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ベルフォール帝国編

レックス・ライムント

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「よぉ。よく裏切らずに来たなぁ」
「ケッ。言ってろ。俺達が裏切りたくても制約があるからできねぇのを知っていて言ってるだろう」

 ・・始まったよ。
 ルークは性格の悪い顔でザシャ達を揶揄っている。懲りないなあ。それとも本当に反りが合わないのか。
 過去の仕事では敵対する事があったとしてもルークがここまで粘着するのは珍しい。
 対するザシャも本当に唾を吐きながら返答している。・・汚いぞ。
 ティモは・・・気にしていないようだ。こっちは平常運転だな。
 ザシャ達は嫌々同行しているだろうな。無理やり従属させたし。でも約束だから諦めてもらおう。
 それに彼らにつけた制約はいずれ外すと言っている。本当に信じる事ができたらだけど・・。
 こんなにギャーギャー吠えられても士気にかかわる。組織に行き場は無いのか。
 これじゃいつまでたっても無理じゃん。
 なんだか力が抜けてきた。
 ・・もしかしたらボクは気負っていたのかもしれない。
 それを解すためにわざとやっているのかな?
 クレアが呆れた目で二人を見ているし。・・・そんな事ないか。無駄なエネルギーを使っているよなあ。
 
「これで予定した人員は揃ったのかしら?」

 二人を眺めているボクにクレアが聞いてくる。

「そうだね。あまりに多いと怪しまれるし。本当はもっと少ない人数で移動するつもりだったんだけど」

 帝都から出た後に砦から呼んだ人員は少なくした。

 ザシャ達。
 警護の意味もあって師匠から借りている小隊。

 他は砦に残して守るよう指示した。と、いうか師匠の指示に従いなさいと伝えている。
 なんだかんだでボクは師匠の元にはいけなくなった。
 師匠には砦に戻ってほしいなあ。あそこなら安全だと思う。
 あの砦は簡単に落とせない事がこの前の戦で証明できた。
 本当に無事に戻ってきてほしい。
 状況が分からないだけにもどかしい。
 
「でも今後の事を考えると多い方が良かったのじゃないかしら?」
「大所帯になると国境を通るのが簡単じゃないってセシリア様が言っていたからね。そんなに多く連れていくつもりはもともとなかったもの。この人数でも多いんじゃないかな」

 ”そうかしら”と納得のいかないクレアの表情を見て考えてみる。
 ・・・実際に多い。
 今はクレア、クラウス爺、ルークと二十名の傭兵隊。ザシャとティモ。師匠から借りた小隊長とその隊員五名。
 それとレックス商会の店員五名。と、荷物一杯の馬車二台。
 なかなかの数だ。
 そこにクラウディア様が危うく加わる所だった。あの方の行動力を舐めてはいなかったけど。宥めるのが大変だった。
 最終的には諦めてくれたんだけど・・。
 どうしても一緒に行くと譲らなかったしなあ。
 それはもう泣きながらの抵抗だった。別室でエリーゼ様やクレアが説得したらしいのだけど・・。内容は不明。・・なんか聞けなかった。
 仮にクラウディア様が同行していたら人数は十という単位で増えてしまう。かなり目立ってしまう。
 目立たぬように動きたいんだ。

 指名手配されているボクがいるので、ボク達はベルフォール帝国を出る。別に犯罪者じゃないんだけど。
 表向きは王太子への祝いの品を届けるという理由。必要書類等は全て揃っている。いや・・揃えて貰った感じだな。
 だけどね・・・結構怪しい集団だと思う。だって正式な帝国軍の人間が一人もいないんだもの。それで公の使節って無理じゃないんかな。
 それでもエリーゼ様が準備してくれた証書は威力抜群らしい。
 それを信じるのみだ。

 ・・まだあの二人やり合っているよ。
 とうとうクラウス爺が動いた。

「ルーク。揶揄うのはそこまでにせい。隊列を整えよ」

 ニヤつきながらも”承知!”とルークが応答する。やっぱり揶揄っていただけのようだ。

「御曹司。そろそろ出立致しましょう。日没までには予定の野営地点に到着しませぬぞ」
「そうだね。それじゃ出発しようか」

 確かにのんびりしている場合じゃない。
 いつ追手が来るかもわからない。なんか人相書きも出回っているらしい。
 見たけどそんなに似ていなかった。クレアも同意してくれたけど。ルークは違った。
 人相の絵はそれ程重要じゃないらしい。名前や年齢、性格とかが重要らしい。
 過去にルークは追討の立場で受けた事があったらしい。成程と思った。
 本当は髪や瞳の色を戻して追手をやり過ごしたかった。でもそれは止められた。
 帝国を出るまではダメだとエリーゼ様に言われた。理由は説明してくれなかった。
 
「それにしても親分が爵位持ちになるとは驚きやした。いつからそんな話になっておりやしたんで?」

 ニヤついた顔のままルークが揶揄ってくる。今度はボクかよ。
 爵位持ちになってもルークの対応は変わらない。ちょっと安心。肩書で変わられるのが一番困る。
 でも経緯については内緒だ。

「ボクが望んだわけじゃないよ。いつの間にか決定していたかんじさ」

「レックス・ライムント伯爵ですか。親分に箔が付くのは子分としちゃ誇らしいですぜえ。なあお前ら」

 ”へい!”と傭兵隊が声を揃える。
 ザシャも満更でない感じだ。へえ、珍しい。
 成程・・箔付けって必要なんだな。皆の士気にも関わるんだ。最初面倒だと思っていたんだけど。・・これからは考えてみるか。
 ま、エリーゼ様には億劫だと言わないようにと釘を刺されているし。
 そもそも今回の名前と爵位はエリーゼ様から与えられたんだ。
 エリーゼ様って何気に結構凄い方だったらしい。どの位凄いのかは上手くはぐらかされたけど。やり手だ。
 ハッテンベルガー伯爵より地位は高いのが最初の驚きだったなあ。皇族だからそうなんだろうけど。
 知らなくてスミマセン。あの時は恥ずかしかった。

 レックス・ライムント。

 今後ボクが名乗る名前だ。
 これで何度目になるのだろうか。
 既にこの名前と爵位はクラウディア様との婚約が決まった時に決定していたらしい。マジでびっくり。
 エリーゼ様の娘であるクラウディア様との婚約だ。爵位は最低限必要というのが発端だったようだ。凄いよね。びっくりだよ。
 その関連でハッテンベルガー伯爵の養子にもなってしまった。ボクの意思は微塵も介在されていない。
 そうなってしまうと、かなり気まずい事になる。
 ここ最近は接触していないけど形式とはいえ若様と兄弟になってしまった。
 凄いイヤそうな顔をしているのが容易に想像がつく。
 ボクが望んだ事では無いといっても信じてくれないんだろうな。
 ホント何もかも知らない所で進んでいたもの。クレアも知らなかったんだって。

 クスリと笑うクレアを見ると。
「まさか帝国で伯爵になるとは驚きよね。クレアの旦那様が貴族になるなんて。でも、これで堂々と髪と瞳の色戻せるし。よかったのじゃないかしら」
「・・確かにね。髪は痛むし。瞳は痛かったし。戻したり、隠したり大変だったから。それは確かに助かるかな」
「帝国を出るまでの我慢ね。やっと普段のレイ様が見れるから楽しみ」
「ははは」

 結局帝国でも隠していた髪と瞳の色は後程戻す予定。今の渋めの色はクレアに不評だったからね。だから目立たない筈だったんだけど。
 どこで目立ってしまったんだか。
 指名手配される程ボクは危険視されているのだろう。今の皇帝や宰相が敵視していないと思いたいけど。

 結局、ボクの指名手配は取り消されなかった。
 優先で追っているらしい。ボクみたいな子供が優先とは意味不明だ。

 ”しばらくは帝国を出た方がいい”とエリーゼ様の助言があった。
 名前を変えたからといってもボク自身の行動は変わらないだろう。変えるつもりも無いし。
 帝国にいればいずれバレてしまうだろうと。
 確かに・・。一時的に帝国を出るしかないかも。
 もう少しいたかった。それでも沢山の事を学べたから当初目的はある程度達成できたかな。

「御曹司。隊列の事ですがバッハマン小隊が前で警戒、ザシャは斥候役ですな。その次を御曹司と若奥様。ティモはお二人の護衛で構わないでしょう。少し離れて隊商が続きます。それをを囲むようにルーク隊を配置。拙は最後尾で警戒と状況に応じて柔軟に対処します。宜しいですか」
「うん、それでお願い。でもさ。クラウス爺は帝国に残って良かったんじゃないかな?師匠の事一番気にしていたでしょ?」

 細い吊り目が少しだけ開く。知っているんだよ。師匠のほうが優先度高いでしょうに。我慢しているんだ。ボクもできれば師匠の所に行って欲しいんだ。どれほど心強い事か。

「ふむ。御曹司に見抜かれるとは拙もまだまだですな。確かに心配ではあります。それよりも御曹司の行く末を見届けるのが指示であり、拙の願いでもありますぞ。煩いでしょうが離れませんぞ」
「え~。そうなの。・・お手柔らかにね」

 うう・・。
 ちょっとこみあげてくるものがある。・・ありがたい事だ。
 クラウス爺の経験はとっても貴重。ボクはまだまだ未熟者だ。
 ・・他の同行者は・・。ルーク達は問題無し。一応意思確認はしとくか。

「ザシャ、ティモ。念のため確認しておくよ。帝国を出る事になるけど残りたいなら今言う事。この場合は砦に戻ってもらう」

「ケッ!俺はご主人様より弱いんだ。いずれ強くなったら離れるぜ。今はその時じゃねえ」
「問題無し。誓ったから」

「ハハハ、手前ぇはずっと弱いから離れる事はできねぇなあ。あ~、残念だったなぁ。ハハハ!」

 二人が一応納得している所なのに。またルークが揶揄いだした。やっぱり気にいらないんだろうか。
 頭痛のネタだ。・・ちょっと配置を考えないと。

 気をとりなおして出発だ。

「それじゃサンダーランド王国に向けて出発だ。皆宜しく頼むよ」

 全員のいい返事と一緒に動き出す。

 ボク達は旅立つ。

 これからの目的が達成できるかはボク達次第だ。
 大変な事だけども諦める訳にはいかない。

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