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1章
はじまりの光の花・2
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宿屋へ戻るとすぐ、夕餉の時間だった。
今までマリーアに滞在する時は、州侯様のお屋敷に宿泊させてもらっていたけど、この時僕たちは、はじめてマリーアの旅宿に泊まった。
州侯様が、受験者を贔屓したと思われてもいけないからね。
州侯様のお屋敷はもちろん素晴らしいけど、旅宿の食事も美味しく、 勤仕も完璧だった。
さすが、絢爛都市のお宿。
他州からの遊覧客が何度でも訪れたがるのもよく分かった。
宿泊部屋にも花が満ちていて、夕餉の並ぶ食卓の真ん中にも、水を張った水盤が置かれ、そこには、フィアルクスの花が浮かんでいた。
さっき、レオリムが髪に飾ってくれた白い小さな花。風に浚われて、飛んで行ってしまった。
それをじっと見ていたら、レオリムが僕を覗き込んだ。
「シーラ、どうした?」
はっとして顔を上げると、心配気に眉尻を下げたレオリム。
慌てて首を振った。
「なんでもないよ。さっき、レオがくれたのと同じ花だと思って」
もしかしたら、レオは、フィアルクスの花の持つ意味をよく知らないのかもしれない。
レオの興味って、基本的に、魔法と、剣術と、僕、だから。
「あぁ。白くて可憐で、シーラみたいで、似合うと思ったんだ。風で飛んでいっちまったな。すまん」
僕は、ほっぺたが熱くなるのを感じた。
レオのせいじゃない。失くしてしまった僕の方が謝るべきだったのに。でも、レオは、そんなこと何も思ってないように、労わるように言ってくれた。
僕は、レオの気持ちが嬉しくて、ううん、ありがとうと頭を軽く振って、さ、食べよ、と料理を口に運んだ。
レオ、花の意味は知らないみたい。やっぱりちょっと朴念仁。
僕は、急にお腹が空いてきた。
普段マウリでは食べられない、お洒落な食事、楽しまなくちゃ。
給仕係さんが、一皿ずつ給仕してくれる、貴族スタイルの食事。毎日じゃ堅苦しいけどね。
前菜のお皿には、花びらが散っていた。マリーア自慢の食べられる花。
ぱくりと食べると、ほわんと花の香りと、ほんのりと苦み。僕は好きだけどレオは苦手で、州侯様のお屋敷では我慢して食べるけど、この時は僕と二人だから、花びらを全部僕のお皿に寄こした。こういうところ、子供っぽい!
1番目のお皿は、麺を使った料理。ソースが毎日違っていて、この日はクリーミーなソースが、まろやかで美味しかった。
州侯様のお屋敷でも何度か食べたことがある、牛のお乳を使ったソース。
マウリだと、ミルクと言えばクセの強いヤギのお乳だから、麺料理のソースにはあまり使わない。
マウリの麺料理と言えば、蒸した貝をオイルで和えた麺に乗せたもの。
レオは気に入ったみたいで、物足りなそうにしていた。
2番目のお皿は、魚介類の煮込み料理。
魚はマウリでもよく獲れる白身魚だけど、一緒に煮込まれているのがエビだった。マウリでは、エビを使うこともあるけど、定番は貝。
州侯様のお屋敷でもエビと合わせたものは出たことなかったな。
マリーアには、あちこちからいろんなものが集まるから、エビは別の港で揚げられたものかもしれない。
海のこと、たくさん知っているつもりだったけど、僕の知る海は、マウリだけ。
僕は、部屋の隅に控える給仕係の人と、食卓の上の料理と、それらの盛られたお皿をじっと見た。
食事は全て、白地に美しい花の模様が描かれた陶器のお皿に盛りつけられていた。
陶器の食器は、マウリ家で使う時は、侯爵様がいらした時だけの特別な食器。普段は、木の器。
ここは、貴族向けの高級旅宿だから、食事をする場所も、振る舞われ方も、使われる食器も、マウリとは違った。
マウリの旅宿は、一階は街の人も利用する食堂で、二階に泊り客用のベッドと机とタンスの置かれた部屋がいくつか。食事はみんな食堂で。食器はやっぱり、木の器。
州侯様のお屋敷に泊まるだけでは知る事のなかった、マウリの街と、都会の街の違いに、僕は短い期間でたくさん触れていた。
メインの白身魚を口の中へ入れてよく噛んでみる。マウリで獲れる魚より、ほろほろと身が柔らかくて、風味が豊か。きっと一緒に煮込まれた野菜の風味だろう。プリプリとしたエビの歯応えが、魚と違う食感で楽しい。それに、エビと、赤と緑の野菜が彩りを添えていて、見た目も華やか。
マウリの料理は、基本、塩味が強くて、お鍋に放り込んでぐつぐつ煮込んでさぁお食べ!だから、こういう繊細さはない。
味わっていると、給仕係さんが慌てる気配を感じた。顔を上げてそちらを見たら、レオリムを見詰めて困った顔をしている。それで、首を回してレオリムの方を見たら、エビの殻を口から出しているところだった。
「殻ごと食べたの?!」
「殻ごと煮てあったから、食べられるんだと思って」
マウリでもエビは揚がるけど、殻が固くて、一緒に煮込むのに使わない。入れるとしたら、むきエビだものね。
「貸して。むいてあげる」
ふふ、と笑いながら、レオリムから皿を受け取った。給仕係さんは、ほっとしたようだった。
レオ、こういうのはちょっと苦手。ちょっと大雑把。手先は僕の方が器用なんだ。
ナイフとフォークを使ってエビの殻をむいた。全部むき終わると、じっと手元を見ていたレオリムが、口を、あ、と大きく開けた。
エビと、野菜も一緒にスプーンで掬って顔の前に持っていくと、ちょっとだけ眉間に皺がよった。
小さい頃、苦手な野菜の多かったレオリムは、僕があ~んしてあげないと野菜を食べなくて。
今はほとんどの野菜は平気だけど、いまだにあ~んとすると、目を瞑って、えぃっと野菜を食べていた時の癖が出ちゃうみたい。
ふふ。こういうところ、昔から僕が知ってる、僕のレオのままだね。
口元へスプーンを差し出せば、パクリと一口。
「うまいな」
もぐもぐと口元が動いて、ごくんと喉がなって、パっと破顔した。
今度は自分で掬って、また口っぱいに頬張って、美味しそうに食べるレオは、あっという間に皿を空にしてしまった。空になったお皿を見て、ちょっとしょんぼりしたレオ。レオって、そういうところ、可愛いよね。
最後のデザートの皿は、芸術品みたいに美しかった。
蔦の装飾の縁取り、その中央には、フィアルクスを象った甘い氷菓。南海州を象徴する赤と同じフルーツのソースが、花びらのように散っていた。
崩すのがもったいなかったけど、スプーンで掬って口の中へいれれば、雪のように溶けていった。
美しいものを見ると、心が豊かになる。
美味しい料理を食べると、心が楽しくなる。
レオの、美味しいものを食べて幸せそうな顔を見ていたら、僕は、少し欲張りな気持ちになった。
もっと、広く、海のことや、それ以外のことも、知りたいな……。
水盤のフィアルクスの花が、ゆらゆらと揺れていた。
今までマリーアに滞在する時は、州侯様のお屋敷に宿泊させてもらっていたけど、この時僕たちは、はじめてマリーアの旅宿に泊まった。
州侯様が、受験者を贔屓したと思われてもいけないからね。
州侯様のお屋敷はもちろん素晴らしいけど、旅宿の食事も美味しく、 勤仕も完璧だった。
さすが、絢爛都市のお宿。
他州からの遊覧客が何度でも訪れたがるのもよく分かった。
宿泊部屋にも花が満ちていて、夕餉の並ぶ食卓の真ん中にも、水を張った水盤が置かれ、そこには、フィアルクスの花が浮かんでいた。
さっき、レオリムが髪に飾ってくれた白い小さな花。風に浚われて、飛んで行ってしまった。
それをじっと見ていたら、レオリムが僕を覗き込んだ。
「シーラ、どうした?」
はっとして顔を上げると、心配気に眉尻を下げたレオリム。
慌てて首を振った。
「なんでもないよ。さっき、レオがくれたのと同じ花だと思って」
もしかしたら、レオは、フィアルクスの花の持つ意味をよく知らないのかもしれない。
レオの興味って、基本的に、魔法と、剣術と、僕、だから。
「あぁ。白くて可憐で、シーラみたいで、似合うと思ったんだ。風で飛んでいっちまったな。すまん」
僕は、ほっぺたが熱くなるのを感じた。
レオのせいじゃない。失くしてしまった僕の方が謝るべきだったのに。でも、レオは、そんなこと何も思ってないように、労わるように言ってくれた。
僕は、レオの気持ちが嬉しくて、ううん、ありがとうと頭を軽く振って、さ、食べよ、と料理を口に運んだ。
レオ、花の意味は知らないみたい。やっぱりちょっと朴念仁。
僕は、急にお腹が空いてきた。
普段マウリでは食べられない、お洒落な食事、楽しまなくちゃ。
給仕係さんが、一皿ずつ給仕してくれる、貴族スタイルの食事。毎日じゃ堅苦しいけどね。
前菜のお皿には、花びらが散っていた。マリーア自慢の食べられる花。
ぱくりと食べると、ほわんと花の香りと、ほんのりと苦み。僕は好きだけどレオは苦手で、州侯様のお屋敷では我慢して食べるけど、この時は僕と二人だから、花びらを全部僕のお皿に寄こした。こういうところ、子供っぽい!
1番目のお皿は、麺を使った料理。ソースが毎日違っていて、この日はクリーミーなソースが、まろやかで美味しかった。
州侯様のお屋敷でも何度か食べたことがある、牛のお乳を使ったソース。
マウリだと、ミルクと言えばクセの強いヤギのお乳だから、麺料理のソースにはあまり使わない。
マウリの麺料理と言えば、蒸した貝をオイルで和えた麺に乗せたもの。
レオは気に入ったみたいで、物足りなそうにしていた。
2番目のお皿は、魚介類の煮込み料理。
魚はマウリでもよく獲れる白身魚だけど、一緒に煮込まれているのがエビだった。マウリでは、エビを使うこともあるけど、定番は貝。
州侯様のお屋敷でもエビと合わせたものは出たことなかったな。
マリーアには、あちこちからいろんなものが集まるから、エビは別の港で揚げられたものかもしれない。
海のこと、たくさん知っているつもりだったけど、僕の知る海は、マウリだけ。
僕は、部屋の隅に控える給仕係の人と、食卓の上の料理と、それらの盛られたお皿をじっと見た。
食事は全て、白地に美しい花の模様が描かれた陶器のお皿に盛りつけられていた。
陶器の食器は、マウリ家で使う時は、侯爵様がいらした時だけの特別な食器。普段は、木の器。
ここは、貴族向けの高級旅宿だから、食事をする場所も、振る舞われ方も、使われる食器も、マウリとは違った。
マウリの旅宿は、一階は街の人も利用する食堂で、二階に泊り客用のベッドと机とタンスの置かれた部屋がいくつか。食事はみんな食堂で。食器はやっぱり、木の器。
州侯様のお屋敷に泊まるだけでは知る事のなかった、マウリの街と、都会の街の違いに、僕は短い期間でたくさん触れていた。
メインの白身魚を口の中へ入れてよく噛んでみる。マウリで獲れる魚より、ほろほろと身が柔らかくて、風味が豊か。きっと一緒に煮込まれた野菜の風味だろう。プリプリとしたエビの歯応えが、魚と違う食感で楽しい。それに、エビと、赤と緑の野菜が彩りを添えていて、見た目も華やか。
マウリの料理は、基本、塩味が強くて、お鍋に放り込んでぐつぐつ煮込んでさぁお食べ!だから、こういう繊細さはない。
味わっていると、給仕係さんが慌てる気配を感じた。顔を上げてそちらを見たら、レオリムを見詰めて困った顔をしている。それで、首を回してレオリムの方を見たら、エビの殻を口から出しているところだった。
「殻ごと食べたの?!」
「殻ごと煮てあったから、食べられるんだと思って」
マウリでもエビは揚がるけど、殻が固くて、一緒に煮込むのに使わない。入れるとしたら、むきエビだものね。
「貸して。むいてあげる」
ふふ、と笑いながら、レオリムから皿を受け取った。給仕係さんは、ほっとしたようだった。
レオ、こういうのはちょっと苦手。ちょっと大雑把。手先は僕の方が器用なんだ。
ナイフとフォークを使ってエビの殻をむいた。全部むき終わると、じっと手元を見ていたレオリムが、口を、あ、と大きく開けた。
エビと、野菜も一緒にスプーンで掬って顔の前に持っていくと、ちょっとだけ眉間に皺がよった。
小さい頃、苦手な野菜の多かったレオリムは、僕があ~んしてあげないと野菜を食べなくて。
今はほとんどの野菜は平気だけど、いまだにあ~んとすると、目を瞑って、えぃっと野菜を食べていた時の癖が出ちゃうみたい。
ふふ。こういうところ、昔から僕が知ってる、僕のレオのままだね。
口元へスプーンを差し出せば、パクリと一口。
「うまいな」
もぐもぐと口元が動いて、ごくんと喉がなって、パっと破顔した。
今度は自分で掬って、また口っぱいに頬張って、美味しそうに食べるレオは、あっという間に皿を空にしてしまった。空になったお皿を見て、ちょっとしょんぼりしたレオ。レオって、そういうところ、可愛いよね。
最後のデザートの皿は、芸術品みたいに美しかった。
蔦の装飾の縁取り、その中央には、フィアルクスを象った甘い氷菓。南海州を象徴する赤と同じフルーツのソースが、花びらのように散っていた。
崩すのがもったいなかったけど、スプーンで掬って口の中へいれれば、雪のように溶けていった。
美しいものを見ると、心が豊かになる。
美味しい料理を食べると、心が楽しくなる。
レオの、美味しいものを食べて幸せそうな顔を見ていたら、僕は、少し欲張りな気持ちになった。
もっと、広く、海のことや、それ以外のことも、知りたいな……。
水盤のフィアルクスの花が、ゆらゆらと揺れていた。
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