水の巫覡と炎の天人は世界の音を聴く

井幸ミキ

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1章

学び舎の日々・2

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 学校は冬の弐の月で終わる。
 冬の参の月の間に準備をして、僕とレオリムは、春の壱の月になったらスーリア学園へ入学する。
 スーリア学園のある東河州の州都スーリア、別名学園都市までは、マウリから馬車で十日ほど掛かる。
 ひと月後には、ここを出立しないといけない。
 そう考えると、学校ここで過ごす時間も残りわずか。

 僕は、教室を見渡した。
 窓の外へ目をやれば、街並みの向こうに、海が見える。波間に見える小さな影は、誰の船だろうか。

 みんなにここでもう会えなくなるのは、やっぱりさみしいな。


 このマウリの学校から、学園都市の高等学校へ入学する子はいない。高等学校へ行く子は、マウリのある南海州の州都マリーアに行く子ばかりだ。
 基本的に高等学校は各都市に一つだけど、学園都市にはいくつもあって、スーリア学園はその一つ。
 僕たちがこの街初めてのスーリア生になると、先生は目に涙を浮かべて喜んでくれた。

 そっか、そんなにすごいことなんだ。
 僕は、そこまで大袈裟なことだとは思ってなかった。

 レオリムは高位貴族の子息だから、この大陸随一の学園都市にある高等学校へ行くのが望ましいんだって。特に、叡智の学園と誉れ高いスーリア学園へ。見栄とか栄誉っていうのかな? 貴族って大変。
 僕たちの大教室の先生は、州都マリーア出身で、この学校で教えるために招かれた人。高等学校と大学院はスーリアの学校へ通ったんだって。(悔しそうに、スーリア学園ではないのだけど、と言っていた)
 それで、スーリア学園へ入れるのがどんなに栄誉なことか、力説してくれた。

 レオリムは先生の力説はどこ吹く風で、「どこで学んでも本人のやる気次第だと思うけど、シーラと一緒の学校がいい。それで一応、せっかくならスーリア学園がいいかな、あそこは風の天人がいるから」と、進学先の希望を明かした。

 天人というのは、究極の魔法使いに送られる称号? 尊称? かな?
 伝説級の魔法使いで、神話の時代から姿かたちも変わらず存在している、なんて話もあるくらい。
 遥か雲の上の存在で、人の世の理とは別の次元で生きている、なんてことも言われる。
 現在、人の世に存在していると確認されている天人は、学園都市の全ての学園の総長であり、スーリア学園の学長も務める風の天人ただ一人、らしい。少なくとも、ここ、イフリーム王国では。
 長く真っ白な髭を貯えた神出鬼没な老人とも、明朗快活な美麗な青年とも言われているけど、あまり人前には姿を現さないみたい。

 たしかに。

 天人は、魔法を使える者にとっては、一度はお目にかかりたい人物だよね。

 そうして僕は、目指す高等学校はスーリア学園に決めた。
 学園都市の高等学校へ入学するためには、入学試験を受けないといけない。
 家族も、学校の先生もみんなも、僕たちを応援してくれた。


 僕もレオリムも、冬の壱の月の頭に、州都マリーアへ行って試験を受けた。

 学園都市スーリアは遠いので、東河州以外に住む受験者には、各州都に試験会場が用意されている。
 マリーアは、マウリから馬車で2日くらい。マリーアへは何度か家族で行っているけど、レオリムと行きも帰りも二人きりなのは初めてだった。

 南海州各地から集まった、学園都市の高等学校を目指す受験者は、僕たちが住むマウリの学校に通う子供全員よりもたくさんいて、僕は人の多さと、彼らの出す緊張感に、ちょっとだけ、気分が悪くなってしまった。

 やっぱり僕はマウリののどかさが合っているのかも……。

 レオリムは、少し弱気になった僕に気付いて、頭をぽんぽんしてくれた。
 レオは緊張しないの?と訊いたら、シーラが隣にいれば気にならない、だって。
 それを聴いたら、僕もそれもそうか、と思ってすっかり気分はよくなった。レオってすごい。

 僕はレオリムのお陰ですっかりいつもの調子を取り戻して、落ち着いて周りを見回してみた。
 何人かと、バチリと視線が合ったけど、顔を赤らめてすぐにさっと視線を外されちゃった。ジロジロ見られてると思って怒ったのかな。失礼しました。
 僕は、今度は視線だけ動かして周りを見渡した。
 さっきの僕みたいに気分が悪そうな子や、イライラと机を指でコツコツしたり、足踏みをしている子、大きな溜息を吐く子もいて、試験会場はとってもぴりぴりした空気だった。
 レオリムは……横を向いたら、いつものレオリムの笑顔だった。へへ。

 そこに試験官が入ってきていよいよ始まると思った時、続けて入ってきた人物を見て僕はびっくりした。
 マリーア州侯様だった。

「みな、この日のために勉学に魔法に、励んできたことだろう。努力の成果が報われるよう、落ち着いて臨んでもらいたい」

 みんなの緊張がもっと膨れ上がるのが分かった。真っ青を通り越して真っ白になっている子もいた。
 中には受験が二度目三度目らしき人もいて、州侯様のご挨拶は毎年のことだと苦笑していたけど。
 州侯様、激励にいらしたみたいだけど、逆効果の子の方が多いんじゃないかなぁ。
 去り際、州侯様は僕とレオリムの方を向いて、パチンと片目を瞑って行った。

 僕は、レオリムと二人で教本を広げて教養試験に向けた勉強をしたり、魔法試験の為にした魔力操作の練習を思い出して、人熱ひといきれに慣れれば、後はもう、落ち着いたもので、試験を受けられた。
 教養試験は難しかったけど、一応全部埋められた。

 魔法試験では、試験官の人が、とても繊細な魔力操作ですねって、褒めてくれた。
 嬉しくて、待機場所へ戻ってからレオリムを見て、えへへって笑ったら「シーラの魔法は、繊細なだけじゃなくて、とてもきれいだよ」って。他の人には聴こえないように、耳元での囁き声だったけど、試験官に『私語は慎むように』と咳払い付きで注意されちゃった。レオリムと二人でぺこりと頭を下げた。

 入学試験は1日目を教養試験、2日目を魔法試験と2日に渡って行われた。
 2日目は午前で終わったので、レオリムが、一緒に街を廻ろうと誘ってくれた。マウリへ帰るのは翌日だったから。

 これって、デート?

 マウリではいつも一緒にいるのが当たり前で、マウリのどこを歩いても、デートなんて意識したことがなかった。

 いつもと違う街並みを二人で手を繋いで歩くのは、なんだかどきどきした。
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