軍将の踊り子と赤い龍の伝説

糸文かろ

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第一章

勝利後の帰路 1

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 丘に上った軍将はいつのまにか険しい顔を消していて、ひょうきんでどこか飄々とした雰囲気に戻っていた。
 ひょい、と馬に乗ると外套の頭巾を被ったサニに話しかける。
「さて、俺たちはこれから領に戻って報酬を分配するが、サニはどういう予定なのだ?」
「報酬は全額スーラの聖舞院にお送りください。私は、次の指令が来るまでこの町で待機します」
「だったら、指令まで一旦俺の城に来ないか?」
「城、ですか?」
「ああ。我が領はここから馬で半日たらず。聖舞師は旅続きで何かと疲れているだろう? それに、我々を勝利に導いてくれたお礼に、次の指令までサニをもてなしたい」
 軍が勝っても負けても戦地で解散するのが常だったから、軍将の申し出に驚いた。しかし、断る理由が見つからない。谷での長い黙祷を見てしまったからだ。
 キラキラと光る水面のように沢山の面を持つこのリエイムという男に、この短時間で興味を抱いている自分をサニは自覚した。
「ありがとうございます。では……ご厚意にお預かりさせて頂きます」
 昨日の容赦ない拒絶を経験しているからか、サニが承諾すると誘ったくせに驚いたように片眉を上げた。
「お。それは嬉しい答えだ」
「歩いて追いつきますので、みなさんは先に出発してくださって結構です」
「ここから我が領は歩くと一日半もかかるが?」
「私は、一人で馬に乗れませんので」
「なんだ、そんなことか。じゃあ俺の馬に一緒に乗っていこう」
 手を差し伸べられて、なぜか断れなかった。人を否応なしに頷かせてしまう不思議な力は、培ってきた軍将の技術なのか公子の気質なのか、それとも本来の性格なのかはわからない。サニは遠慮がちに、手を握った。するといとも簡単にひょいと持ち上げられる。
「ひいっ……た、高いっ……!」
 馬のたてがみにすがりつくように前のめりになる胴体を、リエイムはゆっくり後ろへと剥がした。
「足下を見ちゃだめだ、余計怖くなる。遠くを見るように姿勢良くして。コツは、馬に乗るときはまずその馬と心を通わせること」
「無理です無理ですっ!」
 パニックになったサニは今度は後ろの首筋に抱きつく。
「大丈夫、俺が後ろで支えてるから、全速力で走らない限りバランスを崩すことはないさ。ちなみにこの馬の名前はパロモ。五歳の雌で一度出産を経験している肝っ玉母ちゃんだから忍耐強いんだ。パロモ、サニをよろしくな」
 アイボリー色の太い首すじを軽くタップすると、応えるようにパロモが息をぶるぶる吐いた。
 その場でパロモを小さく二周させると馬とサニを一気に慣れさせる。
「うまいうまい。じゃあ出発できそうか?」
「落ちないように、絶対にしっかり支えてくださいよっ?」
「もちろんだ。サニは加護の舞術であんなに片足のつま先立ちで踊っていたんだから、バランス感覚はそこらの人より遙かに優れてるさ。すぐ慣れるだろう」
「それとこれとはわけが違いますっ……!」
 悲鳴に近い不平を聞かないふりで、リエイムは馬をゆっくりと出発させた。
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