水の巫覡と炎の天人は世界の音を聴く

井幸ミキ

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3章

お近付きになりたい?

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 朝の支度を済ませて、食堂へ向かうと、ちょうど朝餉が運び込まれたところだった。
 宿の給仕係から配膳車を受け取った騎士さんが並べているのを、レオリムと手伝う。

「父上は?」

 レオリムが尋ねると、今朝はまだお休みです、と言う答えに、珍しいな、と思う。
 父さんは漁師で元々朝は早いし、ラドゥ様も目覚めが良いらしく、朝餉の前には席に着いているのがいつもだから。
 冷めない内に起きてくるかな?と温かいものを出すタイミングを考えていたら、欠伸をしながら父さんが食堂に入ってきた。

「おはよう」

 続いてラドゥ様も入ってきて、挨拶を交わして、すぐに朝餉に。
 昨日、騎士さんとラドゥ様が話し込んでいたのが気になったけど、どう訊いたら良いか分からない。そう思っていたら、レオリムが炙った燻製肉のおかわりを皿に盛りながら訊いた。

「父上、昨日、宿と何かありましたか」
「ん?」

 ラドゥ様は、ぱくりと燻製肉を頬張っていて、レオリムの問い掛けにきょとりとした。こういう表情、結構レオリムと似てる。

「……あぁ。そうか。そうだね。うん、宿の方はもう良いのだけどね」

 ラドゥ様は、口の中の物を飲み込んでから、そう答えて、くしゃりと笑った。

「寝坊したのは、ウルマー殿と夜更けまで話をしていたせいだよ」

 それを聞いて父さんも笑って、ラドゥ様と目配せをしたので、きっと僕たちの子供の頃の話でもしていたんだろうと想像がついた。
 もう。父さん、ラドゥ様に絶対変な事話してる。

「それはそうと、準備が出来たらすぐ出立するから、二人は早めに馬車に乗っていなさい。宿の者や、他の宿泊者に構う必要はないからね」

 柔和な笑顔なまま、ラドゥ様にそう言われて、その時は、少し珍しいなと思っただけだった。レオリムは少し神妙な顔をして頷いていた。

 朝餉を終えて部屋へ戻り、出立出来るように残りの荷をまとめた。
 今日こそレオリムに荷物を先に持っていかれないようにと手にしたまま寝台に腰掛けると、準備を終えたレオリムが隣に座った。

「シーラ、魔石のペンダントを貸して」
「おまじない?」

 うんと頷いたので、外してレオリムの手の上に乗せると、すぐに反対の手を翳して魔力を込め始めた。
 レオリムの温かな魔力が手の平から魔石へ流れて、炎のように揺らめいて、魔石の中へ収まる。
 僕はそれに見惚れて、はい、と首に掛けられたペンダントを手にとって、魔石を見た。魔石の中でレオリムの魔力の結晶が、煌々と煌めいていて、それを見ると嬉しい。
 は、と気付くと、レオリムはまた、自分と僕の荷物を手に傍に立っていた。

「僕、自分で荷物持てるよ」

 唇を尖らせても、レオリムはどこ吹く風。うん、と笑って手を差し出すから、僕はその手を取るしかない。

「ありがと」

 さっと、ちゅっと、唇に口付ける。その時、ちょっとだけ、守護の魔法をキスに乗せた。すぐに消えてしまうような小さい魔法だけど。
 そのまま扉に向かって歩き出そうとしたら、手を引かれてレオリムの腕の中にいた。
 え、レオリム、震えてる?!

「シーラは、俺をどうしたいの……」

 そのまま、おでこと、まぶたと、ほっぺたと、最後に唇にキスされて、はぁーと大きな溜息。
 そんなの、こっちの台詞ですけど?!





 手を繫いだまま宿泊部屋の扉へ向かうと、騎士さんが控えていた。

「ご一緒します」

 騎士さんがコンコンと扉を叩くと、外から扉が開かれ、もう一人の騎士さんと一緒に宿の一階の大広間まで降りた。
 なんだかちょっとピリッとしているような…?
 宿屋の正面玄関にも騎士さんが待機していた。
 僕達の姿を目にした宿の主が転がるようにやってきて、口を大きく開け掛けたけど、騎士さんが主殿、と呼び掛けると、ぴたりと動きを止めた。
 それから、丸い身体を縮こめて、声を落として頭を下げた。

「と、当宿のご利用、ありがとうございました。またのお越しをお待ちしておりますっ」
「世話になりました。の見送りで我が主もお喜びになるでしょう」

 騎士さんの言葉に、はっ!と更に頭を下げつつ、ちらちらとレオリムの方を見ている。横目でレオリムを見ると、まっすぐ前を向いたまま。
 では失礼、と言う言葉と共に騎士さんが歩き始めたので、後に続いた。
 馬車止まりまで歩いて乗り込もうとしたその時、後ろの方から呼び掛ける声があった。振り返ろうとして足を止めたら、レオリムが手を引いて、え、と思う間もなく腰に反対の腕が回って、馬車の中へ引き上げられた。
 身体が馬車の中へ吸い込まれるとすぐ、パタリと扉が閉められて、すとんと座席に座った。

「え?」

 隣に座ったレオリムを見ると、険しい表情をしていた。

「高位貴族とお近付きになりたいという連中がいるんだ」

 そう言い放つと、はっとした顔をして、すまんと険しい表情を崩した。 
 ラドゥ様の言葉、騎士さん達の様子。

「もしかして、同じ階に泊まっていた他のお客さん?」

 レオリムは、多分な、と小さく答えた。

「王都はそういう連中が多いんだ。父上はああ見えて侯爵だから、色々寄ってくる」

 ああ見えてって、ラドゥ様は立派な侯爵様だと思うけど。
 馬車の外で、騎士さんと誰か他の聞き慣れない声がする。窓に日除けが引かれていて、外の様子は見えない。
 やがて声が遠のいて静かになった。

「貴族の作法は一応学んだけど、あんな風に直接声を掛けてくるのは普通はないよね?」

 レオリムは、むすりと首を振った。
 僕の父さんも准男爵とは言え、貴族の端くれだから、一応作法は学んでいる。親しくない限り会話は従者越しのはず。

「ああ。だいたい貴族以前に不躾過ぎるだろ!」

 レオリムは、僕の腰に腕を回したままだったけど、そのまま横から抱き込んだ。

「多分、昨日から挨拶をしたいって打診されてたんじゃないか」

 騎士さん達が対応していたの、宿の人に対してだけじゃなかったんだね。

「王都の貴族なんて、傲慢で失礼な奴ばっかりだから、シーラに接触させたくない」

 レオリムって、僕と一緒で南海州から出たことないよね? 生まれた時は別として。
 首を傾げると、レオリムは、あ、と言う顔をした。

「……もしかして、前世の記憶?」

 レオリムは、僕の肩におでこをぐりぐり押し付けながら、うん、と言った。
 そっか。
 水の精霊のことも嫌いって言ってたもんね。
 前世の記憶があるのも大変だな。
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