水の巫覡と炎の天人は世界の音を聴く

井幸ミキ

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3章

闇の魔石

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 食後のお茶が済むと、僕とレオリムは、ラドゥ様に話があると言われて残り、父さんと騎士さんたちは部屋へ引き上げて行った。

「引き留めてすまないね。早く休みたいだろうが、先にこれを済ませてしまおうと思ってね」

 ラドゥ様は、懐から小さな袋を出して逆さにした。コロン、と闇色の魔石がラドゥ様の手の平の上に飛び出した。ここへ来る途中で、ラドゥ様の騎士さんたちがたおした魔獣が残した、闇色の魔石。
 魔獣は、斃されると黒い塵となって消えてしまうのだという。そして魔獣は、その際、魔石を残す。魔石の大きさは、魔獣の強さに比例するので、小さくて見つからない事もあるそうだけど。
 闇から生まれた魔の力は、取り憑いた獣の中で結晶化していく。それは魔獣の核として、魔獣が強くなれば、より大きな魔力結晶石となる。魔獣は、核の魔石を砕くか、魔石に宿る闇を祓うと消滅するそうだ。
 そう聞いて、『闇』も『同じ魂』と言った時のラドゥ様の表情を思い出した。

「これに今から、隠蔽と結界の魔法を籠めて、二人に渡そう」

 以前、闇色の魔石を見詰めながら、悲し気に呟いたラドゥ様の声を思い出していたら、なんだか、わくわくとした声色が聞こえた気がして、魔石からラドゥ様のお顔へ視線を移した。

「これを二つに分けて、隠蔽と結界の魔法を籠めるには、少々複雑な手順が必要でね! 私も触媒なしではさすがに難しくてね!」

 弾んだ声でそう言ったラドゥ様は、魔石を乗せた手とは、反対の手を上げた。
 すると、執事さんが、何かを乗せた盆を掲げて近付いてきて、ラドゥ様の隣まで来ると、恭しくその盆を卓の上に置いた。
 静かに置かれた盆の上には、小さなクッションに置かれたの二つの小さな魔石と、羊皮紙。
 ありがとう、と執事さんに言って、ラドゥ様は、魔石と羊皮紙を手に取った。執事さんは、感激を抑えた表情で、数歩下がって、その場に控えた。

「これは、昔、水の巫覡殿の作られた魔石でね。天人水晶と呼ぶのが正しいな。これを触媒として……」

 ラドゥ様がうきうきとと説明してくれたところによると、闇の魔石を砕いて2つにすることも可能だけど、どうせなら、より強固なお護りにしたい。そのために、魔力結晶石を魔力へ戻し、2つに分けて再結晶化する、それに、羊皮紙に描かれた魔法陣と天人水晶を使う。それから隠蔽と結界の魔法を籠める、そうだ。
 ラドゥ様の説明に熱が入るにつれ、後ろに控える執事さんの表情も輝き出した。
 魔法バカだ……魔法バカが少なくとも二人はいる。

「元々ひとつの魔石だから、互いの場所を感知も出来るハズだよ!」

 レオリムも、魔法が好きだから、熱心に聞いていたけど、ラドゥ様のこの言葉に身を乗り出した。

「それを身に着けていれば、シーラの場所がいつでも分かるってこと?」
「そうなるね」

 僕も魔法や魔石のことは好きだから、確かに興味深い。どんなお護りになるか気になる。でもレオのそれは、違うね?!




 ラドゥ様は、羊皮紙に描かれた魔法陣の中央に闇の魔石を置いた。ふたつの天人水晶は、魔石の両隣りに、一列になる様に並べられた。それぞれの魔石の下には小さい円が描かれていて、魔法陣はそれらの円と、文字と模様がいくつも重なり合い、複雑に絡み合うように描き込まれている。魔法陣は、描かれた線のひとつひとつに意味がある。いくつかは読み取れるものもあるけど、はっきり言って全然分からない魔法式だった。

「時の魔法と、魔力構築の魔法式が組み込まれた魔法陣だよ。時を遡って結晶を解き、魔力そのものに戻して、二つの天人水晶を触媒に再結晶化させることが出来る」

 ラドゥ様は、目を閉じて、神経を集中させるように呼吸を繰り返した。
 僕たちは、黙ってその様子を見ていた。
 やがて、ラドゥ様から、ゆらりと陽炎の様に、魔力が立ち昇る。

「それじゃあ、はじめよう」

 パチリと目を開けて、魔法陣の上に手を翳した。

「滔々たる流れ、逆巻き凍解け、叡智なる光の環へ」

 詠唱を始めると、ラドゥ様の手の平から魔法陣へ向けて魔力が流れ輝き始めた。全体に魔力が行き渡り、魔法陣に描かれた線に沿って光が浮かび上がる。魔法陣の上を魔力が行き交い、魔力が渦巻いた。魔力のうねりは、最初は小さくゆっくりと中央の闇の魔石へ向かって流れ、やがてぐんぐんと、魔石へ集まっていく。パチパチと魔力が弾ける。
 ゆらりと、闇の魔石が揺れた。じわりと輪郭が溶けて、魔石だったものが、ふわりと浮き上がり、魔法陣の中央でゆらゆらと揺蕩う。魔力そのもの、光の塊になった魔石は、左右の天人水晶へ、水が流れるように分かれて、それぞれの天人水晶を覆い、混ざり合った。光の塊は、透明な粘土のようになって、しばらくぐねぐねと動いて、ゆっくりと形を変えていった。真ん中にぽかりと穴が開いて、それらは丸い環になった。
 魔法陣に満ちていた魔力が、二つの環へ集約していく。

 眩い光が弾ける様に膨らんで、目の前が真っ白になった。
 思わず目を閉じて、光の気配が消えてから目を開いても、しばらく視界は真っ白のままだった。

「……指輪になった」

 隣のレオリムが、ぼそりと呟く。
 僕も目を凝らしてよく見ると、確かに、魔法陣の中、二つの薄い水色の小さな天人水晶が置かれていた場所に、闇の魔石と同じ色合いの、指輪の形をしたものがあった。中央にあった闇の魔石はなくなっていた。

「うん、うまく分けられたね」

 ラドゥ様は、二つの指輪を手に取って、検分するように眺めた。

「レオリム、シーラン、手を出して」

 ラドゥ様に言われて、両手を出す。レオリムと僕、それぞれに指輪を渡された。
 ひんやりとした感触が不思議だった。

「どの指でもいいよ。大きさは大丈夫かな」

 そう言われて、左の中指に嵌めてみる。レオリムは、僕の様子を見て、同じ指に嵌めた。

「良さそうだね。それじゃあ、隠蔽と結界の魔法を籠めるから、貸してごらん」

 指輪をラドゥ様へ返す。
 ラドゥ様は、左右の手の平にそれぞれ一つずつ指輪を乗せ、目を閉じた。すぐに手の平から魔力が立ち昇り、螺旋の渦を作って指輪を覆った。螺旋の渦は幾筋もの光になって、指輪の内側と外側をぐるぐると渦巻き、刻まれていき、すぅーっと指輪に吸い込まれていった。
 ラドゥ様は、また指輪を指で摘んで、検分して、満足気に頷いた。

「見るかい?」

 執事さんに向けて、ラドゥ様が声を掛けると、執事さんは、失礼します、と告げて、ラドゥ様が手の平に置いた二つの指輪を食い入るように見詰めた。

「素晴らしい魔法を拝見させて頂き、ありがとうございます……!」

 感激したように言って、執事さんは、深く礼をした。
 ラドゥ様は、ふふふ、と笑って僕たちに向き直り、ぽい、ぽい、と指輪を渡した。

「当分は、肌身離さず、つけておくんだよ」

 これ、国家予算くらい、しない?
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