアの方に一歩近づく。
よく見れば薄茶色の落とし物は女性物の帽子とバッグで、どこか見覚えのあるデザインのようなーー
「ーーマヤ、触るな」
常より硬い声に思わず手を止めると、後ろから伸びた腕に閉じ込められた。
「リュウ、どうしたの? アタシあの荷物が気になるからちゃんと確認したいのだけどーー」
「ーー血の匂いがする」
妻に動かないように言ってからリュウが荷物の側に寄って座り込んだ。
危険な物がない事を慎重に確認しながら、バッグの中を漁って入っていたものを出し、床に広げていく。
中に入っていたのは少しだけ萎れかけた緑の葉と破りとったような張り紙ーーそれにダークブロンドの髪が一束。
「……これは……」
「葉っぱは惑いの森に生えている木のやつね。含まれている魔素が多いわ」
「! マヤ、触るなと言ったろう!?」
「そうも言ってられないわーーこのバッグも帽子もソフィアさんのだしね」
マヤの言葉に、リュウは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「気づいてたのか」
「もちろんよ。だって両方ともアタシが選んであげたものだもの」
そう言ってマヤが拾い上げたそれらには赤茶色に変色した血がこびり付いている。
「ーー大丈夫だ、その血はお嬢ちゃんのじゃない」
「分かってるわーー血に魔素が含まれている。これはこちらの住人のものだわ」
この世界のものには、魔素と呼ばれるものが含まれている。
生命のエネルギーにも近しいそれは血液を巡らせ魔力の源にもなるが、程度の差こそあれ生物無生物関係なく、それこそ空気や水の中にさえ含まれているものである。
マヤは人一倍魔素を感じとる感覚が鋭敏で、その手で触れることで魔素の有無だけでなく濃淡まで感じ取れる。
だからさっきの木の葉が街中の樹ではあり得ないくらいの魔素を含んでいることも分かるし、その濃度で魔素を含むのが惑いの森の植物だけであることも知っていた。
乾いた血にも量としては少ないようだが、しっかりと魔素が感じられる。
本当に、魔素というのはどこにでもあるものなのだ。
ーーただし迷い子と呼ばれる余所の世界からやってきた異邦人だけは、その身に魔素を持っていない。
(だから、これはソフィアさんの血じゃないわ)
それでも、誰かの血がつくような状況。
切られた髪もソフィアのものだとすれば、危ない状況にいるのは疑いようもない。
「ーーこれ、うちが空き物件に貼っている広告だな」
リュウが破れた紙を確認してからマヤに手渡してきた。
紙には『売家』の文字と、この不動産屋の住所が書かれている。
「ーー俺はあいつらの家に寄ってどっちか残っていないか見てくる」
「ええ、お願い。あとは惑いの森にあるウチの物件の確認もね。ーーアタシは城に向かうわ」
「ああ」
二人は互いに一つ頷くと、大急ぎでそれぞれのやるべきことに取り掛かった。
「はあい、開いてますからどうぞ~?」
続けてカラカラと鳴るドアベルの音にお茶していた手を止め、「俺が」と立ち上がろうとする夫を視線で制して店に続くドアに向かう。
夜にお客なんて珍しいこともあるものねと不思議に思ったが、客なら対応はしないといけない。
普段なら店の仕事は夫に任せているが、タイミング悪く食事中だし。たまには代わってあげても良いかしらね。
私ってば良い奥さんだわぁ、なんて自画自賛しつつ店内に入ったがそこには誰も居なかった。
「あら? 聞き間違いじゃなかったと思うけど……」
何より、ノックの音を聞いたのは自分だけじゃない。
店に入りかけたけれど気が変わったとか?
それか店員がいないのを見て出直そうと思ったのかもしれない。
「客はいなかったのか?」
「ええ。帰っちゃったみたいね」
背中からかけられた夫の声に返事をしながら音がしたはずのドアの方に目を向けると、何か薄茶色のものが床に置かれていた。
さっき店内にいた時にはなかったものーーこんな分かりやすい物を落とすなんて、わざとでなければあり得ない。
ひょっとしたら嫌がらせの類だろうか。
そんなに恨まれる覚えもないのだけど、と内心首を捻りながらドアの方に一歩近づく。
よく見れば薄茶色の落とし物は女性物の帽子とバッグで、どこか見覚えのあるデザインのようなーー
「ーーマヤ、触るな」
常より硬い声に思わず手を止めると、後ろから伸びた腕に閉じ込められた。
「リュウ、どうしたの? アタシあの荷物が気になるからちゃんと確認したいのだけどーー」
「ーー血の匂いがする」
妻に動かないように言ってからリュウが荷物の側に寄って座り込んだ。
危険な物がない事を慎重に確認しながら、バッグの中を漁って入っていたものを出し、床に広げていく。
中に入っていたのは少しだけ萎れかけた緑の葉と破りとったような張り紙ーーそれにダークブロンドの髪が一束。
「……これは……」
「葉っぱは惑いの森に生えている木のやつね。含まれている魔素が多いわ」
「! マヤ、触るなと言ったろう!?」
「そうも言ってられないわーーこのバッグも帽子もソフィアさんのだしね」
マヤの言葉に、リュウは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「気づいてたのか」
「もちろんよ。だって両方ともアタシが選んであげたものだもの」
そう言ってマヤが拾い上げたそれらには赤茶色に変色した血がこびり付いている。
「ーー大丈夫だ、その血はお嬢ちゃんのじゃない」
「分かってるわーー血に魔素が含まれている。これはこちらの住人のものだわ」
この世界のものには、魔素と呼ばれるものが含まれている。
生命のエネルギーにも近しいそれは血液を巡らせ魔力の源にもなるが、程度の差こそあれ生物無生物関係なく、それこそ空気や水の中にさえ含まれているものである。
マヤは人一倍魔素を感じとる感覚が鋭敏で、その手で触れることで魔素の有無だけでなく濃淡まで感じ取れる。
だからさっきの木の葉が街中の樹ではあり得ないくらいの魔素を含んでいることも分かるし、その濃度で魔素を含むのが惑いの森の植物だけであることも知っていた。
乾いた血にも量としては少ないようだが、しっかりと魔素が感じられる。
本当に、魔素というのはどこにでもあるものなのだ。
ーーただし迷い子と呼ばれる余所の世界からやってきた異邦人だけは、その身に魔素を持っていない。
(だから、これはソフィアさんの血じゃないわ)
それでも、誰かの血がつくような状況。
切られた髪もソフィアのものだとすれば、危ない状況にいるのは疑いようもない。
「ーーこれ、うちが空き物件に貼っている広告だな」
リュウが破れた紙を確認してからマヤに手渡してきた。
紙には『売家』の文字と、この不動産屋の住所が書かれている。
「ーー俺はあいつらの家に寄ってどっちか残っていないか見てくる」
「ええ、お願い。あとは惑いの森にあるウチの物件の確認もね。ーーアタシは城に向かうわ」
「ああ」
二人は互いに一つ頷くと、大急ぎでそれぞれのやるべきことに取り掛かった。
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