Excalibur

zyun

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異世界へGO!

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 ザザぁ――。
 波のさざめき。風のせせらぎ。
 とある蒸し暑い夏の夕暮れ。
 一人の男が山の麓で立ち止まっていた。
 彼の名は木戸ジュン。高二の帰宅部生だ。
「懐かしいな……」
 細めた眼を、薄暗い山の中へジッと凝らす。
 過去に起きた妹「愛美」の失踪事件が脳裡に浮かんだ。
 あれから――、実に七年近くが経っていた。
「……」
 妹の事が急に懐かしくなった。
 このまま森に入っていけば、また再会できそうな……そんな気がした。
「……こっち」
 ふと、霧の中から声がした。か細いが、何処か馴染みのある声――。
「……こっちだ」
「……?」
 足がふらりと前へ動く。
 不思議な声に導かれる様にして、ジュンは森の中へ入っていった。

 冷えた汗が背を伝い流れる。
 ジュンは霧に覆われた獣道の中を彷徨っていた。
「……ん?」
 一瞬、迷子の不安に駆られた矢先――。
 サァ――。
 霧が晴れ、鳥居と思しき影が薄っすらと見えた。
 潜り抜けた先を、苔むした階段が上へと伸びている。
「……進むか」
 ぬかるんだ階段を、滑らない様に注意して登る。
 長い登坂を終えた先に広がっていたのは薄暗い庭園だった。
「……」
 異質な空気に眉を潜めるジュン。まるで時空が歪んでるかの様だ。
 ゆっくりと視線を巡らした遥か遠くに、仄かな薄明かりが見える。
「……こっちだ……」
 小さな建物の方から微かな声が聞こえてくる。
 中では、蝋燭と思しき薄明かりが灯っている。
 恐らくアレが本殿だろう――。
 辺りに気を配りつつ、ジュンは石畳の参道を慎重に歩く。
 ザッ、ザッ――。
 ジュンの足は、ひっそりと佇む小さな本殿へと。
 ザッ――。
 扉の前に立った時、中から声がした。
「良く来た……扉を開けてくれ」
「……あぁ」
 ぎ、ぎ、ぎ……。
 扉が錆付いた音を立てて開く。
 小さな間取り。四隅の燭台では蝋燭の火が揺れている。
 上座に黒い影が座っている。項垂れており顔は分からない。
「……よく来たな、ジュン」
 影がふいに顔を上げた。
「待ってたんだ……君を」
「なッ!」
 ジュンは驚愕に眼を開いた。
 その男の顔は、ジュンとそっくりだった。


 対面に胡座をかいて座り込む二人。
 何しろ着衣の他はまったくの瓜二つ――。
 傍からみたら、まるで鏡像の様に見えたに違いない。
「僕の名はジャスティン。皆からはジャンって呼ばれてる。君は?」
 男が愉しそうに笑う。どうも気さくな性格の様だ。
「……ジュンだ」
「へぇ。いい名だね。ところで僕はあっち側から来たんだ」
「え、どっからだって?」
「異世界だ。グランドラ大陸」
「は?」
 ジュンの笑顔が強張る。
 この男、どうやらイカれてるようだ。
「あ。じゃあ俺、そろそろ帰るから」
「ちょっと待ってよ。大事な話があるんだから」
 男がジュンを呼び止める。
「何なんだよ!」
「僕と交代して欲しい」
「……は?」
 ゴゴゴ――。場の空気が一変した。
 男の様子が一転、突如として謎の風格を纏った。
「そう。僕とそっくりな君なら……摩り替わってもバレないだろ?」
「おい、ちょっと待て。何で俺がお前と入れ替わらなきゃならない?」
「まぁ落ち着いてよ」
 殺気立つジュンを、男がやんわりと宥める。
「僕はこの通り、病の身でね」
 ググ、グ……。
 男がぎごちなく伸ばした両の手は細かく震えていた。
「お、お前……それ、一体どうした?」
「だから言ったろ? これが僕の病なのさ。難病でね」
 両手を引っ込めると、男は自虐的に微笑った。
「この世界なら治せるかもしれない……そう信じて来たんだ」
 ジュンは彼の事が少しだけ心配になった。
「なぁジャスティン。病院に行けよ」
「病院? 何だいそれ?」
「病気を治す場所だ。まぁ論より証拠だ。今から救急車を呼んでやるから」
 内ポッケから携帯を取り出すと、ピポパ――。ジュンは救急車をコールした。
『はい。こちら救急センター』
「あ。急患一人、頼んます。場所は……」
『迷いの森の手前ですね? 今すぐお車を手配します』
「宜しく頼みます」
 ピッ――。
 通話を切ると、ジュンは男を促した。
「ジャスティン。もうすぐ車が来るから森を出ろ」
「え、今から?」
 慌てた男が血相を変える。
「ちょっと待ってよっ。大事な話がまだじゃないか!」
「話? あぁ、そう言えばまだ聞いてなかったな」
 ジュンは軽く腕を組んだ。
「何がお望みだ。言ってみろ」
「今直ぐワープホールを潜ってくれ。僕に代わって異世界を救って欲しいんだよ!」
 男が必死の形相で懇願する。
「ワープホール? そんなもの何処にあるんだ?」
「っ!」
 男がパァッと紅顔を綻ばせた。
「よしっ。今から見せてあげる! 見て驚くなよ?」
 二ッと微笑う男の小脇に、ヴン――。球体の形をした黒い歪みが出現した。

 掌で球体を愛でながら、ジャスティンが得意げに説明する。
「この中に飛び込んでくれ。異世界に着くから」
「これは?」
「ワープホールさ。エネルギーを大量に消費する代物でね。数年に一度しか造れない」
「……へぇ」
「最近じゃ、七年前に……ゴホゴホ」
 そう言いかけて、男は不意に咳き込んだ。
「七年前?」
 丁度、愛美の失踪した時期と一致する。
「なぁ、その時に誰かそっちの世界に迷い込まなかったか?」
「いや……かなり前の事だったし、実は良く覚えてないんだ」
 男がキョドった口ぶりで話しを濁した。
 もしかしたら――、その時に愛美は迷いこんでしまったのかもしれない。
 一抹の予感をそっと胸に仕舞うと、ジュンは話題の矛先を変えた。
「……で、異世界で俺は一体、どうりゃいいんだ?」
 男の強張った顔が、ふっと和らいだ。
「あぁ。簡単さ。家臣を率いて魔王の手から王国を護って欲しい」
「家臣……。成る程ね。お前はさしずめ王子か何かってワケだな?」
「おっ、その通り。やはり僕の見込んだ通りだ。察しがいーね!」
 にっこり笑うと、男は異世界についてさらっと説明した。
 魔王の侵攻を受けている事、世界観は中世のRPG風である事、魔物の事、城の人々の事など。
「へぇ~。楽しそーじゃん」
 まるで夢物語の様な世界だ。
 いつしかジュンは男の話に引き込まれていた。
「三銃士のレムは優しい子だし、シェインは頼りになる大男だ。そして義理の妹のカミュは……」
「義理の妹? へぇ……どんな子だ?」
「ま、まぁ一応れっきとした王女なんだけどね……へへ」
 恥ずかしそうに笑いながら、男がポリっと頬を掻く。
「まぁいーや。それよりさ、その義妹とやらに俺の正体、バレねーだろーな?」
「ま、そこんとこは腕の見せ所さ。上手くやれよ!」
「へへ、何だよそれ」
 異世界とやらを直接この眼で見てみたい――。
 何より失踪した妹の行方が気になる。となるとジュンの決断は早かった。
「よし。それじゃ早速、交代すっか!」
「話が早いねッ!」
 ジャスティンがバチッとウィンクをキメる。
「で、このワープホールを抜ければ異世界に出るワケだな?」
 ジュンは、ジャスティンの背後の黒い歪みを指差した。
「そうさ。この穴はグランドラ城の隠し部屋に繋がってるんだ」
 ジャスティンは胸に着けていた星芒形バッジを外すと、それをジュンに手渡した。
「これ、持っていきなよ」
「何だこりゃ?」
「王子の紋章さ。それを着けている限り、君は誰にも疑われないよ。あと……」
「ん、まだ何かあんのか?」
「王子部屋のクローゼットに秘密兵器『ファルシオン』が入ってる。きっと君の役に立つよ」
「ファルシオンだと? 何だそりゃ?」
「へへ、内緒さ! あ、それとそのバッジ……」
 何か言おうと男が口を開きかけた時――。
「またな、ジャスティン」
 ジュンは丸い歪みの中にポーンと飛び込んでしまった。
「それ……、一応、通信もできる優れものなんだけどな……」
 一人残された本殿で、男はぽつんと呟いた。
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