銀雷の死刑執行人

パピコ

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一巻

作戦開始

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森の探索が始まってから三日。進化個体の足取りは未だ掴めていない。徐々に捜索範囲が広がっている。冒険者たちは、既に湖から一時間の距離まで足を伸ばしている。
進化個体と思われる足跡が発見されたのが二日目。湖周辺にいることが分かった冒険者たちは捜索により力を入れている。
「今日で三日目だ。俺たちに残された時間は多くない。捜索範囲もかなり広がっている。一刻も早く進化個体を見つけ出す!」
リシェルはそう発破をかけた。それを遠目から見ていたレオたちは、自分たちのテントに戻っていく。今日まで拠点の防衛をしてきたが、今のところ進化個体は湖に姿を現していない。
「進化個体、どこに行ったと思う?」
「どうだろうな。だが見つからなかった場合はどうなるんだ?」
「食料の補給が来るはず。国は進化個体を野放しにできない」
「ここに進化個体が現れた場合は、信号を打ち上げて即座に撤退。非戦闘員の逃げる時間を稼ぐ、だったか?」
「うん。でも進化個体相手にどれだけの冒険者が戦えるか。森がここまで静かなのは明らかにおかしい。進化個体は頭がいいから、多分魔物を食べて力を溜めている。だからリシェルも急いでる」
「そうか」
二人が拠点の防衛に当たっている間、魔物による襲撃は一度もなかった。それどころか、他の冒険者たちも戦った様子はない。
「進化個体がこの湖にき――」

「ォオオオンッ!」

「遠吠え……」
二人の耳に大きな吠え声が届いた。それもかなり近くだ。
遠吠えを聞いた二人は急いでテントを畳む。簡易のテントはすぐに小さく纏まり、レオは鎌を手に取る。他の冒険者たちも各々で戦闘態勢に入る。
拠点を構えてから初めて感じる魔物の気配に、冒険者たちの間に緊張が走る。遠吠えが聞こえたのは湖の反対岸。視界にはまだ魔物の姿は見えない。
遠吠えの正体はフォレストウルフの進化個体で間違いない。冒険者たちは音を立てずに気配を殺す。いつやってくるか分からない魔物の脅威に冷や汗を流す。
「来る」
ノエルがそう呟いた瞬間、森の中から複数の狼が現れた。
「撃て!」
レオたちから少し離れた位置で他の冒険者が魔法を放つ。色とりどりの魔法の雨がフォレストウルフたちを襲う。
「今のは牽制だ。サポーターはすぐに撤退しろ!」
リシェルにこの場の指揮を任されていた冒険者は作戦通りに動く。その冒険者の傍らにいた魔法使いが事前に決めていた合図で信号を送る。
「急げ。作戦に変更はない。走れ!」
「オオオオンッ!」
動き出す冒険者たちに合わせるように進化個体も咆哮を上げる。威嚇するためのものではなく、まるで指示を出しているかのような鳴き声に冒険者たちは足を止めた。
「囲まれてる……!?」
逃げ出していたサポーターの進路には、複数のフォレストウルフが待ち構えていた。視線は獲物を狩るハンターのように鋭く、尖った牙の生えた口からは涎が垂れている。
冒険者たちに逃げ場などなく戦うことを余儀なくされた。
「くそ……」
苦悶の表情で冒険者が声を漏らす。
「ファイアボールが上がってる」
ノエルが視線を遠くに向けると、森の上空で魔法が爆発していた。捜索に当たっていた冒険者が上げたものだ。魔法の距離から、最速で三十分。それまでは二十人で凌がなければならない。
「レオ。倒すしかない」
「逃げないのか?」
「逃げられるならね。でも、誰かが戦ってるのに、私だけ逃げるなんて卑怯な真似はできない」
「倒す算段はついているのか? あの魔物に魔法はあまり効いていないようだったが」
「上級魔法なら、通ると思う」
「ノエルがそう言うなら力を貸そう。俺も、誰かが無駄に命を散らすのは見たくない。俺が時間を稼ぐ。何分だ?」
「五分。五分で絶対撃つ」
それを聞いたレオは走り出した。ノエルの魔法が魔物を倒せる確証はない。だが、レオはそれを素直に信じた。自分よりも魔法に精通しているノエルを信じて疑わない。
レオは迷わず進化個体に向かっていく。
「おい、突っ込みすぎるな!」
レオが駆け出したのを見て、指揮を執っていた冒険者が声をかける。しかし、レオは制止の声も聞かずに単身突撃する。
「鎌鼬!」
「ガルルルゥゥゥ……」
「速いな」
レオが放った鎌鼬は進化個体に躱され、空を切り背後の森に消えていった。進化個体は警戒するように姿勢を低くする。
進化個体は体長四メートルを超えている。他のフォレストウルフも二メートル近くあり、明らかに化成種だということが分かる。本来のフォレストウルフは人の腰ほどの大きさしかないため、冒険者たちは進化個体の異常性を如実に感じていた。
他の冒険者たちは、多くのフォレストウルフに囲まれ周りを気にしている余裕がない。本来、進化個体を相手に時間稼ぎをするはずの冒険者たちも非戦闘員や魔法使いたちを守るのに手一杯だ。
「くそ。俺は進化個体の方に加勢する。お前に全体の指揮権を委ねるから、あそこで慌てている冒険者たちをまとめてこい!」
「でも……」
「いいから行け!」
「は、はい」
指揮者の男は部下に統率を任せレオの加勢に入る。
「はああ!」
男はレオの反対側から進化個体に斬りかかる。直剣が進化個体の体毛を通り抜け、その体に切り傷をつける。
「浅いか」
剣を振り抜いた男は着地と同時に退避した。進化個体はレオから一瞬視線を外すが、すぐに断罪の鎌の凶悪な死の気配に回避行動をとる。
そのままレオが進化個体を引きつけ、男は一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)を繰り返し着実にダメージを与えていく。
「……イヴァンと言ったか。五分でノエルが魔法を完成させる。それまであいつを止めなければいけない」
「Cランクだろ? 中級程度の魔法はあいつには通じないぞ!」
「大丈夫だ。信じろ」
「……く、分かった!」
進化個体が攻撃を仕掛けてきたことで二人の話し合いは中断させられる。取れる手段もなく、イヴァンは仕方なくレオの話を飲み込んだ。
「倒せなかったらどうするんだ!」
「その時はその時だ!」
「くそ、団長たちがいてくれたら……」
イヴァンは、ここにいない二人を思い出しそう嘆く。リシェルとグレンであれば進化個体に遅れを取ることはない。
イヴァンは、ここにいる誰よりも二人が強いと信じている。二人の背中を追いかけているからこそ、その強さを身に染みて知っている。
「やはり反応速度がかなり速いな。背中に目でも付いているのか?」
レオの進化個体に対する評価はかなり高かった。イヴァンに意識が向いた一瞬の隙をつき背後を取るが、進化個体はレオの攻撃を悉く躱している。背後を振り返っていないにも関わらず、的確に致命傷は避けている。
「勘、ではないな。鼻か?」
「ガルゥゥゥ……」
進化個体は喉を低く喉を鳴らしながら忌々しげにレオを睨みつける。
「後何分だ!」
イヴァンが叫ぶ。
「一分弱だ」
間髪入れずにレオが答える。
「大丈夫か?」
「俺のことは心配するな」
イヴァンは囮役を買って出たレオの身を心配するが、レオはまだピンピンしている。進化個体からは一度も攻撃を食らっておらず、明らかにレオが押している。
「ガルァ……」
イヴァンがレオに話しかけていると、進化個体は視線を上げた。レオからは絶対に意識を逸らさなかった進化個体だが、その目線を向けた先にはノエルがいた。
「イヴァン、一瞬だけこいつを任せる!」
「は? おい!」
魔力の高まりを感じたレオは急いで駆け出す。イヴァンはレオが何をしているのか分からず困惑する。
「ガルァァアアッ!」
「やはりか」
レオが走り出したのを目で追っていた進化個体は雄叫びを上げ跳躍する。イヴァンを飛び越えた進化個体はノエル目掛けて一直線に走る。
魔物は人間よりも魔力に敏感だ。ノエルが纏う気配は魔物にとって無視できないほどの大きさのものだった。
「鎌鼬!」
レオは振り向きざまに斬撃を飛ばす。しかし、進化個体は斬撃を喰らいながらも突貫する。進化個体の顔に大きな切り傷が刻まれ血が迸る。
「止まらないか」
レオは攻撃の手を止めない。脚や顔を攻撃するが、鎌鼬では深くまでダメージが及ばない。
「ノエル、伏せろ!」
「……っ!?」
まっすぐ向かってくるレオにノエルは驚き目を見開く。レオの後ろからは進化個体が全速力で迫っている。
レオはノエルを押し倒し上からの衝撃に備える。
進化個体は地に伏した二人を、纏めて叩き潰そうと前脚を振り上げる。凶悪な爪と重さの加わった一撃がレオの背中を襲う。
レオは進化個体の前脚を受け止めようとするが、肉体は限界を迎え破壊されていく。骨が折れ筋が切れる。レオは態勢の維持ができなくなるが、破壊されると同時に傷を修復していく。
「レオ!?」
自分の上で攻撃を受けるレオにノエルは声を上げる。
「ノエル、止めるな! お前の魔法が頼りだ」
「わ、分かった」
一瞬動揺を見せたノエルだったが、魔法使いの意地で制御は手放していない。ノエルはレオに下敷きにされたまま魔法の詠唱を続ける。
「重っ……」
進化個体は前脚に更に力を込める。ノエルの魔力に反応し確実に潰そうとしている。
「こっちだデカブツ!」
イヴァンが進化個体に飛びかかる。背中にしがみつき懸命に剣を振る。
「グルルル……」
進化個体はイヴァンを振り払おうと暴れ、レオの上から前脚を退ける。背中から振り落とされないようにイヴァンは踏ん張る。
「ノエル、そのまま魔法を続けろ」
上からの圧力がなくなったレオは急いで立ち上がり、ノエルを抱えて走り出す。進化個体はイヴァンを押し潰そうと背中を地面に叩きつける。
「レオ、そっちに行くぞ!」
進化個体から剥がされたイヴァンは受け身を取りつつ叫ぶ。進化個体はすぐに立ち上がり、
「……オオオオンッ!」
吸い込んだ息を一気に吐き出し雄叫びを上げた。ビリビリと震える空気と威圧に、何人かの冒険者が失神した。
「まさか……」
レオはノエルを抱えたまま足を止めた。レオが視線を巡らせると、森と湖の境で冒険者を襲っていたフォレストウルフが包囲を解き、二人の元に向かっていた。
「挟み撃ちか」
レオは正面から迫る三匹のフォレストウルフを見てから逡巡し、そして実行に移した。
「ノエル、すまない」
「……え?」
二人に迫る進化個体。その反対からは三匹のフォレストウルフが走っている。
魔法の制御に意識を割いていたノエルは周囲の状況を把握し動揺する。しかし魔法の制御は絶対に手放さない。守ることはレオに任せ、自分の成すべきことを全うする。
「もう、いける!」
「ノエル。信じてるぞ」
レオはそう呟いてから力を込めた。小脇に抱えられたノエルはレオが何をするつもりなのか怪訝な表情をする。そして次の瞬間、
「飛べええええ!」
「……はぁ!?」
レオはノエルの真上に投げた。体重を感じなくなった体はどんどんと上昇していき、ノエルは絶叫した。
「全員、衝撃に備えろ!」
イヴァンは打ち上げられたノエルを見てそう声を上げた。ノエルの頭上には進化個体に匹敵する大きさの槍が出現していた。雷によって構成されるその槍は、進化個体に狙いを定めている。
「レオ、避けて!」
ノエルの叫び声が上空から降る。レオは転がるように進化個体から距離を取った。
「喰らえ、雷槍!」
膨れ上がる魔力に全ての魔物が反応を示す。三匹のフォレストウルフは慌ててその場から離脱し、進化個体はノエルを殺すために跳躍する。しかし、ノエルの元に到達する前に魔法が炸裂する。
轟音。
雷槍に穿たれた進化個体は、その威力に押し返され地面に叩きつけられた。体の半分が消し飛び、胴体だった場所から魔石がはみ出ている。周りにいた三匹も間に合わず、跡形もなくなっていた。
群れのリーダーを失ったフォレストウルフたちは、統率が一気に崩れバラバラになる。逃げる魔物は無視して冒険者たちは向かってくる魔物だけに対応した。
「レオっ!?」
「任せろ」
重力に従い落下していくノエルは、下で待ち構えるレオを信じ固く目を閉じた。落ちていく感覚に鳥肌が立つが、この高さからでは着地もままならない。
「すまないな」
「ナ、ナイスキャッチ……」
レオはノエルの体を横抱きで受け止めた。
「次やったらレオごと撃つ」
「本当に申し訳ない」
恨めしいという表情で文句を言うノエルにレオは謝罪する。いきなり上に投げ飛ばされたら誰だって怒る。
「しかし、ノエルの魔法はすごいな。まさかここまで威力があるとは思わなかった」
「今の私の全力」
下に降ろされたノエルは、少しふらつきレオに体重を預ける。全力で魔法を打った反動で、脱力感がノエルを襲った。
「大丈夫か?」
「少し休めばすぐ戻る」
息を切らすノエルは気丈に振る舞うが、レオは戦況を見回しノエルを守るように構える。
「進化個体が倒れたことで形勢が一気にひっくり返った。もう大丈夫だろう」
冒険者たちをイヴァンが再び指揮し、戦場は終局へと向かっていった。
「レオ、助けてくれてありがとう」
「当たり前のことをしたまでだ」
「押し潰されて死んじゃうかと思った」
そう言いながらノエルは回復魔法を唱える。レオが治していなかった軽い切り傷を塞いでいく。
「無理しなくていいぞ」
「大丈夫。私、魔力の量には自信があるから」
魔法の反動から多少調子を取り戻したノエルは、レオの傷を丁寧に治していく。回復魔法など不要なレオだが、この時ばかりは黙って治療を受ける。
「うん。治った」
「ありがとう」
「二人とも、無事か?」
イヴァンは進化個体の死体を確認してから二人の元にやってきた。
「ああ。ノエルに傷を治してもらったところだ」
「そうだったのか。他の人たちもひと段落ついて、今は休んでいる。捜索組が戻ってきたら拠点を軽く修復し、明日には出発することになるだろう」
「そうか」
「今回はお前たちのおかげで命拾いした。団長と副団長がいない状態で進化個体と遭遇するとは思わなかった」
進化個体は明らかにタイミングを見て襲撃を仕掛けてきた。本来の魔物にはここまでの知能はない。今回のことでより進化個体への警戒度が上がることになるだろうと、イヴァンは二人に語った。
それから信号を受け取った捜索組が拠点に合流した。三十名の冒険者たちは自分たちが見つけられなかった進化個体を見て驚愕した。
「イヴァン、これは誰がやったんだ?」
「それは私」
「ノエルか」
拠点に戻り、進化個体の死体を目にしたリシェルはイヴァンを問い詰めるが、イヴァンよりも先にノエルが答えた。
「それは本当か?」
「はい!」
イヴァンは直立の姿勢で緊張した表情を浮かべる。リシェルは少し考えてから口を開く。
「ノエル、俺のチームに入る気はないか?」
「ない」
「そうか。それはもったいないな」
リシェルはそれ以上は誘うことなく、自分たちの拠点に戻っていく。非戦闘員が拠点を修復する中、レオたちも自分たちのテントに戻っていく。戦闘の起こった場所からはずれた位置にあったことと、即座に畳んでいたため、二人のテントはダメージを受けていない。
「なあ、なんで魔物が来るタイミングが分かったんだ?」
テントに入ったレオはふとした疑問を口にする。
遠吠えが聞こえてから、魔物が出現するまでにそう時間はなかった。冒険者たちも身構えていたが、どこから魔物が現れるかまでは分からなかった。だがノエルは。
「サーチの魔法。人や魔物に限らず魔力を持つ生き物を探知する」
「便利だな」
「レオにもできると思うよ」
「本当か? 教えてくれ」
「感知系の魔法は消費が大きい。常に使ってると直ぐに枯渇するから気をつけてね」
ノエルはそう忠告し魔法の詠唱を教える。そして探知魔法がどういった仕組みの魔法なのかを簡単に説明していく。
レオは少し長めの詠唱でサーチの魔法を発動する。
サーチは自分の位置から球状に生物反応を探る魔法だ。その効果範囲や精密度、発動時間は消費した魔力量による。
レオはサーチを発動しつつステータスを確認する。魔力値が二秒辺り四十減っている。レオの初期魔力値は八百弱。四十秒ほどは使えるが、現状での魔力回復方法は自然回復のみだ。無駄遣いは出来ないため、レオはすぐに魔法を止める。
拠点をくまなく調べたレオはしっかりと他の冒険者たちの存在を感知した。だが、魔物以外の反応も捕捉してしまうため街中では使えないと考える。
「上手くいった?」
「どんな感じかは、把握した」
サーチの魔法を使えれば索敵が一気に楽になる。その間、他の魔法が使えなくなるが、魔法使いでないレオにとっては大きな問題ではなかった。

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