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1章

やりたい事探し・1

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 西へ向かう朱塗りの街道馬車は、その日の夜、予定通り街道の宿駅へ辿り着いた。
途中、休憩の為の駅所に寄りつつも、日中ずっと馬車に揺られた身体を宿駅で休めることが出来る。

 馬車を降りる時、馭者の人や、護衛の人に訊いて馬たちを撫でさせてもらった。
馬は、駅所や宿駅ごとに交代する。
僕のうちにも馬はいるけど、大型馬車を引く馬や、護衛の兵士を乗せる馬は大きくて立派だった。

 レオリムが、また顔を激しく舐められてた。
レオ、馬にやたらと好かれるんだよね。
馬は、敏感な生き物だから、きっとレオの人柄が分かるんだろうな。

 行きと同じ貴族向けの宿屋へ入って、先に支払いを済ませた。
この宿屋も食事は個室で取ることが出来るので、部屋に運んでもらうように頼んで、荷解きや身体に付いた埃や汚れを落として待った。
食事は、魚の干物を使った煮込み料理とパンだった。

「煮込んだ干物も美味しいね……!!」

 僕は、少しびっくりして、レオリムに言った。
レオリムは、口の中をいっぱいにして、もごもごしながら頷いた。美味しいと、レオリムはやたらと口の中に詰め込むんだよね。

 マウリでは、干物は主に、他の街への交易用に卸してしまうし、自分たちで使う時は、焼いて食べる。
鍋や煮込みに使うおうちもあるかもしれないけど、うちではしたことがなかった。
港の番屋で奥さんたちが作ってくれる漁師鍋にも、いつも水揚げされたばかりの魚介類が入っていたし、家で姉さんや僕が作る魚の煮込み料理でも、いつでも新鮮な魚が手に入るから、使おうと思ったことがなかった。

 魚や肉を、魔法で凍らせて、新鮮なまま運ぶ事も出来るけど、魔法は使い手の練度や状態によって、常に一定の品質を保てないことも多い。だから、交易用に干物や燻製に加工するのよ、と、港のすぐそばの加工場で働く奥さんが教えてくれた。

 海から遠い街の人は、こういう風にして食べるんだ……。

「スーリアの食べ物も、楽しみだな」

 レオリムは、僕の考える事、お見通しだね。

 その晩僕たちは、まだ見ぬ学園都市がどんなところか、たくさん想像して眠りについた。



 翌日の昼過ぎ、マウリの峠の駅所で街道馬車を降りて8日ぶりに街へ戻った。
マウリの家へ戻って、父さんたちに帰宅の挨拶を済ませたら、急に合否が気になってそわそわとした。
合否の発表は、冬の壱の月の最後の日と説明がされ、まだ20日ほどあった。焦っても仕方ないかと、あまり緊張は続かなかった。

 思い出す回数が減っていき、忘れてすっかりいつもの日常に戻っていた頃、スーリア学園からの封書が領主館に届いた。
冬の壱の月の最後の日にはまだ一日あった。スーリア学園からの合否通知は、すぐには開かなかった。
魔法が掛かっていて、決まった時間にならないと開かないんだって。
スーリアから近い街でも、遠い街でも、同じ日時に開くように、時の魔法が掛かっているらしい。
魔法の勉強で時の魔法は知っていたけど、実際に触れたのは初めてだった。

 時の魔法は希少魔法に当たる。
マリーアで受けた魔法試験でも、炎、水、風、土の魔法以外は見なかった。

 使える魔法の強さには差があるけど、相性が良く、得意な魔法が一人に一つはある。
マウリでは、炎の魔法と水の魔法を使う人が多いけど、北崚州では炎と土の魔法を使う人が多いらしい。多分、その土地で便利な魔法の使い手が、自然と増えるんだろう。

 僕は、水の魔法が得意。一応、炎、風、土も使えるけど、単体で使うと、例えば、炎の魔法は、炭火の火を熾せる程度で、あまり役には立たない。
魔法の属性は複雑に絡み合っていて、水の魔法を主体にして、水の温度を変える方が得意。霧にして飛ばすときは、風の魔法を利用する。魔法の使い方は、想像力がものを言うので、知識が重要。


 冬の壱の月の最後の日、父さんの書斎に呼ばれた僕とレオリムの前で、それまでどんなに剥がそうとしてもぴくりともしなかったスーリア学園の紋章の押された封蝋が、ペーパーナイフを入れた途端、ぽろりと落ちて、封が開いた。

 僕は、少し緊張していた。
レオだけ受かって、僕が落ちてたら困るなと思って。

 それぞれの封筒の中から取り出した便せんを、せーので、一緒に広げた。

 “合格”

 合格の文字を見た時はほっとして、すぐにレオを見た。レオリムは、便せんをぴらりと顔の横で振った。

 そこにも、“合格”の文字。

「よかったぁ!」

 はぁ、と肩の力を抜くと、レオも父さんも、大袈裟だなって笑った。

「だって、僕が落ちてたら、レオ、俺もいかないって言い出しそうだから」

 そういうと、レオはシーラが落ちるわけないと真面目な顔で言った。
父さんも苦笑しながら、僕たちから封書を受け取った。

「ははは。シーランはそんな心配をしていたのか? 二人とも大変優秀です、合格間違いありません、と先生に言ってもらっていたから、オレは心配していなかったぞ。二人とも、おめでとう」

 それに、と便せんを封書に戻しながら、父さんは、どこか遠い目をした。

「お前たちは、知識だけでなく……魔法も、大陸でも指折りの実力だろう。そんな優秀なものを、……学園はきっと放っておかないさ」

 閉じた2通の封書に目を落として、父さんがいつもと違った様子を見せた。
言い淀むなんて珍しい姿に、僕は背筋を正して父さんを見た。レオリムも、じっと父さんを見ている。
父さんは、顔を上げてレオリムを見て、それから僕を見た。

「シーラン、魔法の才能は貴重な才能だ。知識を増やし、もっとその才能を伸ばしなさい。そして、お前の、本当にやりたい事を探してほしい」

 本当に、やりたい事。

「お前は、この港街を本当に大事に思ってくれて、父さんは嬉しく思う。でも、ここに留まらなくていいんだ」

 この海辺ののどかな街で、父さんと姉さん家族、大好きなレオとずっと一緒にいたいと思っていたけど、この数ヶ月を通して、僕は、マウリ以外の街のことを知って、考えるようになった。
新しいこと、知らなかったことを知るのは、楽しかった。
僕は、もっと、色んなことを知りたいと思うようになっていた。

 レオと一緒に世界を識りたい。

 父さんたちは、みんな知っていたんだね。
僕の世界が、とても小さいことを。
広い世界を識る喜びを。

「しかし、お前の素晴らしい才能は、悪いものの目にも止まりやすい。レオリムの手を離さず、気をつけて、学んで来なさい」

 レオリムが、僕の手を握った。
僕も、その手を握り返した。レオリムが、小さく頷いた。
父さんの目を見て、はい、と頷いた。

「手続きと準備は進めておくから、お前たちもスーリアへ行く準備をしなさい」
「「はい」」

 港と、学校へ行って、先生にも報告。
みんな、我がことのように喜んでくれた。
さみしくなるね、とも。

 レオが、僕の額にコツンと、自分の額をくっつけて言った。

「いつでも戻ってこよう。俺もずっとそばにいる」
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