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5・ランガム・ホテル333号室
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リアムは、カードに記された場所にやってくるとヴィクトリア調の巨大な建物を見上げた。
ランガム・ホテル333号室
1865年に開業したロンドンの豪華な高級ホテルだが幽霊が出る事で有名なホテルだ。
そして333号室には、妻を殺して自殺した医師が今でも宿泊中らしく、度々幽霊が目撃されるという。
悪い冗談だなとリアムは思った。
333号室以外でも、廊下には執事の幽霊や、顔に穴の空いた幽霊がさまよい歩いているというし、過去に宿泊していたというナポレオン三世の幽霊も目撃されている。
普通なら、幽霊のさまよい歩くような場所には近づきたくないと思うが、ヴィクトリア王朝式の建築と、モダンで豪華なインテリアは、宿泊する者を魅了するらしく客足は悪くない。
もしかしたら幽霊が客寄せパンダになっているのかもしれないが、リアムだったら、タダで泊まれるとしても、きっと断るだろう。
ちなみにランガムホテルは、コナン・ドイルの世界的名作シャーロック・ホームズ作品『ボヘミアの醜聞』の舞台でもある。
そのコナン・ドイルもランガムホテルにはよく宿泊したそうだ。
ドイルは、第一次世界大戦で息子を失ってから、降霊術や、心霊現象に夢中になっていたというから、もしかしたら彼は幽霊を見るのが目的で宿泊していたのかもしれない。
そんな事を考えながら、襟とシャツを整え直してホテルに入ると、フロントスタッフに丁重に出迎えられた。333号室の宿泊客に呼ばれて来たのだと伝えるとフロントマンは用件は聞いていると言った。
そのままエレベーターに乗り、333号室へ向かう。
ホワイトとベージュを基調にした清潔感と上品な落ち着きを感じる廊下を歩いていると亡霊が現れる感じなど一切してこないのが意外に感じた。目的の部屋の前まで来てもそれは同じだった。
リアムが覚悟を決めて部屋をノックすると、どうぞ、と男の声がした。
ドアを開けて部屋に入ると、中には5人の紳士たちが待ち構えていた。ある者はソファーに、ある者は窓際に、ある者たちはティーカップを片手に立ち話をしていた。
「リアム・ディアス君かね?」
ソファーに座る紳士がリアムに言った。
「ああ、はい。あの俺は……」
「君の事は知っている。経歴も特技も」
「そいつはどうも。あの……俺に仕事があるって聞いたんですがね」
「仕事を受けてもらえるのかね?」
「まずは話を聞いてから」
「まあ、そうだろうね」
どうやらこの男はリーダー格らしい。彼が率先してリアムと話す。
「仕事はあるものを探してもらいたいのだ」
「あるものって?」
リアムに少し色あせた古い写真が渡された。そこに写っていたのは剣だった。
「これ、剣?」
「ただの剣ではない。これはカレトヴルッフだ」
「俺は骨董品に詳しくなくてね、そいつは有名なんですか?」
「別名エクスカリバーという。それなら君にもわかるのではないかな」
「それってアーサー王伝説の聖剣のことでは?」
老紳士たちはそろって頷いた。
「そういう事なら、インディアナ・ジョーンズにでも頼んだ方がいい」
「実はもう頼んだ」
老紳士が冗談めいた様子でそう言った。
「だが彼には断られてね。彼は聖剣より聖杯に興味があるようだ。それと次回作で忙しいらしい」
「そいつは笑える」
「その剣は我々、妖精にとって重要なものでね。どうしても取り戻したい」
老紳士の言葉にリアムは眉をしかめる。
「聞き間違いだったらすみません。今、妖精って言いましたか?」
「ああ、言ったよ。我々は妖精だ。そちらの端から木、火、土、金……そして私は水だ。それぞれを代表する者だ。私個人は精霊という呼び方の方が好みだがね」
興味本位で来てみたが、大失敗だった。待っていたのはイカれたジジイどもだったとリアムは思う。
「……まあなんというか、これ以上、あんたらのおふざけに付き合うのは遠慮したいね。それと、これは全く面白くないジョークだ」
「我々が、君を騙してるわけではないのだと納得させればいいのかな?」
リアムは面倒くさそうに頭を掻く。
「あの、もう帰っていいですかね? 実は観たいスポーツ中継があって……」
リアムがそう言いかけると、老紳士たちの顔がいつのまにか変わっていた。服装は高級スーツを着た人間だが、顔は人間ではない別のものになったいたのだ。その顔を例えるなら”悪魔”がピッタリだ。
これはいつもの幻覚が始まったのだとリアムは思った。幻覚と会話ができたのは初めてだったがそれ以外に考えられない。おまけにこの部屋は有名な333号室だ。何が起きてもおかしくない。
戸惑うリアムに妖精を名乗る紳士たちは顔を見合わせて笑う。
「君は、自覚しているのか知らないが……我々の存在を否定することは、自分を否定している事と同じなんだがね」
「哲学的だけど俺はあんたらみたいな幻とは関わりたくないんだ」
「我々を幻だと?」
「それ以外に思いつかない」
「我々が”妖精”である事を証明くて変身を解いたのだが君をかえって混乱させてしまったようだな」
そう言った次の瞬間、老紳士たちは元の人間の顔に戻っていた。
「これを渡しておこう」
老紳士のひとりがアタッシュケースをリアムに渡す。
「それは幻じゃないぞ」
「これは?」
「前金だよ。確認したまえ」
リアムが警戒しながらケースを開けると中身は本当に現金だった。
「紙幣はバラバラだが30万ポンドほどある。報酬としては、いい金額だろ?」
リアムは、札束を取って感触を確かめてみた。使い古されたような紙幣だったが、透かしもちゃんとある本物だった。
「どうかね?」
目の前の現金に気持ちが揺らぐ。相手が妖精だろうが幽霊だろうが、提示されている報酬は中々魅力的な金額だ。
「まだ納得しないのか? では彼女なら現実だと納得できるだろう」
そう言って紳士はテーブルに置かれていたベルを鳴らす。すると誰かが部屋に入ってきた。
入ってきたのは昨夜、パブであった女だった。
「彼女には昨夜会っただろ? 彼女の名は、フルドラ。彼女と協力してある物を見つけてほしい」
フルドラはリアムの方を見ると無表情のまま軽く会釈した。昨夜とは別人のようだ。
「無くし物探しは俺の専門分野じゃない」
「君には我々の様な存在を見る能力がある。それが重要だ。何しろエクスカリバーはこちら側の物だからね」
妖精……精霊を名乗る老人たちはどうしてもリアムに仕事をさせたいようだった。リアムも30万ポンドは魅力的な話だった、次第にこの得体のしれない依頼を受ける方に傾き始めている。
「それと報酬は金だけではないぞ。昨夜、彼女を通して伝えてあった事がひとつあっただろ? 君が興味を惹かれるような事だ」
老紳士が勿体つけながら言う。
「俺の問題を解決してくれる……って言われたよ」
「そのとおり。君のその目を元に戻そうじゃないか。君は我々が見えることにうんざりしてるのだろう? それを解決してやる」
「俺の目を治せるのか? あんたらのような連中を見えないようにできるって事か?」
「我々は妖精だぞ。もちろんだ。だがその目は仕事が終わるまでは必要だからな。治すのは事が済んでからだ」
リアムはアタッシュケースの中のポンド紙幣を見つめてしばらく考えた後、顔を上げた。
紳士の横に無表情で立つフルドラの姿が視界に入る。初めて出会った時の愛想の良さなどまるでない。リアムには、それが少し気になった。
「分かったよ。探してみようじゃないか。そのエクスカリバーとやらを……」
ランガム・ホテル333号室
1865年に開業したロンドンの豪華な高級ホテルだが幽霊が出る事で有名なホテルだ。
そして333号室には、妻を殺して自殺した医師が今でも宿泊中らしく、度々幽霊が目撃されるという。
悪い冗談だなとリアムは思った。
333号室以外でも、廊下には執事の幽霊や、顔に穴の空いた幽霊がさまよい歩いているというし、過去に宿泊していたというナポレオン三世の幽霊も目撃されている。
普通なら、幽霊のさまよい歩くような場所には近づきたくないと思うが、ヴィクトリア王朝式の建築と、モダンで豪華なインテリアは、宿泊する者を魅了するらしく客足は悪くない。
もしかしたら幽霊が客寄せパンダになっているのかもしれないが、リアムだったら、タダで泊まれるとしても、きっと断るだろう。
ちなみにランガムホテルは、コナン・ドイルの世界的名作シャーロック・ホームズ作品『ボヘミアの醜聞』の舞台でもある。
そのコナン・ドイルもランガムホテルにはよく宿泊したそうだ。
ドイルは、第一次世界大戦で息子を失ってから、降霊術や、心霊現象に夢中になっていたというから、もしかしたら彼は幽霊を見るのが目的で宿泊していたのかもしれない。
そんな事を考えながら、襟とシャツを整え直してホテルに入ると、フロントスタッフに丁重に出迎えられた。333号室の宿泊客に呼ばれて来たのだと伝えるとフロントマンは用件は聞いていると言った。
そのままエレベーターに乗り、333号室へ向かう。
ホワイトとベージュを基調にした清潔感と上品な落ち着きを感じる廊下を歩いていると亡霊が現れる感じなど一切してこないのが意外に感じた。目的の部屋の前まで来てもそれは同じだった。
リアムが覚悟を決めて部屋をノックすると、どうぞ、と男の声がした。
ドアを開けて部屋に入ると、中には5人の紳士たちが待ち構えていた。ある者はソファーに、ある者は窓際に、ある者たちはティーカップを片手に立ち話をしていた。
「リアム・ディアス君かね?」
ソファーに座る紳士がリアムに言った。
「ああ、はい。あの俺は……」
「君の事は知っている。経歴も特技も」
「そいつはどうも。あの……俺に仕事があるって聞いたんですがね」
「仕事を受けてもらえるのかね?」
「まずは話を聞いてから」
「まあ、そうだろうね」
どうやらこの男はリーダー格らしい。彼が率先してリアムと話す。
「仕事はあるものを探してもらいたいのだ」
「あるものって?」
リアムに少し色あせた古い写真が渡された。そこに写っていたのは剣だった。
「これ、剣?」
「ただの剣ではない。これはカレトヴルッフだ」
「俺は骨董品に詳しくなくてね、そいつは有名なんですか?」
「別名エクスカリバーという。それなら君にもわかるのではないかな」
「それってアーサー王伝説の聖剣のことでは?」
老紳士たちはそろって頷いた。
「そういう事なら、インディアナ・ジョーンズにでも頼んだ方がいい」
「実はもう頼んだ」
老紳士が冗談めいた様子でそう言った。
「だが彼には断られてね。彼は聖剣より聖杯に興味があるようだ。それと次回作で忙しいらしい」
「そいつは笑える」
「その剣は我々、妖精にとって重要なものでね。どうしても取り戻したい」
老紳士の言葉にリアムは眉をしかめる。
「聞き間違いだったらすみません。今、妖精って言いましたか?」
「ああ、言ったよ。我々は妖精だ。そちらの端から木、火、土、金……そして私は水だ。それぞれを代表する者だ。私個人は精霊という呼び方の方が好みだがね」
興味本位で来てみたが、大失敗だった。待っていたのはイカれたジジイどもだったとリアムは思う。
「……まあなんというか、これ以上、あんたらのおふざけに付き合うのは遠慮したいね。それと、これは全く面白くないジョークだ」
「我々が、君を騙してるわけではないのだと納得させればいいのかな?」
リアムは面倒くさそうに頭を掻く。
「あの、もう帰っていいですかね? 実は観たいスポーツ中継があって……」
リアムがそう言いかけると、老紳士たちの顔がいつのまにか変わっていた。服装は高級スーツを着た人間だが、顔は人間ではない別のものになったいたのだ。その顔を例えるなら”悪魔”がピッタリだ。
これはいつもの幻覚が始まったのだとリアムは思った。幻覚と会話ができたのは初めてだったがそれ以外に考えられない。おまけにこの部屋は有名な333号室だ。何が起きてもおかしくない。
戸惑うリアムに妖精を名乗る紳士たちは顔を見合わせて笑う。
「君は、自覚しているのか知らないが……我々の存在を否定することは、自分を否定している事と同じなんだがね」
「哲学的だけど俺はあんたらみたいな幻とは関わりたくないんだ」
「我々を幻だと?」
「それ以外に思いつかない」
「我々が”妖精”である事を証明くて変身を解いたのだが君をかえって混乱させてしまったようだな」
そう言った次の瞬間、老紳士たちは元の人間の顔に戻っていた。
「これを渡しておこう」
老紳士のひとりがアタッシュケースをリアムに渡す。
「それは幻じゃないぞ」
「これは?」
「前金だよ。確認したまえ」
リアムが警戒しながらケースを開けると中身は本当に現金だった。
「紙幣はバラバラだが30万ポンドほどある。報酬としては、いい金額だろ?」
リアムは、札束を取って感触を確かめてみた。使い古されたような紙幣だったが、透かしもちゃんとある本物だった。
「どうかね?」
目の前の現金に気持ちが揺らぐ。相手が妖精だろうが幽霊だろうが、提示されている報酬は中々魅力的な金額だ。
「まだ納得しないのか? では彼女なら現実だと納得できるだろう」
そう言って紳士はテーブルに置かれていたベルを鳴らす。すると誰かが部屋に入ってきた。
入ってきたのは昨夜、パブであった女だった。
「彼女には昨夜会っただろ? 彼女の名は、フルドラ。彼女と協力してある物を見つけてほしい」
フルドラはリアムの方を見ると無表情のまま軽く会釈した。昨夜とは別人のようだ。
「無くし物探しは俺の専門分野じゃない」
「君には我々の様な存在を見る能力がある。それが重要だ。何しろエクスカリバーはこちら側の物だからね」
妖精……精霊を名乗る老人たちはどうしてもリアムに仕事をさせたいようだった。リアムも30万ポンドは魅力的な話だった、次第にこの得体のしれない依頼を受ける方に傾き始めている。
「それと報酬は金だけではないぞ。昨夜、彼女を通して伝えてあった事がひとつあっただろ? 君が興味を惹かれるような事だ」
老紳士が勿体つけながら言う。
「俺の問題を解決してくれる……って言われたよ」
「そのとおり。君のその目を元に戻そうじゃないか。君は我々が見えることにうんざりしてるのだろう? それを解決してやる」
「俺の目を治せるのか? あんたらのような連中を見えないようにできるって事か?」
「我々は妖精だぞ。もちろんだ。だがその目は仕事が終わるまでは必要だからな。治すのは事が済んでからだ」
リアムはアタッシュケースの中のポンド紙幣を見つめてしばらく考えた後、顔を上げた。
紳士の横に無表情で立つフルドラの姿が視界に入る。初めて出会った時の愛想の良さなどまるでない。リアムには、それが少し気になった。
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