水の巫覡と炎の天人は世界の音を聴く

井幸ミキ

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1章

こんなのはじめて

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 領主館は、駅所、墓地と同じ丘にある。マウリの街と外の街を結ぶ峠の駅所は、丘の北側、マウリの北と西を囲む森との境にある。墓地は南側、海に一番近いところ。
 マウリの街の陸側の入り口でもある。

 マウリの海と街を見渡せる丘、街の東の端にあるので、役場や学校のある街の中心や、港へ行くのは、少し不便。
 でもそれを不満に思ったことはない。
 領主館は街に何箇所か設置されている避難所のひとつで、災害が起きた時は仮の役場になり、避難した人々が当面の間生活を送れるよう、屋敷の裏手の広場には、天幕や食料などの備蓄倉庫がある。

 その領主館の居間で、暖炉の炎がぱちぱちと静かな音を弾いて、絨毯の長い毛足の中に降り積もる。
 ふかふかのクッションに埋まって、上機嫌なレオリムが、僕をにこにこと見詰めている。

「……結婚は、成人してからじゃないと、できないって」

 僕たちは今、14歳。僕は、あと一か月半程で15歳になるけど、成人を迎えるまで、後3年と一か月半必要で、レオリムは更にもう五か月が必要。18歳にならないと。

「それは、書類上の話だろう?」

 レオリムが腕を伸ばして、僕の頬をそっと撫でた。

「魂同士の結び付きに、そんなの関係ない。俺たちは魂の伴侶だ。こっちのことわりで言えば、結婚と同義だ」

 レオリムが僕を抱き寄せて、すり、と頬を擦り合わせる。

「シーラは感じなかった? 魂の震えを」

 魂の震え。

 レオリムと誓いを交わした時の喜びを、目を閉じて思い出す。

 ぱちりと目を開けると、レオの澄んだ蒼い瞳。

「……わくわくして、楽しくて、すっごく幸せな気分だった」

 人は、魂の永遠を求めて、生まれ巡ると言われている。
 身体の奥深く、心の内側、その中心から湧き上がる喜びや感情は、魂の声。

 レオリムが、僕の瞳を覗き込んだ。
 レオの蒼の瞳の中に映り込んだ僕が、ゆらりと歪む。

「シーラ。俺の魂……」

 レオリムの唇が、僕の目に溢れ出た滴を、また掬い取ってくれる。ちゅる、と音がして、反対側へ。
 何度か、レオリムの唇が往復して、僕の歪んだ視界がようやく元に戻った。
 レオの顔、ちゃんと見えるよ。

「好きだよ、シーラ」

 レオリムが、小さく囁いて、ちゅ、と触れた唇の先は、濡れていて。

「ん。僕も、レオ、好き。レオ、レオ」

 想いが、溢れてくる。

 レオリムは、僕をじっと見詰めて、また瞳の蒼を揺らした。
 烟るように蒼い瞳が濃さを増して、ゆっくりと、瞼が閉じた。

 いつもは軽く触れるだけの唇が、ぎゅ、とくっつく。
 濡れてる。しょっぱい。
 海の味みたい。

「シーラ。愛してる」

 レオが顔の角度を変えた。唇は、ぎゅ、とくっついたまま、深く、強く、熱く、重なる。

「ん……」

 ぼくも、あいしてる……という言葉は、レオリムの唇が邪魔をして、口の中から出ていけなかった。

 レオリムの唇が、僕の下唇を食んで、上の唇を食んで、僕の言葉を食べちゃうから……

 あぁ…食べられちゃう……

 僕たち……挨拶のキスは、もう、数えきれないくらい。
 ほっぺたに。おでこに。鼻の先に。
 唇の先に、ちょん、としたのは、いつ、どっちが先だった?
 何度もしたし、されたけど、これは、こんなのは……

 どうしよう、こんなのはじめて……

 熱いのは、レオの、舌……?

 ぺろりと唇を舐められて、僕はぶるりと震えた。

 怖い。

 思わずレオにしがみ付くと、レオリムの身体がびく、と跳ねた。
 ゆっくりと、熱が離れて、はぁと大きな吐息が僕の唇に掛かった。

 ほほを両手で覆われて、コツンと額同士がくっつく。

「シーラ、ごめんな、びっくりしたよな……」

 うん。

 声にならない声で返事をして、僕は泣きながらレオリムの肩に顔を埋めた。




 どのくらい、そうしていたか。
 レオリムが、僕の髪の毛や背中を、ゆっくりと撫でてくれて、僕の気持ちは落ち着いていった。

 いっぱいくっついていたいけど、同じくらい、なんだか怖い気持ちがして、僕は泣いてしまった。
 こんな僕に、レオは呆れただろうか。
 嫌いになっただろうかという考えが一瞬浮かんだけど、レオの瞳を見たら、そんな不安は起きなかった。
 僕の知ってる、いつものレオがそこにいて、僕を抱き締めてくれたから。

 でも、小さな声で、そっと、もっと大人のキス、またしような、だって。
 はずかしい!
 レオのばか!
 あと、はぁぁぁ……大人って、18だっけってぼそっと言ったのも、聴こえたからね!



 人は、魂と心と体で出来ている。
 魂は、永遠で完璧で不変のものだから、永遠でも完璧でも不変でもないこの世界に肉体を得る時、魂を二つに別けて生まれてくると言う。
 その時別れた魂の半身に、この世界で出逢えることは、魂の喜び。
 何度も何度も生まれ変わって、それでも出逢えるか分からない、魂の伴侶は、そのくらい、奇跡みたいな存在。

 レオリムは、僕がその魂の伴侶だと、信じているんだね。

 僕も、信じるよ。

 魔法は、魂の持つエネルギーだと言われている。

 あの丘の上で誓約の魔法が成されたのは、僕とレオリムが、本当に魂から望んだからなんだって、ストンと落ちた。
 きっと、はじまりの光の花フィアルクスが、媒体になって、奇跡が起きたんじゃないかって思う。
 海竜様の祝福だって、もらえちゃうくらい。

 僕はいつの間にか、レオリムの脚の間に座って横抱きにされて、おでこやら髪の毛やらほっぺたやら、ちゅ、ちゅ、とレオリムに口づけられて甘やかされてた。

 そういえば海竜様の祝福のこと、父さんに話しておかないとな。
 母さんのことも分かるかな? 海竜様が、母さんのおかげで今も在るってどういう意味なんだろ。
 それと、結婚のこと。書類上はまだ結婚出来ないと思うけど、そういう場合どうしたらいいか、訊かなくちゃ。
 あ! あと、レオのことも! おうちを継がなくていいって言ってたけど、そもそもなんでレオって、僕のうちに赤ちゃんの頃からいるの?!

 明日はもう、スーリアへ向けて旅立つというのに、色んな事が一度に起こって破裂しそう。

 あぁ…お腹も空いたな。
 父さんたち、遅いな……。
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