銀雷の死刑執行人

パピコ

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一巻

討伐

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「これより、進化個体討伐に向けた最終確認を始める!」
多くの冒険者が西門の前に集まった。総勢五十人を超える部隊を指揮するのは、Aランク冒険者のリシェルだ。
一つのチームをまとめ上げる統率力と実力が評価され、今回の作戦のリーダーとなった。
門の前の冒険者たちは、皆リシェルの話に耳を傾けている。普段は荒くれ者と呼ばれているような者も今ばかりは真剣な様子だ。
これから戦うのは、今までの探索の何倍も危険なものだからだ。十分な下調べを行ってからの作戦と言えど、不安要素は拭いきれない。今こうしている間にも魔物が力を増していく。そんな想像をすれば、嫌でも覚悟を決める必要がある。
「兵糧部隊は最終拠点を防衛しつつ不足の事態に備えておけ!」
リシェルの説明も終盤に差し掛かった頃、レオはノエルに説明を求めていた。
「あれは誰だ?」
「チーム『不滅の刃』のリーダー。多くの冒険者をまとめ上げる実力者。個人としての戦闘能力も高い」
「強いのか?」
「ものすごく」
レオはまだ、ランクに裏付けされた強者を目にしたことがない。冒険者になって日も浅く、Aランクの冒険者を見るのは今回が初めてだ。
「最後に何か疑問のある奴はいるか!」
リシェルの遠くまで届く声に、だが答えを返す者はいない。沈黙を肯定と受け取ったリシェルは台の上から降りる。そして、五十人の冒険者たちは森に向け歩き出した。
五十人分の馬を用意するのは難しく、さらに全ての冒険者が馬を操れるわけではないため、もしもの時のための早馬が二匹。万が一部隊が壊滅に陥った際、この早馬が国に戻り報告をする。
街でも屈指の冒険者パーティが壊滅されたということは、国家間での協力が必要になるからだ。ムーアが滅べば次なる国が犠牲になる。そのため、魔物により圧倒的脅威が発生した場合に限り、国の軍隊が国境を跨ぐことは認可されている。それでも、シンザンのように協力的でない国もいる。
「レオは前衛組でもよかったはず」
「俺の鎌は長いからな。前線にいたんじゃ邪魔にしかならないだろう」
 森に向けて歩き出してから数分。ノエルはそう不満を零していた。
実際、リシェルはレオの鎌を見た時、少し嫌そうな顔をした。
多くの冒険者が移動する森の中で戦うのに、鎌は集団戦には向いていない。槍のように突くという動作がないため、遠征で避けられがちになるのは仕方がない。
「レオには魔法を教える。どうせ森の浅いところで私たちの出番はないから」
「それはいいな」
ノエルの提案にレオは目を輝かせた。宿でノエルの話を聞いてから、レオは魔法に興味津々だった。生活に必要な火、水、風の魔法を覚えたレオだったが、溢れる好奇心は他の魔法も覚えたいと貪欲に訴えていた。
前線が敵を屠る限り後方の出番はない。これだけの数の冒険者が行軍しているのだ。よほどのことがなければ襲われることはない。
ノエルはいい機会だと、レオに魔法を教える。
五十人いる冒険者の最後尾に数人。その前に二人は配置されていた。殿を務めるのは不滅の刃副団長のグレンという男だ。
重鎧と身の丈ほどの大剣を装備した重戦士だ。兜でその顔は見えないが、身長はレオよりも高い。
その大きな体を生かした戦闘スタイルは、硬い守りで相手を受け止め、大剣による重い一撃を確実に叩き込む。リシェルとはまた違ったタイプの冒険者で、性格は豪快。
この作戦に参加しているのは不滅の刃だけではない。他のチームや、チームに所属していない実力者なども含まれている。
連携という面で少々不安は残るが、そこは冒険者。臨機応変な対応が求められる。
「ノエル、ファイアボールはもういいんじゃないか?」
「うん。実践で使えるレベルにはなったと思う。次は、雷属性がいいと思う」
森の中、この二人は一切の緊張を見せず我が道を行っていた。
数時間歩き通しているが、景色は一向に変わらず森。レオは歩きながら、火の初級魔法、ファイアボールを練習していた。
威力の調整。同時に展開できる魔法の数。初めは一つをコロコロと手で遊んでいたレオだったが、慣れてくると複数個を自身の周りにふわふわと遊ばせ始めた。曲芸でも見ている気分になったノエルだったが、そんな二人に声がかけられた。
「おい、黒髪の」
「なんだ?」
レオに話しかけてきたのは赤い鎧の大男、グレンだった。
「さっきのすげえな。魔法を道化師みたいに操れるなんて、お前魔法使いだったのか?」
ガハハと大口を開けて笑うグレン。どうやらレオの魔法修行を見て面白がっていたようだ。
「いや、魔法はまだまだだ。ノエルがこれからもっと教えてくれる」
「そうか。休憩の時にもっかい見せてくれよ。さっきの」
「ああ。いいぞ」
グレンは楽しそうに笑いながら自分の持ち場に戻った。先頭を行くリシェルまでその声が届いていたのか、リシェルはグレンを咎めるように睨んでいた。
山を越えるのに二日。二日目の夕方には最終拠点予定地に到着しそこに本陣を構える。湖の傍に拠点を置くことで水を確保する。さらに湖の周りは少し拓けた場所で見通しも良い。
五十人の冒険者たちは、それぞれのスペースを確保して一塊になって寝床を作っていく。レオたちは二人分の広さでいいため、すぐにテントを張り終えた。
「ノエル、光はいい感じだぞ」
「うん。それくらい扱えれば大丈夫だと思う」
自分たちの領域を確保した二人は魔法の訓練を続けていた。
「雷魔法は光魔法の派生。偶然生まれた失敗魔法だったんだけど、それが新たな属性として発展していった。七大属性には含まれていないけど、光魔法に適性があれば使える」
「そうか。では、雷の魔法も使ってみるか」
ノエルに教わった魔法を早速使おうとするレオ。雷魔法は殺傷能力が高いため、誤って他の冒険者に当たらぬよう、湖に向かって放つ。

ドガーン!!

「「「「「……」」」」」
雷魔法は見事に発動した。巨大な水飛沫が上がり、打ち上がった水が雨のように降り注ぐ。レオが突然放った魔法に他の冒険者たちは言葉を失った。
「これはたしかに殺傷能力が高そうだ」
「もう少し魔力を抑えて!? もうちょっと多く魔力を込めてたら手元で爆発して大惨事だった!」
レオに忠告をするのを忘れていたノエルは、顔を青くしながら怒った。しかし、説明不足とレオの魔力量を見誤った自分が悪いと思い、あまりしつこくは言わない。
拠点にいる全員の視線が一箇所に集まる。
「何事だ!」
「リシェル……」
轟音と爆発に気づいたリシェルは急いで二人の元にやってきた。他の冒険者たちは飛び火を喰らわぬように目線を逸らしている。
「今のはノエルが?」
「いや俺だ」
魔法の威力の高さにリシェルはノエルに当たりをつけるが、レオがすぐさま否定した。
「お前は最近冒険者になったばかりだったな。協調性のない奴、俺の指示に従えない奴はいらない。次に馬鹿な真似をしたら斬り殺すぞ」
「すまなかった」
鬼のような形相を浮かべるリシェルに、レオは素直に謝罪する。リシェルはそれ以上言うことはなく自分たちの拠点へと戻っていく。
「よお、黒髪の!」
「グレン」
「さっきのすっげえな。本当頼もしいぜ。討伐の時も頼むな」
「いや、俺は前衛だから、討伐の時は鎌で戦うぞ」
「そうなのか? 魔法使いではないのか」
「ああ。魔法はまだ二つしか使えない」
レオが戦闘で使えるのは火と雷の初級魔法だけだ。これから覚えていくつもりのレオだが、ノエルはレオの成長スピードに内心で驚いていた。
「レオは上達が早い。初級魔法だって、感覚で慣れるまでは難しいはずなのに」
「まあ、そこは経験じゃないか?」
レオは三百年生きているというアドバンテージがある。魔力をただ操るだけであればノエルよりも上手い。レオは知識が欠けている分魔法使いとしてはまだまだだが、多くの魔法を習得していけば魔法使いとしての未来もある。
「進化個体の力は未知数だ。出し惜しみはするなよ」
「ああ」
グレンはそう言って去っていく。リシェルと同じテントに入っていくのを見届けた二人も自分たちの拠点に入った。
ノエルは早速、レオを制しながら雷魔法を教えていく。
「いい感じ」
レオの掌にゆっくりと雷が収束し、バチバチと音を立てる。レオが使っているのはライトスピアの派生、サンダースピアだが、今は魔力を抑えているため手元で雷がスパークしている。
「雷魔法は威力を調節すれば相手を生け捕りにもできる」
「なるほど」
魔力の供給を止めると魔法は溶けるように消えていった。雷魔法がどういうものなのか、大凡理解したレオは魔法を出したり引っ込めたりを繰り返す。
ノエルはそんなレオを見て、内心驚愕していた。魔法を習得する速さもだが、レオの持つ適正の多さもだ。
ノエルは全属性の魔法を使えるが、それでも得手不得手がある。だが、今のところレオに苦手な魔法は見つかっていない。どの初級魔法も大した時間をかけずに身につけている。それとレオの魔力を操る技術だ。
魔力は筋肉と違って実体がない。自分の手足のように動かせるまでにかなりの時間を要する。たとえば子供の頃から魔法を使って遊んでいれば話は変わってくるが、レオは魔法を知らない。ノエルに会って初めて魔法というものに触れた。それはノエルも会話の中から推測できる。
ノエルは今も魔法で遊んでいるレオをじっと見つめる。レオは魔法を掌から出し、それを体に這わせていく。腕から登った雷はレオの頭に到達しその髪の毛を巻き上げた。
「おお……」
逆立った髪を面白そうに見るレオは、誰が見ても魔法使いではない。魔法使いとは魔法の使い方が違う。普通、魔法使いは魔力を体に纏わせたりはしない。
「レオ、魔力を全身に纏わせるのはできる?」
「できるぞ」
レオはそう言って実践する。レオの体を魔力が覆う。
「出力を上げていって」
「ああ」
レオが纏う魔力の量を増やす。すると、本来目では見えないはずの魔力が空気を押しやり屈折を生んだ。レオの周囲が蜃気楼のように揺らめく。
「やっぱり」
「もういいか?」
「うん。ありがとう」
レオが力を止めると蜃気楼は消えた。
ノエルは今のやりとりでレオの実力を把握し、そして戦慄した。
魔法というのは等級が上がるほど扱いが難しくなる。それは使う魔力の量が増えより集中しなければならない。そうした分だけ威力が高くなるのだ。
そして純粋な魔力だけで蜃気楼を起こすには、少なくとも上級クラスの魔力量が必要になる。レオはそれをいとも簡単に制御していたのだ。
魔力量、そしてそれを制御する技術。どちらをとっても一級の魔法使いに匹敵する。知識がない分使える魔法は初級だが、それも今だけだ。レオは魔法使いとしての才能に恵まれている。
だから、ノエルは何故レオが魔法使いではないのかに疑問を持った。家族がいないと言っても、周りの大人がレオを利用しないはずがない。それが良い感情か悪い感情かは別として、レオの才能は誰もが羨むものである。
「レオ、今まで何で魔法を知らなかったの?」
施設を出てから旅をしていたというレオの嘘を信じているノエルはそう聞いた。
「魔法があるのは知っていたぞ?」
「そうじゃなくて、何で誰も魔法を教えてくれなかったの? それこそ施設の人とかは?」
「特にそういうことはなかったな。魔法を使える人間がいなかったんじゃないか?」
「そう、なんだ」
そう言われてはノエルも納得するしかない。レオがどんな施設に入っていたのかを知らないノエルだが、家族がいないということから孤児院のようなところを想像していた。
孤児院であれば学習環境が整っていないのも仕方がないと納得もできる。
「レオは魔法使いになる気はない?」
「今のところはないな」
「うん。分かった」
ノエルは少しだけほっとし、そして残念に思った。

湖に着いた翌日。冒険者たちは朝早くから活動を開始した。
五十の内三十人が五人小隊に分かれ森を探索する。二十人の半数は非戦闘員のため拠点に残り、残りの十人で防衛する。進化個体が拠点に現れた場合は直ちに信号を出し対応に当たる。
レオたちは今回が始めての大型作戦ということで拠点の防衛組に当てられた。
六つの小隊は散り散りに森の中を探索。進化個体と思しき魔物を見つけ、可能ならば監視、尾行し魔物の住処を突き止める。小隊のみでの戦闘は絶対に行ってはならないとリシェルは全員に釘を刺した。
ノエルとレオは拠点の防衛のため時間が空く。冒険者たちは交代で見張りに立ち、獰猛な魔物の襲撃を警戒してた。森の中には進化個体以外にも魔物が存在する。進化個体によって数が減らされているが、全ていなくなったわけではない。
進化個体に追いやられた強い魔物が森の浅い所に出没するようになれば、山で仕事をする人に危険が及ぶ。
「レオ、先に寝ていいよ」
「いいのか?」
「うん。私はまだ眠くないから」
レオたちが見張りに立つまでの時間、ノエルとレオは交互に睡眠を取る。この作戦に参加してる冒険者たちは一つのパーティではあるが、仲間ではない。
レオとノエルの二人が寝ているところに襲撃があった場合、二人を起こす人間はいない。そもそもテントの中で眠っている人間まで気が回らない。
「レオは何者?」
テントの外に出たノエルはそう呟いた。レオの強さも魔法の素質も並の冒険者を超えている。実力だけであればAランク冒険者に匹敵する。

「ステータス」
ノエルが外に出たのを確認したレオは久しぶりに自身のステータスを見た。
解放者となったレオは、身体性能が明らかに向上しているのを感じていた。睡眠も十分ほど寝れば二日は不眠で動けるようになっていた。
魔力の値が初めて見た時よりも増加している。
魔力は使えば使うほどその量は増えていくが、その上がり幅は人それぞれで、どれだけやっても増えない人間もいる。
レオはここに来るまでにノエルに魔法を教わったため、道中で魔力を消費していた。そのため魔力の値が少しばかり増えていた。レベルも上がっているのを確認し、レオはステータスを閉じる。
「レベルの上限はあるのだろうか」
『現時点でのレベル上限は999です』
「おお!?」
突然の神のお告げにレオは驚く。まだ神のお告げに慣れていないレオはさらなる疑問が浮かんだ。
「レベルの上限が解放されたのに、まだ限界があるのか」
『この世界でレベル999に到達した存在は現在確認されていません』
この世界に存在する生き物は必ずステータスを持つ。だがそれらのほとんどはステータスを認識することなく死んでいく。
「魔法か……」
レオはノエルに教わった魔法を思い出しながらそう小さく呟いた。
ステータスを閉じたレオはそのまま目を瞑る。外ではノエルが見張りをしている。他の冒険者たちも各々で行動している。見張り交代の時間までレオは浅い眠りについた。


「――あの奴隷は絶対に捕まえろ!」
レオが逃走した翌日。捜索隊が馬を走らせる中、玉座に腰掛ける国王は臣下達に怒声を浴びせていた。
「あれは先代から絶対に手放してはならないと言われている。捕まえた奴には特別に報酬を払うと、街のギルドに貼り紙をしてこい!」
「はっ!」
また一人、王の勅命により城から駆けていく。
「あれだけは、逃がしてはならない」
レオの特殊性を誰よりも理解している国王は、拳を強く握りしめる。
「国王様、他国への使者は送りました。ただ、ムーア共和国へはどう致しますか?」
シンザン王国がレオを探すに当たっての一番の障害がムーア共和国だ。隣国に位置する国の中で最も近くにあるムーアが、一番逃走に選ばれる可能性が高い。
ムーア共和国は種族間協定により出来た小国の集まりで、多くの亜人を抱えている。奴隷制も法律で禁じているため、レオがムーア共和国の中に逃げ込むと連れ出すのが困難になる。
「まだそう遠くへ行っていないはずだ。ムーア共和国までは馬で五日。人間の足であればまだ到達していない。ムーア共和国に向けて人は行っているのか?」
「ムーア共和国方面には三人が向かっております」
ムーア共和国までの道のりは、馬の休憩も含めて五日。人間の足ではそれ以上にかかるため、逃走から一日しか経っていない現状では、レオはどこの国へも辿り着いていない。
だがムーア共和国付近まで兵を走らせることは避けなければならない。実際の猶予はあと三日程となる。
「密偵をムーア共和国内に送れ。冒険者に扮して奴隷の情報を集めろ。それと奴隷紋がある。中に入れたとしてもすぐに見つかるはずだ。使者を送って街を封鎖させろ! 大罪人が逃げ込むとなればムーアも動くはずだ。あの国を動かすには時間がかかる。急げ!」
国王は苦虫を噛み潰したような表情で拳を肘掛に叩き付ける。国王の焦る姿を初めて見る臣下は、顔を青ざめながら震えた。
「国王様、教皇様からの伝言です」
国王の元にやってきた護衛である長身の男は、一枚の手紙を懐から取り出す。手紙を受け取った国王は、その文を目で追うごとに表情を険しくさせる。
「なっ!? これは真か?」
「私は中を見ていない故にお答え出来かねます。ですが教皇様手ずから書いたものであれば真かと」
手紙の内容はレオの身柄の処分と、今後の管理は教会が行うというものだった。教会が支配するこの国において教皇の発言は絶対だ。たとえ国王であっても同じことが言える。
何代も受け継がれてきた殺人奴隷が教会に没収される。
レオはこの国でとても重要な役割を果たしていた。死刑執行人としてもだが、兵士の訓練では実際に殺すことを経験できる。レオは死ぬことがないため、兵士が罪を犯したことにならず、罪の意識も背負わずに済む。
初めの頃はレオが一方的にやられることが多かったが、今の国王が子供の頃には、レオの技術が熟達し多人数戦闘に切り替わっていた。
だが、強くなるレオに対して、国王は一切の恐怖を抱くことは無かった。奴隷紋の力を絶対的に信じていたからだ。
奴隷紋を持つ者は絶対に命令に逆らえない。どれだけ強くなろうとレオが叛逆することはない。
「こんなことになるとは……」
こめかみを抑える国王は、立ち上がると自室へと姿を消した。この後に齎される報告は、国王が最も回避したかった出来事だったが。

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