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3章
守護の魔法
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滑るように走る馬車の中、僕は、ラドゥ様が手の中で検分している闇色の魔石を見て、それから、天井の魔石を見た。
天井の魔石は、ラドゥ様が『結界を一段』上げてからずっと、淡い緑色の光を湛えている。結界の気配はまだ濃厚だ。魔石に込めた魔力の分だけ、結界は維持されるんだろう。
でも、なんかこう……丈の長いものを背中に負って、ようよう進むような感じ。
僕の視線の先に目をやったラドゥ様は、にこにこした。
「シーラン、結界と魔石が気になるかい」
「はい」
ラドゥ様は、ふふふ、と笑って。
「私は、木が枝葉を広げるように対象を覆う結界が得意でね。そこに在るのが明らかな……建物や街の結界には適しているんだが、馬車や人のように動く対象には不向きなんだ。持続する時間が極端に減る。そこで、北崚の職人たちと一緒に魔法陣を編んでね、蔦が壁を覆い隠すような結界が出来てねぇ。普段は蔦の結界を使い、大樹の結界を重ねて二重にするとより強固になる。上手く行った時は久々に胸が躍った」
なかなか良いだろう? と、にんまり。
その笑顔を見て、マウリとマリーアを覆うように聳える大樹が見えた気がした。
「今まで、守護結界の中で守って来たが、いつまでもただ守られるだけの子供ではいてくれないだろう」
ラドゥ様は、少しだけ淋しげに笑って、父さんと顔を見合わせた。
父さんも、ラドゥ様の言葉を聴いて、こくりと頷く。
「学園で、身を護る術をつけなさい」
レオリムの手が、僕の手をまたぎゅっと握った。
やりたいことを見つける前に、やるべきことが見えた。
ラドゥ様に二人ではいと返事をしてからしばらく、レオリムが僕の手を引いたので、そちらを見ると、じっと僕の胸元を見ていた。
「シーラ、ペンダント見せて」
レオリムにペンダントを渡すと、じっと見て、小さく溜息を吐いた。
「もっと長く、強く、呪いが持続するように改良が必要だな……」
その言葉を聴いて、ラドゥ様がにこにこと言った。
「確かにレオリムは、火力は高いけれど、持続力が課題だねぇ」
レオリムは嫌そうな顔をラドゥ様に向けた。結構ラドゥ様に遠慮ないよね、レオって。
「分かってる」
そう言うと、レオリムはペンダントの魔石に魔力を流し始めた。
レオリムの魔力が、魔石へ翳された手からぶわりと広がる。ゆらゆらと揺らめく炎のように揺れながら、その炎の穂先がふわり、ふわりと細く伸びていく。やがて、魔石の上に小さな魔法陣を象った。
「!!」
僕は息を呑んでその様子を見つめた。
固唾を呑んで見つめていると、突然、その魔法陣は霧散した。
ちり、とレオリムの手を少しだけ焼いたようだった。
「レオ!?」
慌ててレオリムの手を取って確認すると、少し赤くなっているけど、火傷はしていないみたい。
ほっとしてレオリムの顔を覗き込むと、すごく悔しそうな顔の中で、蒼い瞳が切なく瞬いた。
「……だいじょうぶ?」
「あぁ…すまん。できると思ったんだが……」
えーと。
魔法陣は普通、予め描いた物を使って、詠唱も必要じゃない? ラドゥ様は蔦の結界は、天井の魔石に魔力を流すだけで発動させていたけど、大樹の結界の時は詠唱してたよね?
「それは非常に緻密な魔力操作が必要だよ。レオリム、背伸びはよくない」
「はい」
「レオリムは、今の自分にできることとできないことの把握から必要そうだね」
「……はい」
僕は、しゅんとするレオリムを見て、小さい頃からよく無謀とも思える行動をして、怪我をしていたことを思い出した。
例えば、木登りをすれば、怪我をして間違いのないような高さから飛び降りたり。
僕を誂った、自分よりも身体の大きな近所の子供に飛び掛かったり。
焚き火の火をつけようとして、思ったよりも大きな炎を出して前髪を焦がしたり。
それら無謀な行動は、年を経るごとに治まって来たけれど、そんなレオリムを直ぐそばで見ていて、何度肝を冷やしたか知れない。
おかげで目を離せない!って、レオリムのそばに僕もべったりで、少しだけ癒しの魔法も使えたりする。擦り傷を治す程度だけど。
「レオ……」
前世の記憶が……炎の天人の夢を見ていたからなんだね。
子供なのに、夢の中で大人の、しかも大魔法使いだったりしたら、自分でもできると思っちゃうよね。
「シーラン、レオリムが無謀なのは、前世の記憶のせいばかりじゃないよ」
「……父上!」
「多少は影響があったと思うけれどね。折に触れ、夢の記憶に惑うことはないと告げてきたつもりだよ」
くくく、と笑うラドゥ様から、ふぃっとレオリムは顔を逸らした。
レオったら。ぷるぷるして、ほっぺたが赤いね。図星なんだね?
「人は生まれ持った性質と言うのがあるからねぇ。レオリムは赤ん坊の頃から直情で無謀だったね」
見れば、父さんも、うんうんと頷いている。
暖炉や階段に柵を付けたり、対策に追われたなぁ、次は何をしでかすか、気が気でなかったって、ガハハと笑うのは追い打ちじゃないかな?
「その点、シーランはおっとりしていて穏やかで。少し心配性に過ぎるかな? しかし本当に二人は良い組み合わせだと思っているよ」
そんなことを、にこにこと口にするラドゥ様に合わせるように、父さんが小さい頃の思い出話を始めてしまった。
それを嬉しそうに聴くラドゥ様。
聴いている内に、僕も、すっかり気恥ずかしい気持ちで、レオリムの頭をよしよしと撫でた。
反抗期の子の気持ちがちょっと分かったよ……。
天井の魔石は、ラドゥ様が『結界を一段』上げてからずっと、淡い緑色の光を湛えている。結界の気配はまだ濃厚だ。魔石に込めた魔力の分だけ、結界は維持されるんだろう。
でも、なんかこう……丈の長いものを背中に負って、ようよう進むような感じ。
僕の視線の先に目をやったラドゥ様は、にこにこした。
「シーラン、結界と魔石が気になるかい」
「はい」
ラドゥ様は、ふふふ、と笑って。
「私は、木が枝葉を広げるように対象を覆う結界が得意でね。そこに在るのが明らかな……建物や街の結界には適しているんだが、馬車や人のように動く対象には不向きなんだ。持続する時間が極端に減る。そこで、北崚の職人たちと一緒に魔法陣を編んでね、蔦が壁を覆い隠すような結界が出来てねぇ。普段は蔦の結界を使い、大樹の結界を重ねて二重にするとより強固になる。上手く行った時は久々に胸が躍った」
なかなか良いだろう? と、にんまり。
その笑顔を見て、マウリとマリーアを覆うように聳える大樹が見えた気がした。
「今まで、守護結界の中で守って来たが、いつまでもただ守られるだけの子供ではいてくれないだろう」
ラドゥ様は、少しだけ淋しげに笑って、父さんと顔を見合わせた。
父さんも、ラドゥ様の言葉を聴いて、こくりと頷く。
「学園で、身を護る術をつけなさい」
レオリムの手が、僕の手をまたぎゅっと握った。
やりたいことを見つける前に、やるべきことが見えた。
ラドゥ様に二人ではいと返事をしてからしばらく、レオリムが僕の手を引いたので、そちらを見ると、じっと僕の胸元を見ていた。
「シーラ、ペンダント見せて」
レオリムにペンダントを渡すと、じっと見て、小さく溜息を吐いた。
「もっと長く、強く、呪いが持続するように改良が必要だな……」
その言葉を聴いて、ラドゥ様がにこにこと言った。
「確かにレオリムは、火力は高いけれど、持続力が課題だねぇ」
レオリムは嫌そうな顔をラドゥ様に向けた。結構ラドゥ様に遠慮ないよね、レオって。
「分かってる」
そう言うと、レオリムはペンダントの魔石に魔力を流し始めた。
レオリムの魔力が、魔石へ翳された手からぶわりと広がる。ゆらゆらと揺らめく炎のように揺れながら、その炎の穂先がふわり、ふわりと細く伸びていく。やがて、魔石の上に小さな魔法陣を象った。
「!!」
僕は息を呑んでその様子を見つめた。
固唾を呑んで見つめていると、突然、その魔法陣は霧散した。
ちり、とレオリムの手を少しだけ焼いたようだった。
「レオ!?」
慌ててレオリムの手を取って確認すると、少し赤くなっているけど、火傷はしていないみたい。
ほっとしてレオリムの顔を覗き込むと、すごく悔しそうな顔の中で、蒼い瞳が切なく瞬いた。
「……だいじょうぶ?」
「あぁ…すまん。できると思ったんだが……」
えーと。
魔法陣は普通、予め描いた物を使って、詠唱も必要じゃない? ラドゥ様は蔦の結界は、天井の魔石に魔力を流すだけで発動させていたけど、大樹の結界の時は詠唱してたよね?
「それは非常に緻密な魔力操作が必要だよ。レオリム、背伸びはよくない」
「はい」
「レオリムは、今の自分にできることとできないことの把握から必要そうだね」
「……はい」
僕は、しゅんとするレオリムを見て、小さい頃からよく無謀とも思える行動をして、怪我をしていたことを思い出した。
例えば、木登りをすれば、怪我をして間違いのないような高さから飛び降りたり。
僕を誂った、自分よりも身体の大きな近所の子供に飛び掛かったり。
焚き火の火をつけようとして、思ったよりも大きな炎を出して前髪を焦がしたり。
それら無謀な行動は、年を経るごとに治まって来たけれど、そんなレオリムを直ぐそばで見ていて、何度肝を冷やしたか知れない。
おかげで目を離せない!って、レオリムのそばに僕もべったりで、少しだけ癒しの魔法も使えたりする。擦り傷を治す程度だけど。
「レオ……」
前世の記憶が……炎の天人の夢を見ていたからなんだね。
子供なのに、夢の中で大人の、しかも大魔法使いだったりしたら、自分でもできると思っちゃうよね。
「シーラン、レオリムが無謀なのは、前世の記憶のせいばかりじゃないよ」
「……父上!」
「多少は影響があったと思うけれどね。折に触れ、夢の記憶に惑うことはないと告げてきたつもりだよ」
くくく、と笑うラドゥ様から、ふぃっとレオリムは顔を逸らした。
レオったら。ぷるぷるして、ほっぺたが赤いね。図星なんだね?
「人は生まれ持った性質と言うのがあるからねぇ。レオリムは赤ん坊の頃から直情で無謀だったね」
見れば、父さんも、うんうんと頷いている。
暖炉や階段に柵を付けたり、対策に追われたなぁ、次は何をしでかすか、気が気でなかったって、ガハハと笑うのは追い打ちじゃないかな?
「その点、シーランはおっとりしていて穏やかで。少し心配性に過ぎるかな? しかし本当に二人は良い組み合わせだと思っているよ」
そんなことを、にこにこと口にするラドゥ様に合わせるように、父さんが小さい頃の思い出話を始めてしまった。
それを嬉しそうに聴くラドゥ様。
聴いている内に、僕も、すっかり気恥ずかしい気持ちで、レオリムの頭をよしよしと撫でた。
反抗期の子の気持ちがちょっと分かったよ……。
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