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1章

はじまりの光の花・3

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 翌朝、僕たちは、マウリへ戻るため、街道馬車に乗り込んだ。

 街道馬車は、大陸各地の街々を、旅客、荷物、郵便物を乗せて行き来する、各州が運営する大型馬車のこと。
旅客用の街道乗合馬車、荷物用の街道荷馬車、郵便用の街道郵便馬車と、馬車の種類が分かれているんだけど、みんな乗合馬車を街道馬車と呼んでいる。荷物用は大荷馬車、郵便用は郵便車。

 僕たちが乗り込んだのは、南海州の州都マリーアと、西森州の州都サンタナを結ぶ、南海州の朱塗りの街道馬車。街道の途中に、僕たちの街、マウリがある。

 行きは、サンタナ発マリーア行きの、西森州の木目仕上げの街道馬車に乗ってきた。
マリーアとサンタナを結ぶ街道馬車は毎日運行されていて、マウリの傍を通る時間は、だいたい決まっているけど、いつ来るのか、正確な時間は分からない。
途中乗車をするために、峠の駅所で街道馬車を待つのがちょっと大変だけど、自分たちで馬車を仕立てるのは大変だし、歩きはもっと大変なので、ほとんどの人には大事な移動手段。
大貴族や大商人といった裕福なお家は、自前の馬車があるから利用しないけどね。もちろん、州侯様は馬車をお持ちだ。外見は大人しいけど、中は、旅宿の宿泊部屋かと思うくらい、居心地が良い馬車。
州候様の馬車よりは乗り心地は劣るけど、僕たちが乗った街道馬車は、四頭立てで、座席のある車体に、屋根と幌が付いているから、少しくらい天気が悪くても運行してくれるし、風雨も凌げてありがたい。

 マリーアの駅停所で、王都とマリーアを結ぶ街道馬車を見掛けたけど、朱塗りの馬車と、白塗りで木の扉がついた馬車が並んでいた。白い方は中央州が運営している街道馬車。
他にも、スーリアへ向かう東河州の馬車は幌が濃藍色の木目仕上げ。北崚州の馬車は見掛けなかったけど、黒塗りの馬車らしい。

 南海州の馬車は、色は派手だけど、品は良い。個人所有の馬車の中には、ゴテゴテとした装飾一杯の馬車も見掛けた。あれは多分、流石に街乗り用の馬車だろう。街道を行く馬車は、あまり目立っても野盗にお金持ちが乗ってますって言っているようなものだから、どの馬車も似たり寄ったりだ。

 街並みもそうだけど、馬車にも、街や、人の特徴や性格が出るみたい。
楽しいことが大好きな、マリーア州侯様の治める街は、州侯様とよく似ている。
マウリは、豪快で、素朴で、ちょっと大雑把な街。僕の父さんみたいに。気さくで、温かい。

 マウリは、この南海州の西の端、小さな湾の突き当たりにある。
南はもちろん海、西と北は隣の西森州に続く森に接していて、東は小山になっていて峠を越えないと余所へ出られない。
外部と切り離されたような場所だから、昔はじつは、海賊の根城だった。昔からマウリに住んでいる住民のほとんどは、その子孫だとか。
そのことを知って、僕にも海賊の血が流れてるんだねぇと言ったら、レオリムは首を傾げてしばらく考えた後、真面目な顔で、攫われてきたお姫様じゃないかな、なんて言うから、鼻をつまんでおいた。

 15年前の大嵐は、南海州の海岸沿いの街の多くで、いくつか被害をもたらしたけど、一番ひどかったのはマウリだったそうだ。小さな湾の奥に身を寄せ合うように暮らしていた街は、大波と暴風雨に打ちのめされた。
各地の被害状況を見廻っていた州候様は、マウリの惨状を見て、顔役だった父さんと復興に尽力してくれて、今がある。今は、大嵐の爪痕は見当たらないくらい、以前より大きな街になったと、港の奥さんたちは笑う。

 それでも、マウリは小さな街だ。
自分の足で、マリーアの街を歩いて、今回更にそれを感じた。
海産物は豊かだけど、陸の交通の便は悪く、他の土地との交易は主に船でしている。人や物の船での行き来は、陸地を行くよりは楽だけど、海産物が美味しいだけの小さな港街に、他に魅力的な街がたくさんある南海州の中から、わざわざマウリを選んで来る遊覧客はいない。

 遠ざかるマリーアの街並みを、ごとごとと揺れる幌の隙間から眺めた。

「スーリアも、マリーアみたいに賑やかなところかな」

 州都マリーアの朝も、海風に乗って潮の匂いがした。
海岸から遠いスーリアは、どんな朝だろうか。

「学生が多いから、もっと騒々しいかもな」

 隣に座るレオリムが、僕の声を拾って、そう答えた。
大陸中から、若者が学びにやってくる、学園都市スーリア。
マウリの街の人口より多い学生が、スーリアには集まる。

「そうだね」

 レオリムは、僕の手を取って、指先をきゅ、きゅ、と握った。
親指で、手の甲を擦って、時々ぎゅ、ぎゅ、と押す。
しばらく無言でそうしていたけど、ぎゅ、と力を込めて握り、僕の顔を覗き込んで訊いた。

「シーラは、ほんとうは、マウリみたいな落ち着いたところの方がいい?」

 僕は、すぐに首を横に振った。
知らない街で、レオリムと過ごすのも、きっと楽しい。
レオリムが遠くへ行くなら、僕も一緒に行く。

「ううん、レオと一緒にスーリアに行くの、楽しみだよ」
「ああ」

 レオリムは、握った手を持ち上げて頬に当てて、嬉しそうに笑った。
まだ、合格かどうか、分からないけど、もし落ちてしまったら、来年もまた受験しよう。

 幌の隙間から外を見ると、もう、マリーアの街は見えなくなっていた。
街道沿いの茂みの中に、季節外れのフィアルクスの白い花を見つけた。

 はじまりの光の花は、大陸中、どこでも命の芽吹きを祝福している花。
マリーアでは温室で栽培していて、一年中街と人を飾っている。

 季節外れのはじまりの光の花は、祝福の光。

 レオリムのコートをつんと引っ張って、幌の隙間からそれを見せた。

 レオリムは、いいことありそうだな、と笑った。

 レオリムの肩に寄りかかって、首を横にすると、頭同士がコツンと当たった。
握った手から、じんわりと炎の魔法が伝わってくる。温かい。

 うん。僕も、そう思う。
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