銀雷の死刑執行人

パピコ

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一巻

指名手配

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森で一泊した冒険者たちは、予定よりも早い帰還に喜び合っていた。誰一人欠けることなく作戦は終了した。
レオとノエルは行きと同じように最後尾の少し前を歩いて帰った。帰りの道も二人が魔物と戦うことはなく、安全に森を抜けた。
「これが今回の報酬だにゃ」
ギルドに戻るとフェリシーが報酬の詰まった袋を用意していた。ノエルは中身を確認しレオと分配する。
報酬は、今回の遠征で持ち帰った素材を各パーティに分配した分だ。遠征自体に対する報酬は前金として支払われ、二人はそれを準備費用に充てていた。
それでも当面の生活には困らないほどの貯蓄ができた。装備も買い直すほどの損傷はなく、すぐにでも次の探索に行ける状態だ。
「おいそこの冒険者。レオだな? 少し詰所まで来てもらいたい」
懐が温まった二人がギルドを出ると、三人の衛兵が声を掛けてきた。三人の衛兵は同じ服装に身を包み帯剣している。
「ノエル、先に宿に行っててくれ」
「私も行く」
嫌な予感がしたレオはノエルを宿に行かせようとするが、ノエルは衛兵の不穏な空気を感じ取りついて行くと宣言する。
衛兵たちはノエルが付いてくることを特に咎める様子もなく、そのまま詰所へと向かっていく。
何かやらかしたかと考えるレオだが、思い当たる節など一つしかない。
大人しく衛兵に連れられる二人。衛兵たちは二人を前後で挟み歩いていく。詰所はそう遠くなく、街の中心部から少し外れた位置にあった。
「何の用があって俺は呼び出されたんだ?」
「すまない、俺たちもこれが仕事でな。詳しい事は教えられていないんだ」
ダメ元で聞いてみたレオだが、衛兵は詳しい事情までは聞かされていないようだった。レオは、予想が当たっていた場合にはノエルに逃げてもらおうと密かに考える。
とうとう詰所が姿を現わし、予想以上の大きさに二人は息を飲んだ。
「部隊長、お連れしました」
「ご苦労、下がってくれ」
中に入ると衛兵に部隊長と呼ばれた男と、見知らぬ二人組が待っていた。
部隊長は衛兵の制服に身を包み磨かれた鎧を着込んでいる。他の二人組は冒険者だろう装備を身につけている。
「何の用だ?」
「まずは自己紹介から始めようか」
そう言って自己紹介を始める二人組。ジュンとチェリーという二人組のパーティのようで、初めて聞く名前にノエルも疑問の表情を浮かべている。
「俺のことは知ってるんだろ?」
二人の冒険者はレオを指名した。自己紹介の手間は省いても問題ないだろうと、レオは簡単に済ませる。ノエルは隣で自己紹介をしたが、レオはそれを聞き流しながら二人のことを観察する。
立ち姿は隙だらけでレオたちとの力量差は歴然だ。想定していた最悪の事態は避けられそうだとレオは少し気を緩める。
「レオは元奴隷らしいな」
「え?」
本題に移ったジュンのセリフにノエルが声を上げた。レオは奴隷関係の話だろうと予想していたが、ノエルに元奴隷であると伝えていなかったことを忘れていた。
「俺は元奴隷だ。施設っていうのも、奴隷を収容するための場所だった」
「そう、だったんだ」
「すまない。元奴隷だとパーティを組んでもらえないと思ってな。騙すような形になってしまった」
レオは今まで黙っていたことを素直に謝った。
この後ノエルはなんと言うだろうか。パーティは解散になるだろう。そう思考するレオだが、その推測に反してノエルは、
「無神経に聞いて、ごめん」
「お前が謝ることじゃない」
気まずい沈黙が流れる中、部隊長の男が咳払いを一つした。
「話を進めてもいいか?」
「中断してすまない」
場は仕切り直され、ジュンが話し出す。
「俺たちはシンザン王国からある依頼を受けてきたんだが、逃走奴隷がこの国に逃げたらしい」
「……つまり、俺がその逃走奴隷なんじゃないかと疑っているわけか」
レオは予想通りの話に、用意していた解答を示そうと左手の甲を見せる。レオの手の甲には、あるはずの奴隷紋がない。ここに奴隷紋が刻まれていればレオは問答無用でシンザン王国に連れていかれることになる。
「これがシンザン王国で出されていた人相だ。どうだ、見覚えがあるんじゃないか?」
ジュンが取り出した紙には、確かにレオに似た顔が描かれていた。
「しかし、レオの手には奴隷紋がない。レオに対しての強制力は発生しないだろう」
レオたちの間を取り持っていた部隊長が結論を下す。ジュンたちは納得のいっていない様子だったが、一応の理解は示し渋々引き下がる。
ここで暴れようものならこの二人が即座に捕まる。それは分かっているのだ。
「ノエル、まっすぐ宿に帰ろう」
二人組が出て行った後、レオは小さな声で耳打ちをした。
レオは、二人がとるだろう次の行動に予想がつき警戒する。
シンザンからの冒険者。レオを探している。そして人相書き。確実に王が手を回していることに、レオは深くため息を吐いた。

「お休み」
宿に帰ったレオは普段通りを装いノエルと別れた。夜になり部屋の明かりが消え、隣の部屋ではノエルが眠っている。
一時間も経たない頃。眠っているだろうノエルに気づかれないように、レオは宿から抜け出した。
サーチの魔法で二人の位置は既に捕捉している。宿の裏手でいつ忍び込むかと待機している二人に、レオは静かに忍び寄る。
「俺に用があるんだろ?」
「なっ⁉︎」
背後から声をかけるとチェリーが驚きの声を上げる。ジュンは驚くのをなんとか表情だけに留めた。
レオの接近に気づかなかった二人は慌てて距離を取る。
「お前の方から来てくれるとは好都合だぜっ」
「そうだな。宿に忍び込む手間が減ったぜ!」
チェリーの方は声が上擦っている。
ジュンとチェリーは自分たちの得物を抜き正面に構えた。どちらも短めの小剣で、狭い室内を想定した装備だろうことが一目で分かる。狭い小路でもお互いの動きに支障が出ず、戦闘に陥っても幾分か二人の方が有利な状況だ。
対してレオの装備は断罪の鎌一本だ。この路地では広さが足りず碌に振ることもできない。
レオは断罪の鎌を納め、森での訓練の成果を試そうと、魔法をいつでも放てるように構える。
「剣を抜いたということは、戦うということでいいんだよな?」
レオの問いに、これが答えだと言わんばかりに二人は斬りかかる。確実に仕留めるための全力攻撃だ。
「はっ!」
裂帛の気合いと共にジュンが上段から斬り込む。上の攻撃に気を取られればチェリーが横薙ぎの一撃を放つ。レオは二人の攻撃を軽い身のこなしで躱す。
「くっ!」
一撃で決めるつもりだったジュンが呻き声を漏らす。
実に良い連携ではあったが相手が悪かった。多人数戦闘はレオが最も得意とする分野だ。たとえ立地での有利があろうとも、何人用意しようとも正面からの戦闘でこの二人が勝てる確率は万に一つだ。
「ファイアボール」
握り拳ほどの大きさの火球が五つ。散り乱れる花びらのように不規則な軌道で二人に襲いかかる。
「ああああっ⁉︎」
レオの放った二つの火球がチェリーに被弾した。避けられなかったチェリーは、絶叫しながら転げまわり火を消そうとする。ジュンは三つをなんとか捌ききったが、額には冷や汗を浮かべている。隣で倒れているチェリーを見てより一層焦りを感じる。
「次で終わらせる」
レオの掌に雷の魔法が収束していく。この細い一本道でサンダースピアは躱せない。逃げ場を無くしたジュンは攻め込むべきか逃げるべきか迷った。その一瞬が命運を分ける。
「レオ……?」
突如名前を呼ばたレオは振り返った。
後ろを見れば、寝間着の上から装備を纏った、いかにも慌てて出てきましたという格好のノエルが立っていた。
「何してるの?」
そう問いかけるノエルにはジュンたちの姿が見えていない。暗いうえに、レオの姿が直線上で重なり視界に入っていない。
「しっ!」
レオが後ろに気をとられた一瞬の隙をついてジュンが飛び出す。
「サンダースピア」
「ぐああああ⁉︎」
小剣がレオの体に届くよりも速く、魔法がジュンの体を貫いた。痙攣しながら気を失ったジュンと、体の一部に火傷を負ったチェリーがレオの目の前に倒れている。
それを目にしたノエルは視線でレオに説明を求める。
「そいつはな、シンザン王国の逃走奴隷なんだよ!」
レオが口を開くよりも先にチェリーが喋り出す。それなりにダメージは負っているはずのチェリーだが、想像以上にタフである。
「それは嘘」
「嘘じゃねえ。これがシンザン王国で配られた似顔絵だ。さっきも見せたけどな、そっくりだろ? それに情報によれば奴隷は鎌を持ち逃げしたらしい。条件にぴったりじゃねぇか。これでも嘘だって言えるか?」
ノエルもレオも応えない。ノエルは静かに答えを求め、レオが喋り出すのを待つ。
「確かに俺は奴隷だった」
「ははっ、やっぱりそうじゃねぇか」
「だが今は自由の身だ」
「レオは嘘をついていない。左手の甲を見たから。それに、奴隷紋がないってことは、シンザンは既にレオを手放している。今更連れて行かれる謂れはない」
「クソ……」
ノエルに揺さぶりをかけたチェリーだったが、ブレないと分かると悪態をつく。
二人は、動けないチェリーとジュンを拘束し詰所まで連れていく。昼に見た衛兵とは別の兵士だったが、兵士はしっかりとレオたちの話を聞き対応した。
二人は宿に戻りこれからのことについて話し合った。レオが元奴隷であり、さらにシンザンで指名手配されていることから、これからもっと追われることになる。
パーティを解消することも視野に入れていたレオだったが、ノエルにそのつもりはなく却下された。
しかし、今回の件でレオがムーアにいるということがシンザンに伝わる。
この街は治安も良く奴隷制もない。レオのような者にとっても生きやすい街だ。だがここに留まっていれば、いずれシンザンからの追手が増え、街の治安にも関わってくる。
それは絶対に避けたいレオは、この街を出る方面で詳細な計画を考えながら眠りについた。


「――がい!」
外の騒がしさで目が覚めたノエル。窓を開け下を確認してみると記者が紙束を配って歩いていた。
「号外!」
何の事件が起こったのか気になったノエルは隣の部屋で眠っているレオの元を訪れる。そこで初めてレオがいないことに気がついた。
トイレにでも行っているのかと思ったノエルだが、一向に戻ってくる様子のないレオに疑問を抱く。
レオを探そうと宿の受付に話を聞くが、レオのことは見かけていないという。宿を出てギルドへと向かうノエルの元に、一枚の紙が風で飛ばされてきた。
「号外の?」
街で何か事件が起こっていたのを思い出したノエルはその紙を拾った。紙には大きな見出しで、城壁封鎖の報せと指名手配が載っていた。
「え……レオ?」
号外の人相書きにはレオと思しき人物が描かれていた。レオの特徴をよく捉えた見覚えのある似顔絵だ。シンザンからの二人組に見せられたのと同じ物が複写されているが、それよりも罪状にノエルは驚く。
「国を脅かすほどの凶悪な逃走奴隷?」
レオの印象とは正反対の書かれ方をしている記事にノエルは怪訝な顔をする。
国民に対しては、安全のために家から出ないことと、兵士が尋ねた場合は素直に捜索に協力することの旨が書かれている。
「だから逃げた? レオは本当に犯罪者だったの?」
ノエルの中に疑問が生じる。パーティを組み同じ時間を共有した仲間として、ノエルは少なくともレオを信用していた。元奴隷という事実とノエルの前から姿を消していることで、ノエルの中に迷いが生まれていた。
直接会って話を聞かなければ分からない問題に、ノエルはレオを探し始める。
街の冒険者たちは探索に行けないため、宿で大人しくしているか、レオを捕まえ一攫千金を狙うかのどちらかだ。
衛兵や冒険者と、大量の人間に追われるレオの行動範囲は限られる。
ノエルはサーチの魔法で路地裏や建物の陰にいる人間に片っ端から接触を試みる。広い街の中を移動しながら魔法を使っていると、徐々に街の中心から外れ始める。街の外縁付近は、外壁により太陽の光が遮られ雰囲気が暗い。
「サーチ」
もう何度目とも知れない魔法。多くの人の反応を捕捉し、その中から怪しい人間を割り出していく。そろそろ魔力もなくなりかけ、保ってあと数回という所まで来た。これ以上の捜索は魔力の回復を待ち、後日になってしまう。そうなればレオも移動するため、今日中に見つけたいと願うノエルだった。
「……下?」
サーチの反応と視界の情報を照らし合わせ怪しい人間を割り出す。サーチの魔法に幾つもの反応があり、そのうちの一つが地下からの反応だと分かると、ノエルは急いで地下への入り口を探した。
人通りが少なく暗い路地裏は、脛に傷を抱えた人間たちのいい溜まり場だ。既に人の住んでいない空き家を根城にする者や、拠点として勝手に占拠し徒党を組む者。色々と見つかる中でノエルは一つの寂れた教会を見つけた。
屋根は朽ち落ち、壁には蔦がびっしりと張り付いている。扉は意味をなさず開きっぱなしだ。中は辛うじて使えそうだが、何年間も人が出入りしていないのか、雑草が地面を埋め、椅子には塵が積もっている。
そして教会の奥に続く扉。そこを抜けると廊下があり、その先に生活感が強い部屋が現れた。小さな椅子や机を見る限り孤児院のような施設だったことが分かる。
その最奥に、地下へと続く梯子が隠されているのをノエルは見つけた。。梯子も他と同じように埃が積もっていたが、真新しい一人分の足跡が付いている。
「レオだったらいいけど」
ノエルは魔法で下を照らし、警戒しながら降りていった。
土臭さと水の臭いが鼻をつきノエルは顔を顰める。光を先行させながら反応のあった方向へ進んでいく。
「確か、ここら辺――」
「誰だ?」
「う……」
突然声と共に喉元には指が突きつけられ、片腕が抑えられた。背後を取られたことにノエルは息を飲む。
「ん? その声はノエルか?」
ノエルの背後を取っていた人物はノエルの声を聞き拘束を解いた。
体が自由になったノエルは明かりを強くし後ろを振り返る。薄黄色の光は後ろの人物の顔をはっきりとさせる。
「レオ。やっと見つけた」
「ノエルだったとは思わなかった。誰か来たのは分かったが、灯りが一つもなかったからな」
 レオはいきなり襲ったことを謝った。
「それはいい。そんなことよりも、これ」
ノエルはそう言いながら紙を取り出す。宿の近くでも配られていた号外だ。
「俺を捕まえに来たのか?」
「真実を確かめに来た」
ノエルはそう言いながら紙をしまう。
「そうか。なんでお前はここまで追いかけてきたんだ? 俺が本当に凶悪な罪人だったら命の保証はないんだぞ」
「レオのこと、仲間だと思ってたから」
レオの問いにノエルは即答する。だが、ノエルの中で確信を持てる答えがあるわけではない。真実を知るために、レオと直接話をする必要があった。
「レオのことを、教えて。嘘なく」
「そうだな。いつかは、話さないといけないと思っていた」
レオはそう言って生い立ちを話し始めた。ここでも不死身のことについては伏せながら、シンザン王国でのレオの処遇と、逃げ出すまでの話を。
「……それで?」
レオが奴隷という立場から解放された話を聞いたノエルは頭に疑問符を浮かべていた。
「以上だ」
「レオはただ鎌を持ち逃げしただけ?」
「そうだな。この鎌は盗んだ物で間違いない」
何故レオが追われる身になっているのか。号外に書かれた大罪とはほど遠いその答えに、ノエルは腑に落ちない。
そもそも、奴隷紋から解放された理由をレオが話していないため、ノエルにはその程度の認識しかできない。普通、奴隷紋の強制力から逃げだすには所有者の承諾が必要になる。
しかしレオは、シンザンから許しを得たわけではない。解放者となって逃げ出したため、シンザンとしては逃走奴隷という扱いになるのだ。
「レオを手放したシンザンがなんで追ってきてるのかは聞かない。何か理由があるのかもしれないのかもしれないけど、レオが話してくれるまで待つ」
「信じてくれるのか?」
ノエルは一つ息を吐いてから言葉を発する。
「レオが悪い人じゃないことは知ってる。私は仲間として、レオを信じたい」
「ノエル……」
「それにレオは森で私を助けてくれた。今度は私の番」
胸に手を置いたノエルは真っ直ぐにレオを見つめる。レオと目を合わせて逸らさない。
「だが、追われる身になるぞ」
レオの言いたいことが分からないノエルではない。外を歩き回っていた兵士たちを見たノエルは、レオよりも逃げることの難しさを理解している。だが、
「遠慮はいらない。私はレオの先輩冒険者。そしてこのパーティのリーダー。そしてレオの仲間。これくらいの問題、一緒に解決してみせる。レオのことは私が守る」
胸を張ってそう言い切ったノエルに、レオは驚きと呆れ半々の表情をする。覚悟を持って啖呵を切ったノエルに対し、レオも諦めたように息を吐く。
「分かった。俺の背中は任せる」
「任された」
自信満々に言い切ったノエルを見てレオは微笑む。
「俺を守ると言ってくれたのは姉だけだった」
「そうなの?」
「ああ。世の中にはひどいお人好しがいるんだな」
「それ私のこと?」
「どうだろうな」
濁すようなレオの言い方に、ノエルはむくれる。
レオは似ても似つかないノエルに姉の姿を重ね、すぐにその夢想を頭の中から追い出す。元奴隷と知ってなお自分を助けようとするノエルだけは死なせたくないと、レオは強く思った。
「だがどうやって逃げ出す? 門は封鎖され壁を越えるのも不可能。壊そうものならすぐにでも兵士がやってくるだろう」
二人で逃げることが決まったはいいが、肝心の逃げる方法が思いついていないレオ。ノエルも手詰まりの状況に頭を悩ませる。
街の中は兵士が巡回し、門は扉が閉められ外からも入れないようになっている。街の外に出るには壁を超えるか壁を壊すかの二択。だがどちらも成功する確率の方が圧倒的に低い。街は完全に隔離され、逃げる場所など一つもない。
「それに、ノエルは知り合いはいないのか? 冒険者にも交友はあるだろう?」
「今までほとんどソロでやってきたし、深い仲の人はいないから大丈夫」
「そうか」
街から逃げ出す前に挨拶の一つでもした方がいいのではないかと考えたレオだったが、その心配はなかった。
「だが、なんでソロで。ノエルならパーティの誘いぐらいいくらでも来ただろう?」
「男の冒険者は信用できない。あいつらの視線は粘っこい」
ノエルは嫌なものでも思い出したように顔を歪める。
「俺も男なんだが?」
「レオは違う。あ、男じゃないって意味じゃなくて、視線の種類が違う感じ」
「そうなのか?」
「うん」
他の冒険者と何が違うのか考えるレオだが、結局年齢以外に思いつかず、仕方なく納得する。
「とにかく、街から出る方法を探さないと」
「そうだな」
ノエルは周囲を見回しながらそう言い、レオも同じように首を振る。
二人がいる地下道には水が流れている。重力に従い、緩い坂を流れていく水をぼんやり眺めていると、ノエルは閃く。
「レオ、ここって地下水路……」
「ああ、そうだな。隠れる場所を探していたら偶然見つかったが……」
そこまで言いかけたレオはノエルが言いたいことに気がついた。
地下の水路がどこに繋がっているのか。それを考えた二人の逃走手段が三つに増えた。
「地下水路は近くの川に繋がっている」
「ああ」
近くの川まで地下水路を使って出ることができれば、地上を通らずとも街を去ることができる。
「この街の地形は覚えてる」
「本当か!?」
「私はこの街に来てから結構長い。知らない場所の方が少ない、と思う」
この街で暮らしている時間はノエルの方が圧倒的に長い。レオはこの街に来てから森にいた時間の方が長かったため、地形に関しては全く頭に入っていない。
「今いるのは街の北側外縁付近。街の西に大きな川が流れているから、そこに通じている可能性が高い」
「距離は?」
「徒歩一時間くらい。地下水路がどういう形をしているか分からないけど、それくらいはかかる」
「了解だ」
ノエルがいなければレオは今でもこの地下を彷徨っていた。この地下水路が見つかったのは偶然だが、そこから先はノエルがいなければどうにもならなかった。
「それじゃあ、すぐ戻ってくるからレオは待ってて」
「分かった」
ノエルはそう言い残して地下水路から抜け出す。
ノエルは一度宿に戻り荷物を全て回収した。このまま街を出れば、荷物や金銭の問題でいずれ行き詰まる。
それから十数分。レオは、急いで戻ってきたノエルと地下水路を進んでいく。地下水路は暗く、魔法の明かりだけが頼りだ。
地下水路はかなり入り組んでいたが、レオたちはなんとか街の外に辿り着いた。迷うこともほとんどなく、大きな川の流れに合流するように水路は続いていた。
レオたちはシンザン王国から離れるため街の北を目指すことにした。ムーアの北側であれば北ミュール連邦国の領域だ。
ムーア共和国から徒歩七日の場所に、最初の街であるカンディスが見えてくる。そこからさらに北へ進めばミュール帝国に行くことができる。
ミュール帝国は宗教について言及しておらず、国教なども定められていない。
実力至上主義と言われるミュール帝国は、元冒険者がその国を治めている。
亜人差別などの問題は少ないが、代わりに奴隷制度が存在する。だが、シンザン王国のような酷いものではない。借金に苦しむ者たちへの救済措置として奴隷制度が利用されている。
借金で生活できなくなった者の多くが犯罪者へと落ちぶれてしまう。だが、奴隷として働き口を見つけることで犯罪者の出現を抑制している。
そのため、奴隷にも一般的な人権や最低限の尊厳ある生活が保障されている。つまり奴隷の買い手が奴隷に対して非人道的な行いをすれば問答無用で処罰されることになる。ムーア共和国とはまた少し違った平和を求める国である。
道中、カンディスへと向かう商業馬車を見つけたレオたちは同乗させてもらい、誰かに見つかる前に街を離れる。まだ陽が高いうちに、二人はムーア共和国から旅立った。

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