水の巫覡と炎の天人は世界の音を聴く

井幸ミキ

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2章

サンタナ家の馬車で・1

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 前話『最強の婚約者』の最後の一文を訂正しました。(2023.11.17 18:40)
 海竜様の祝福もあったことをご感想を受けて思い出した作者でした。
 ありがとうございます!!
 すみません……最強の理由まだあったな、と。

 ーーーーー

 婚約届が無事受理され、正式に僕とレオリムの婚約が結ばれた。
 これから、スーリア学園に向けて出発する。
 州侯様は、ここで見送る失礼を許してくれ、と外まで見送りに行けないのを残念がった。気のせいか、秘書官さんの目がぎらりと光る。
 たまさかに良くしてもらっている州侯様の言葉に恐縮しつつ、州侯様や秘書官さん、登記係の人たちに見送られて執務室を後にした。

 車寄せで、サンタナ家の馬車を待つ間、父さんが深呼吸をして、ようやく肩の力を抜いた。

「州侯様は気安い方だが、こういうのは慣れないなぁ」

 僕はレオリムと目配せをして、ふふ、と笑った。
 マウリの街に来ると、州侯様はずいぶんと振舞いを崩されていると思う。何年も前、初めてマリーアの街を訪れた時、それまで知っていた州侯様と全然違って、州侯様然としていて、別人?と混乱したことを思い出した。
 ラドゥ様もそうなんだろうか。
 マウリの街に時折やってきて、レオリムの顔を見て帰ってゆく。ついこの間、レオリムの養父だと知ったばかり。
 そう言えば、その辺の詳しい事情はまだ聴いてないな。訊いてもいいのかな?




 サンタナ家の馬車がやってくると、レオリムがさっと扉を開けて、僕の手を取って一緒に乗り込む。
 中に入ると、木の匂いがする。新しい馬車の匂い。もしかして、新品の馬車なのかな。さっき乗った時は、婚約届を出すことに気がいっていて、この新しい馬車のことまで気が回らなかったな。
 天鵞絨の座席に腰を降ろして、改めて、馬車の中を見渡す。

 わぁ……レオリムが僕のお尻のためにと拘ったのも頷けてしまう乗り心地の馬車だね。
 州侯様のおうちの馬車も素晴らしいけど、あちらはどちらかというか内装に拘ってる感じで、ラドゥ様の馬車は乗り心地に拘ってる感じ。
 柔らかすぎず固すぎず、絶妙な感触の座席の触り心地を確かめていると、父さんとラドゥ様も乗り込んだ。
 ラドゥ様が馬車の中から馭者台に向かって声を掛けると、しばらくして、がたがたと動き出して、出発した。
 走り出して、そう言えば、とびっくりした。窓から見える街並みが滑らかに流れていく。ほとんど揺れない。

「気に入ったかい、シーラン」

 僕は顔を上げてラドゥ様を見た。ニコニコと嬉しそう。

「はい。まるで走っていると思えないくらい揺れは少ないし、座席もふかふかです」
「良かった。レオリムの珍しいおねだりに応えた甲斐があるよ」
「え……?」

 びっくりしてレオリムを見る。
 レオリムは、当然、という顔をして僕を見て、こくりと首を縦に振った。

「レオリムが、シーランのために最高の乗り心地の馬車を用意してほしいと言うからね。北崚州の優秀な職人に依頼して造ってもらったのだよ。いやぁ、私も楽しみでね。自ら受け取りに行ってしまったよ」

 そう言って、はははと笑い、うんうんとにこやかに首を縦に振るラドゥ様と、満足気なレオリムの顔へ何度か視線を彷徨わせた。
 もしかして北崚州まで自ら馬車を受け取りに行って、その足で南海州まで迎えに来たのかな……?
 父さんを見ると……うん、引き攣ってる。
 そこまでしているとは聞いてなかったみたい。
 貴族って、貴族って……。
 レオってば、僕と一緒に育ったわりに、時々そういうとこ、すごく上流階級っぽいんだよなぁ……。

「……気に入った? シーラ」

 僕が若干引いていることに気が付いたみたいで、眉尻を下げて不安そうに訊いてくるレオリム。

「うん。レオ、ありがと」

 僕のために、馬車を一台仕立ててもらうなんて、やり過ぎな気はしないでもない。
 でも、レオリムの気持ちは素直にうれしい。
 馬車はほんとに乗り心地が良くて、遠くスーリアまでの旅の快適さを予感させる。
 僕は、レオリムの少し硬めの黒髪をよしよしと撫でた。
 曇っていたレオリムの顔が一瞬で晴れる。う、可愛い。ぱたぱた揺れる尻尾と、ぴんと張った耳が見える。

「相変わらず仲が良いねぇ」

 ラドゥ様にも、レオリムの尻尾と耳が見えたのかも。

「はぁ……うらやましいよ」

 思わず、という風に、ラドゥ様の溜息が零れる。

「……父上も早く魂の伴侶を見つけると良い」
「それは私も心底願っているけれどね。そんなに簡単に出逢えるなら、こんなに長く独りでいないよ」

 ラドゥ様、ほんとに独身なんだ。それにしてもおいくつなんだろう。
 父さんより若いかも?

「私の顔に何かついているかい、シーラン」

 そういえば、ラドゥ様に、魂の伴侶の誓いをしたこと、話したかな?
 僕はいいえと首を振りつつ、レオリムを見た。
 ん?と首を傾げたレオリムの耳元へ顔を寄せ、確認。

「伴侶の誓いと、海竜様の祝福の話って、した?」

 レオリムがふるふると首を振ると、父さんが、あ!という顔をした。
 うん、してない。

 僕たちは代わる代わる、魂の伴侶の永遠とわの誓いを交わしたこと、海竜様から祝福をもらった話をした。
 最後に、レオリムは、手荷物から小箱を出して、中に仕舞ったはじまりの光の花フィアルクスをラドゥ様に見せた。

 ラドゥ様は、レオリムから小箱を受け取ると、中のフィアルクスの白い花を両手に持って大事そうに眺めた。
 ふわりと、新緑の季節のような緑の匂いが微かに香る。
 ラドゥ様の魔法の気配だと、すぐに分かった。

「あぁ。美しい誓いだね」

 ラドゥ様はフィアルクスを顔の高さに掲げて、眩しそうに眺めた。
 しばらくそうして眺めて、深く長い溜息を吐くと、手に取った時と同じように丁寧に箱の中へ納めた。

「魂の伴侶同士の綾なす魔法は、やはり素晴らしい」

 レオリムへ小箱を返し、レオリムがそれを手荷物に仕舞うと、ラドゥ様はレオの手を握った。

「おめでとう、レオリム。シーランも。二人とも、幸せになるんだよ」

 僕の片手を取り、レオリムの手に重ねると、上と下から挟んで、ラドゥ様は震える声でそう言った。
 僕とレオリムは、はい、と大きく頷いた。
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