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ベルフォール帝国編

窮地 ー フランツ・バルヒェット

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「なんなんだこいつらは。なぁ。俺達は何者と戦っているんだと思ぅ」

 我が主の呆れた声が響く。
 飄々とした態度とは裏腹にその目は真剣だ。
 そうだろう・・。
 自分も目の前に展開している光景が信じられない。

 あれらは・・一体何者なのだ?

「フランツぅ。こんな状況でも貴様は冷静だなぁ。新しく副官に任命しただけあったなぁ。で、貴様はどう思う?」

 問われるが自分が教えて欲しい。その反論は顔には出さない。
 主は自分を冷静と云う。だが自分は虚勢を張っているだけに過ぎない。
 目の前の状況を理解するためには平静を保つよう心がけているだけだ。
 あの失敗以降努めて客観的に事実を把握するよう努めている。それだけだ。
 なのだが・・今の精神状態は恐慌状態に近いと思う。叫びたいのを必死で抑えているだけだ。
 問われた事に思いつく事など何もない。
 今までの自分の知識ではどうしようもない事が目の前に広がっているからだ。

 あれは・・・人間なのか?

「正直に申し上げて判断ができませぬ。先程我が軍が蹂躙した筈です。手ごたえも間違いなくありました。ですがこのような状況です。この状態が続くのであれば我々に勝ちは無いのではない事は判断できます」
「だよなぁ。あの数だぁ。何度かは全滅させてんよなぁ?あんな連中を退ける事もできない程に我らは弱くなっちまったかぁ」
「そのような事は決して・・無いと信じたいです。敵方はおよそ二万。我が軍はおよそ一万。数では劣ってますが地力では勝っています。既に四回は全滅させている筈です」
「やっぱり間違ってぇないよなぁ。こんだけ疲れているんだしなぁ。強行軍だったからなぁ。俺の体力が無いかと思っちまったぜぇ」

 主の言葉は間違っていない。自分も同じ印象だ。後方で指揮しているためそれ程戦ってはいない。だが、疲労感が激しい。
 実際に戦っている兵達はもっと疲れているだろう。
 一方の敵方の体力は無尽蔵のようだ。
 体力の問題以前だ。
 もしかしたら・・「死」という概念が無いのではないのだろうか。尋常ならざる動きに疑わざるを得ない。

 あり得ない。

 あれは・・・人間ではないのではないか。

「・・閣下。一旦引いたほうが宜しいかと愚考致します。このままでは我が軍の疲労と損耗の吊り合いが取れませぬ。もとよりこの地を死守する事は公王様も望んでおられないと愚考します」
「撤退かぁ。ま、このままじゃ兵を減らすだけだなぁ。だが、どこまで引くかだ。奴ら足も速いぜぇ」
「お任せを。策を弄しながら下がる方法を考えます」

 それは自分も承知している。果たして重い通りに退けるのか。
 全軍の撤退は勿論だ。だが自分の中では閣下の無事が最優先だ。
 こればかりは譲れない。
 たとえ公王様が閣下の甥御であってもだ。
 第一公国軍は我らの倍の兵力を温存しているのだ。
 こちらは様子見にひとあてしたに過ぎない。
 これは撤退ではない。様子見をしただけだ。閣下の敗北では決してない。

「見た感じだと奴らは統率が取れてねぇなぁ。何かの目的を与えられてその指示通りに動いている感じか。目の前の俺達を襲う事しか指示されてねぇかもなぁ」
「!」

 主の唐突な指摘。
 成程・・・これまでの感じた違和感に納得がいく。
 一見、連中は纏まっているように見える。よく見ればその動きは統一性がなくバラバラだ。素人の集団が策も無く突撃しているともいえる。
 それ故脅威でもある。
 熟練の我が軍が未だにこの素人の集団を殲滅する事ができていないのだ。
 否。戦いは圧倒的に我が軍が優勢に進めている。
 敵方が倒れないのだ。
 ・・不死といってもいい。

 あれは・・人の形をした化け物だ。

 手足が千切れてもいつの間にか元通りになっているという報告が続々と入ってくる。
 化け物以外の何物でもないだろう。

 我々は摂政が指揮する軍・・ベルトラム公国軍と戦っている筈だ。
 だが目の前の敵は正規のベルトラム公国軍ではない。一部混じっているからそのように判断したのだが。その大半の装備は違う。
 傭兵を使っているという推測はできる。が、ベルトラム公国はそれを良しとしない方針だ。貴族が傭兵を使うのは恥だからだ。
 そもそもとしてベルトラム公国が他公国と連係しているという情報は無い。ましてや他国と同盟している事はあり得ない。
 一体どこから・・。

 否。推測は後でもいい。
 今をどうするかだ。

 この化け物達を放置するのは悪手だ。ここでなんとか殲滅しなければ。

「死なぬ者は人ではありませぬ。火を使って焼き払う事を提案致します。その間に引きます」

「続けなぁ」

「・・火矢を使います。平行して油を準備させます。それで罠を仕掛けます。退却しつつ、この罠に誘い込みます」
「どこに仕掛けるんだぁ。この周辺は罠を仕掛けるには難しいぜぇ」
「我らの背後は平地です。そこでしたら可能かと考えます。死なぬ者達に対して正攻法は通じませぬ」
「ふむ。そうだなぁ。確かにまともに戦っても埒が開かねぇな。だが間に合わなんだろうよぉ」

 ぐ・・む。
 火計を進言したはいいが準備には時間がかかる。何より草木のない平原では火種を容易に準備ができない。
 だが火を使うしか相手の足を止める手段がない。時間をかけずに準備するには・・。
 
「馬鹿弟子を連れてくればよかったかもなぁ」

 む・・。弟子?・・ああ・・あの子供か。

「・・レイ・フォレット殿ですか。彼が献策できるのですか?」

「いいや。まだまだひよっこだなぁ。だが我らとは視点が違うんだよぉ。面白い事を思いつくかもしれんぞぉ。あの砦の設計も殆どアレがやったしなぁ」

 シュヴェルツァーズムフ高地の砦か。
 確かに自分では考えつかぬ砦の構造や兵器の設計図を多数提案していた。あのような考え方は自分にはできぬ。
 お目付け役のクレマー伯も驚かれていた表情には驚いた。あの方も驚く事があるのかと。
 若さなのだろうか。これまでの厳しい生活の中で身につけた知識なのだろうか。少なくても主が気に入る何かをあの少年は持っているのだ。
 彼ならばとは思う。
 だが・・。

「流石に戦場での策はないのではないでしょうか?そこまでの経験はございますまい」
「そうでもないぞぉ。カゾーリアの蛮族との戦いで生き残ったそうだぁ。しかも最前線で戦ったようだぁ」

 なんと。
 サンダーランド王国がカゾーリア王国との戦いでかなりの領土を奪われた戦いに参加していたと?
 そこの前線に参加していたのか。
 知らなかった。
 成程。これまでの経験で培った知識や視点という事なのだろう。
 

「彼ならば敵をどのように見るでしょうか?」
「俺にはさっぱり分からないがアレにしか見えない世界があるらしい。今回のはつまらん折衝だと思ったから残してきたんだがぁなぁ。失敗したなぁ」

 主は失敗というがこのような状況を誰が想像できたろうか。
 エーヴァーハルト公国への使者として向かっていた。エーヴァーハルト公国に叛意がありとの報告があったからだ。だが信じる事はできない。
 エーヴァーハルト公国の公王は帝国に逆らう事はあり得ないからだ。
 主も同じ気持ちだろう。
 万が一を考えてそれなりの兵を連れて行ったのだが。まさか背後から攻められるとは想定外も想定外だ。
 主は言葉にはされていないが宰相と摂政の企みに間違いはないだろう。
 連中が主にエーヴァーハルト公国へ向かうよう指令を出し。エーヴァーハルト公国の領土内で襲ってきたのだ。
 おそらくエーヴァーハルト公国の叛意の証明に主を使ったのだろう。
 連中は主を殺す気なのだ。襲われた者が死ねば状況証拠しか残らない。
 次の狙いはエーヴァーハルト公王になるのだろう。
 そのような事にはさせぬ。

「これはあまりにも想定外です。不死の集団と例えればいいのでしょうか。我々の常識外の敵です。あの者達がここまで閣下を除きたがっているとは思いもよりませんでした。なんとしても跳ね除けなければいけません」
「俺を殺したからって何もかも掌握できると考えているのが甘めぇんだよなぁ。ま、このままじゃ我々が危ねぇのは確かだなぁ」

 この方はいつもご自分の命を軽んじられる。
 成程。クレマー伯のご苦労が理解できた。自分がクレマー伯の立場になって始めて理解できるとは。まだまだ足りない事ばかりだ。
 絶対に無事に戻って頂かねば。そのためなら自分の命など安いものだ。

「最悪は自分が殿を務めさせて頂きます。閣下は公王様になんとしても面会して頂かねばなりません」
「へっ、そこまで思い詰めるこたぁない。大丈夫だ。厄介な連中である事ぁ事実だ。仕方ねぇ。だがなぁ、何らかのカラクリで動いているのは間違いねぇんだ。それを断ってやりゃいいんだよ」
「はっ!それを解析するためにも火を使わせてください」

 主の表情はいつも通りだ。焦りを感じる事が無い。むしろ逆境を楽しんでいるのかもしれない。
 やはり帝国一の大将軍であると再認識させられる。
 故にこのような戦場で散らせる訳にはいかない。自分の命を賭しても下がって頂かなければ。

 だが・・本当に火は有効なのだろうか。

 見た目は人間だ。人であれば火に耐えられるはずは無い。

 少なくても足止めはさせないと。
 我々が生き残る事は難しいだろう。

 この不死の集団に勝てる者はいるのだろうか。
 現状の我々では難しい・・と、判断せざるを得ない。

 皇帝が崩御されてから想定しない事が続いている。

 この帝国内で何が起こっているのだろうか。
 
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