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ベルフォール帝国編

魔物退治

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「カシュパルからいい情報はあったの?」

 背後からボクを包むように抱きしめてくるクレアの優しい声。どことなく気遣いを感じるのは気のせいだろうか。
 カシュパルからの報告を何度も読み返す。理解の漏れがあると大変だ。
 しかも念の為に暗号文を使っているから。復号に時間がかかるし、間違いがないかチェックも手間だし。
 この手間は機密性を守るためだ。これは仕方ない。歴史上密書が敵の手に渡ってしまう事は何度もある。
 手間をかけても情報は大事。肝心の内容はボクの想定からは大きく外れてはいない。
 ・・・と、いうか進捗が無いって感じか。相当大変そうなのか感じられる。

「良い事はさっぱりかな。カゾーリア王国の駐屯が本格的になってきたみたいだよ」

 状況はちょっとづつ分かってきた。想像通り良くない。それが表情に出てたかも。クレアは鋭いからなぁ。

「何が起こっているの?」
「うん、サンダーランド式の風習を廃止してカゾーリア式に統一しようとしているとか。潜伏している貴族達の情報を提供すると報酬が出るとか。勝手に作った国境で出入りを制限しているとか」
「セシリア様やフレーザー家の情報は?」
「信憑性の高い情報は全く。噂にも出てないみたい。カゾーリアの検問が思ったより厳しいようで苦労しているようだね。カシュパルが押さえていた情報提供者にも連絡が殆どつかないみたいだよ」
「勢力を集めつつ、潜伏を続けているのよ」
「ボクもそう思いたい。こうなるんだったらセシリア様にハトを持ってもらうべきだったかも。でも余裕はなかったかな」
「過ぎた事は悔やんでも仕方ないわ。今だってカシュパルからの報告のみでしょ?こちらからは連絡ができないのだもの」
「そうなんだよなぁ」
「それを覚悟してこっちにきたんじゃないの。我慢よ」

 確かに。だけどもっと情報が欲しい。そういう意味で便利かと思っていたのだけど。
 こんな時は不便だな。このハト・・・。
 形状は前の世界のハトとは違う。でも、この世界では何故かハトと呼ばれている。こういうケースは結構多いのだ。単語の違いでボクは混乱する。
 そもそもハトは魔道具だし。
 魔道具のハトは僕の世界での電報みたいなもの。完全な一方通行の連絡手段。だから・・双方で連絡をつけたいときには二つ必要になるという不便さ。
 しかも超高価だから複数持つのも簡単じゃない。且つ数も少ない。これがボクの手元にあるのだって色々ラッキーだったもの。
 
「そうだけどさ。やっぱり何もできない現状が辛くてさ」
「クレアは後から聞いたけど、レイ様の選択は最善だったと思うわ。国はあてにならないし。レイ様個人が力を持たないとフレーザー領の奪還は無理だわ」

 そうかなぁ・・・。
 ふーと息を吐きクレアに体を預ける。クレアの温かさをより感じられて安心する。このままこうしていたいかも。
 クレアの指摘は残念だけど正しい。
 途方もない事だけどボクが力を持たないと難しい事だ。何度も考えたけど、それしか無い。
 まずは情報入手からだ。カシュパルは大変だろうけど引き続き頑張って欲しい。


「・・レイ様。起きてられますか?」

 あ?この声は・・。
 天幕の外からクラウディア様の声がする。まだ夜が明けて無いのに。どうしたんだ?

「起きていますよ。こんな早くにどうしました?」
「いいえ。中に入っても宜しいでしょうか?」

 ボクは念のためクレアを見る。いそいそと服を脱ごうとしているところを全力で止める。悪戯っぽい笑みにドキリとしてしまう。どうせバレているけど。平静心を保て・・ボク。
 それ以外は・・大丈夫か。
 ちょっと前に軽く周囲を掃除していたから着衣の問題以外は全く無い。

「はい、どうぞ。入口はクラウディア様の天幕と違いますから気をつけてくださいね」

 言い終る前に勢いよくフラップがまくられる。随分と強引だなぁと思ったらヘーゼルの鋭い目を持つ女性が入って来た。
 ライラか。ライラはクラウディア様の護衛としてつけた女性だ。ちゃんと仕事しているようで一安心。
 天幕内を無遠慮に確認してくる。ボクとクレアの二人だけと確認した後、笑みを零す。ちょっと下卑た笑みが気になるぞ。いつもは無表情のクセに。
 安全を確認後、直ぐに引っ込んだのはクラウディア様を案内するためだろう。
 ボクには冷たい対応が多いけど、クラウディア様とはいい関係を築けているようだから良しとしよう。もともとクレアの太鼓判があったから問題無いとは思っていたけどさ。
 
「ああ~!やっぱりですわ!」

 クラウディア様が入るなりトーンの高い声を出す。夜明け前から元気だ。
 けど、やっぱりという意味が分からない。なんだっけ?
 と、思ったと同時にボクを抱き寄せているクレアの力が強くなり思いっきり引き寄せられてしまう。体を預けていたから抵抗できん。・・嬉しいけどさ。他の人のいる所でそれは・・。
 あ、あれ?
 ブルーの大きな瞳が吊り上がっているんですけど。
 なんで?
 背後でクレアがクスクス笑っている。まだ離してくれない。・・ちょっと。
 
 あれ?
 
 分かってないのはボクだけ?
 え?
 
「クレア!やはり貴女はレイ様と同衾してるのね?」
 
 ボクの背後ではクスクス笑う声が聞こえるのみ。クラウディア様は今度はボクを睨んでくる。
 おおう・・。

「レイ様。何故わたくしが同衾できないのですか?理由をお聞かせくださいませ」
「え?」

 思わず絶句してしまう。なんだって?
 婚約すると・・・同衾は必須なの?
 そんなルールあったの?

「え?、ではありませんわ。クレアは良くてわたくしが駄目な理由を仰ってくださいな。同じ婚約者として納得がいきませんわ」

 え?
 そこかあ。
 う~ん、どう言えばいいんだか。
 だってクレアは特別だもの。ボクは覚えてないけど赤ん坊の頃から殆ど一緒だ。これを言葉にするのは難しいというか恥ずかしい。
 考えていたら背後から口を塞がれる。
 どいう事?

「クラウディア様。前にお話ししたではありませんか。婚約者という立場は一緒ですよ。ですがクラウディア様は生れが特別なのです。万が一があった場合にはクラウディア様がこの国の主になる可能性はあるのですよ。そうなった場合には純潔さが求められます。婚約者でも殿方と同衾は駄目だとお母様に言われたではありませんか」
「クレア。貴女はまだその事を。わたくしの夫となる方は目の前にいるレイ様だけですわ。他の殿方と考えるだけで嫌になりますの。それに、わたくしの継承順位は高くないわ。上には母上やお兄様がいるわ。万が一もそのような事にはならないわ」
「でも皇室の皇子様達よりは上位なのはご存じでしょう?油断できない立場なのですよ。ご自身の立場は忘れてはいけません」

 変わらずクスクスと笑うクレア。
 対するは、ぐぬぬ、という表現ができる表情をするクラウディア様。良いとこの貴族のお嬢様なのに表情は豊かだ。普段はこうじゃないらしいけど。
 ボクの何処が気に入ったのかは分からない。ハッテンベルガー家にお世話になった当初からボク達には親し気に話しかけてくれていた。
 公的な場ではきちんとお嬢様しているのだ。私的な場では年相応・・いやそれ以下かも。オンとオフがきっちりしている印象だった。
 婚約者となってからはオフの表情ばかりを見せてくる。でも、意外と心地よい。裏の無い態度だからというのもあるからかも。真っすぐな性格だ。
 つまり欲望には正直に物申してくる。でも我儘じゃない。しかもクレアと反りが合うらしい。その証拠にお互い遠慮しない言い方だけど、じゃれ合っている感じだし。
 なんでこんなに仲が良いんだか。だけどさ・・ここ一応宿営地だよ。
 もう少し緊張感を持てないのかな?
 このやりとりが収まるまでの辛抱かな。
 ボクはクレアとクラウディア様に挟まれた感じで大人しくするしかない。下手に口出しすると・・大変だという事をここ数日覚えた。
 
 内心でため息をついていたら・・。
 
 「探知(ディテクション)」が魔物の接近を探知する。
 うわ~。
 またかよ・・。いきなり多くなってきたな。
 さっきもクレアと片づけてきたのにさ。森の近辺で探知する頻度じゃなと思うんですけど。
 
 数は・・・一体のようだ。
 さっきよりでかい感じだ。この宿営地から森方面へ二キロ程度か。当然駆除対象だ。大きさが気になる。
 現場で様子を伺ってから判断するか。
 よく分からないけど目的地に着くまではボク達が魔物を駆除する事になってしまった。師匠にも自分で対応できるなら事後報告で良いと言われた。
 なんか教えてくれるのかと思ったんだけど。好きにしろだってさ。
 
 と、いう事でまた出動だ。
 魔力はまだ十分ある。
 対処できなければ穴掘って落として逃げよう。後は師匠に丸投げだ。これも適切な判断さ。
 サボってばかりだからボクの修行のためにも、そろそろ働いて欲しい。

「レイ様?また探知したの?」

 ボクの様子に気づいたクレアが聞いてくる。先程までのじゃれ合いの雰囲気はもうない。相変わらずスイッチの入り方が早い。
 一方のクラウディア様もさすがだ。ボク達に何があったかは理解してくれたようだ。こちらも回転が早い。

「魔物が接近しているのですの?」

 クラウディア様だけにはボクが少しだけ魔法が使えると話をしている。
 とはいえ魔法は全く知らなかったようだ。皇家やハッテンベルガー家でも知られていない。クレアにも魔法関連の書籍が無いか探して貰っているけど帝都でも無いみたいだし。
 ホント忘れ去られているよ。
 で・・その魔法を使うボクが地味な事しかできないから・・最初は酷い扱いだった。ま、こんなもんだ。
 でも魔物討伐の行軍に出てからは、その評価が変わってきたみたいだ。
 一応実戦に役立つという認識になってくれたみたい。
 ボクも少しは成長した。夜の野営は周辺を探知魔法で囲っているので安全確保の役に立っている。
 設置が手間だけど周辺四キロは自動的に探知できる。便利です。鍛錬にもなるし一石二鳥以上だ。
 でも結構ハードなんだよなぁ。脳の片隅で警戒をしているような変な感じ。これも訓練だ。
 クレアは理解してくれているけどクラウディア様の理解はまだまだみたい。こればかりは仕方ない。とりあえず大変だという事だけ理解して貰っている。


「うん。多分森から出て来たのかも。さっきのも森方面からだったし。周辺に被害が出ているのが納得だね。魔物の種類が分からないから確認しに行くけど・・・。もしかして・・」
「はい。ご一緒しますわ。少しはお力になると思いますわ」

 あ~やっぱりそうなるか。ボクがクレアに確認する前にクレアが反応する。

「クラウディア様の弓の腕前は確かよ。ライラも側にいますから問題ないわ」
「うふふ。お母様直伝ですの。お任せくださいまし」

 ブルーの瞳が興奮気味に輝く。
 皇家の血統は代々武を重んじているらしい。父親のハッテンベルガー伯爵も相当な実力者だ。そう考えると納得するしかない。
 それにクレアも認めている。不安要素では無いという事だ。
 もしかしたらボクが一番の不安要素かもしれない。・・ハハハ。
 

「分かった。でも危ない魔物だったら逃げるからね。後は師匠に丸投・・任せるから」
「それでいいと思うわ。ここまで全く働いていないから少しは動いてもらいましょう。クラウディア様。危ない時は直ぐに退却しますよ。レイ様の指示に従ってくださいね」
「うふふ。承知しましたわ。やはりレイ様と一緒にいると楽しそうですわね。わたくしの選択は間違ってないと断言できますわ」

 ん?
 後半は何を言っているの?。・・表情を見ている限りは大丈夫?なのかな。ま、困ったらクレアに頼もう。
 どう考えてもボクのほうがクレア達に守られているような気がするけど。
 ・・いいや、この点で考えるのはやめよう。悲しくなってきたし。

 まだ、警戒の兵が数名起きているだけのようだ。
 ようやく明るくなってきた空の下に出る。
 宿営地は歩哨が数名警戒しているのみだ。
 魔物の確認をするという報告をしてボク達は宿営地を出る。
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