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3章

精霊水晶

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 馬車の窓から、流れる景色を眺める。
街道は渓谷の川沿いを通っていて、時折水の音が聴こえる。さすが北崚州の職人渾身の馬車。耳を澄ませば川のせせらぎまで聴こえそうだ。

 ラドゥ様が言うには、山の高さは段々と下がっていき、次の宿駅に着く頃には景色は一変して、平野が広がるそうだ。王都は、北と南を山に、西は大森林に囲まれ、東に向かってなだらかに広がる平野の中央にある。
南海州は、州境の高地から、南へ向かって開けていき、大部分は海に向かって平野が広がっている。マリーアはその最南端にあって、交易と遊覧の中心地。王都はどんなところだろう。

 州境にある精霊湖を挟んで、すぐに南海州と中央州の街道の様子に違いは見られない。
海からはだいぶ離れてしまったけど、湖の傍は落ち着いた。今も川の傍を走っている。
ふふ。
可愛い精霊たちもいたし。

 精霊と言えば。

「ラドゥ様。水の精霊たちから、魔石をもらったんです」

 祝福の他に、精霊たちからもらった魔石をラドゥ様と父さんに見せた。精霊湖に棲む水の精霊たちと同じ色をした、澄んだ水晶の魔石。
二人は、魔石をじぃっと見た。ラドゥ様が触れても構わないかな、と尋ねたので、どうぞ、と差し出した。ラドゥ様はそれを手に取ると、馬車の窓越しに光に翳した。
光を反射させ、しげしげと眺めた後、小さく吐息をもらした。

「あぁ……これは、素晴らしい精霊水晶だね」

 精霊水晶? 精霊がくれたから?
首を傾げると、ふふ、と笑って水晶の魔石を返してくれた。

「魔石にはいくつか種類があってね。その中でもこれは希少なものだよ」

 こくんと頷いて、ラドゥ様のお話を聴いた。
僕たちがよく目にする魔石は、鉱石が自然の気を貯めて魔石化したものや、魔法使いが鉱石に魔力を込めて作った魔性鉱石のこと。
他に、自然の気や魔力が結晶化した純粋な魔力そのものの魔力結晶石があるそうだ。そちらは希少で滅多に出回らない。

 僕が水の精霊にもらった魔石は、水の精霊たちが自分たちの魔力を結晶化させて作った水晶で、精霊水晶と呼ばれるものなんだって。
魔石って作れるんだぁ……。

「これだけの大きさの精霊水晶は、一晩やそこらで出来る物ではないだろう」

 ラドゥ様は、目を細めて嬉しそう。

「きっと巫覡殿に贈ろうと、長い時間を掛けて作っていたんだろう。気紛れで悪戯好きの精霊たちの素敵な贈り物だね。大切になさい」

「……はい」

 僕は、小さくそう答えた。
精霊たちが、精霊水晶これを本当に贈りたかったのは、正確にはじゃない。
それでもラドゥ様は、僕に大切にしなさいと言ってくれた。

「彼らは魂を見るからね。器の違いは些細なことだよ」

 それなら、ありがたく、素直に頂戴しよう。
精霊たち、ありがとう……。

 それで。

 手の平の上の精霊水晶をじっと見詰めて、僕は考えていたことを、ラドゥ様に尋ねた。
この魔石をどうしたいか、もうほとんど決まっているんだけど、念のため。

「僕、この水晶に守護の魔法を籠めて、レオに贈りたいんですけど……」

 ちら、とレオリムを見て、ラドゥ様に視線を戻すと、ラドゥ様は、レオリムとよく似た形の目をぱちぱちとまばたきさせた。レオリムの蒼い瞳より深い色合いの、濃藍色の瞳が見え隠れする。
僕は、レオから贈られた魔石のペンダントを持っているから、僕の魔法を籠めてレオに贈りたいと思ったんだけど、精霊たちから僕への贈り物を僕以外に渡すのはよくないかなぁ。

 ラドゥ様は、顎に手を当てて、ふむ、と僕の手の中の精霊水晶に視線を落とした。

「シーランの魔法を籠めたら精霊水晶は喜ぶ。レオリムはシーランの魔法の籠った魔石を大切にする。素晴らしい」

 そうして、くくく、とレオリムを見た。
横から僕の手の上の精霊水晶を見ていたレオリムは、ラドゥ様の笑顔をちらっと見て一瞬眉を顰めたけど、僕を見た時は笑顔だった。
僕の手を、精霊水晶ごと、上と下からぎゅっと握って破顔した。

「シーラ、うれしいよ。大切にする」

 良かった。
水の精霊から水晶の魔石をもらった時、これにおまじないをして、レオに渡したいって思ったんだよね。
レオからもらった魔石のペンダントが、どのくらいの価値があるものか分からないけど、同じくらいのものをどうやって手に入れたら良いか悩んでたから、素敵な魔石をもらえて、すごく嬉しかった。

「うん! レオの守護の魔法みたいに、うまく出来るか分からないけど、やってみるね!」
「シーラなら俺よりもっとスゴイ魔法が出来ると思う」

 それから、だいじょうぶだよ、シーラがお呪いしてくれるだけで、俺にはすごいお守りだからって、ちゅ、とおでこにキス。

 もっ、もう!!
父さんたちの前なのに!!

 真っ赤になって下を向いて、ちらっと向かいの二人を見たら、二人共、それぞれ反対方向の窓の外を、無言で見詰めていた。
横目で見たレオリムは、にこにこ僕を見てる。

 わ、話題を変えよう……。

「ラドゥ様、この精霊水晶をペンダントにしたいのですが、どこかで出来るでしょうか」

 窓の外を見ていたラドゥ様は、ん?とこちらを向いて、あぁと頷いた。

「スーリアで魔法具に長けた人物を紹介しよう。魔道具作りを得意としているが、彫金の腕もなかなかだ」

 流石ラドゥ様。
スーリアにもそんなお知り合いが。

「俺達の誓いのフィアルクスも髪飾りにしたい」

 レオリムは、そう言って、横に置いたカバンにぽんと手を置いた。そこには、マウリの海を見晴らす丘で僕たちが交わした魂の伴侶の誓いが宿った、はじまりの光の花フィアルクスが仕舞われている。

 マウリを旅立つ朝のことを思い出して、僕はちょっとほっぺたが熱くなった。
あの時、髪飾りにしたフィアルクスはきっと僕によく似合うと言ってくれたレオリムの言葉が嬉しくて、思わず、口にちゅってしちゃったんだよね。覚えてろよって言われたの。レオ、覚えてるかな。何をどうするつもりなのかな。

「あぁ、そうだね。一緒に頼んだらいい」

 にこにこと僕たちを見詰めるラドゥ様の横で、父さんがちょっと引き攣った顔をした。
どうしたんだろ。

「……ラドゥ殿、何から何まで、お世話になって、その……」
「いやいや、ウルマー殿。それは言いっこなしの約束。今までの恩にはまだまだ足りない」
「特別な事をしたつもりはまったくないんですがね……」

 父さんは、ぽりぽりと頭を掻いた。

「そう言ってくれるウルマー殿だからこそ任せきりで今まで来てしまった。ようやく恩を返せるのだから、存分にさせてほしい」

 ラドゥ様に諭されるようにそう言われて、はぁと恐縮したように、お世話になります、と父さんは頭を下げた。

 僕は二人の会話の内容を反芻した。

 ……………。

 ぴしゃん!と体の中に雷が落ちる。

 お金のことだ!?

 どうしよう!?

 慌ててレオリムを見たら、落ち着いて、と頭を撫でられた。

「シーラは俺の奥さんでしょ。全部サンタナ家が持つから心配しないで」
「ででで…でも……」

 マウリでは、僕は特にお金を使うこともなくて、あまりお金のことを意識したことがなかった!

「その前に、二人共まだ子供だからね。親にお金を出させておくれ」

 ね、とラドゥ様の笑顔は有無を言わせない強さだった。
どうせ腐るほどある、とレオリムが呟いた気がするけど、聞こえなかった!
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