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第三章
二年後 2
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オーフェルエイデ領では領主と民の距離が近いと言われ確かに領地回りや蚤の市などでリエイムを見かけることはできるが対面して話すきっかけは自分にはない。
万が一接点があったとしても、自分はリエイムのように「もう一度好きにさせて見せる」とは積極的に思えない。
そもそも好きにさせるやり方もわからないし、これ以上多くを求めてしまったら悪いことが起こってしまうような気がして。
だから今はひっそりと城下町の片隅で新聞に目を通したり街の人びとから公子の噂を聞いたりして彼の安否を確認するだけだが、それでも不満はなかった。
セディシアの侵略がなくなったし、リエイムが変わらず公子として存在している。それだけで不足ない。
愛する人が平温な日々を送れているのなら、それでいい。
目の前に野菜煮込みが運ばれてくる。
卓上のスパイスは使わずスプーンを手に取る。
六年を経ても、まだ辛い料理は苦手だった。
「よう、おやじ。元気か?」
はっきりと店内に届くその声を聞いて、サニは耳を疑った。食べていた手を止め固まりながらも、眼球をわずかに動かすと、懐かしい姿が視界に飛び込んできた。
「おや、リエイム様。こんな時間に珍しいですね」
「領地回りが長引いてしまってな」
リエイムは今日も定番の白いシャツに綿のズボンの組み合わせで足下にブーツを履いていた。
二年間目にしていなかったのに、まるで空白の時間を感じさせない、変わらぬ姿だった。
宿で最後に寝顔を見た日が昨日のことのように思えた。
店内はそこそこ埋まっている。空いた席を探しているのか、リエイムは視線をぐるりと一周させた。
そして最後にサニを捕らえ、はっと息をのんだ。
——まさか、覚えている……?
「な、何か……?」
リエイムははじけるように我に返った後、首を折って謝った。
「いえ、すみません。知ってるお話の登場人物に、よく似ていたもので。クレメントに伝わる軍将と魔法使いという、古い話なのですが。ご存じですか?」
言いながら「ここ、失礼します」と自然な仕草で横に腰掛けた。サニはぎこちなく首を横に振る。
「……いいえ」
「その話に出てくる魔法使いに、あなたの容姿がまさにぴったり当てはまるのです。まっすぐな銀色の髪や青く澄んだ瞳が」
そりゃそうだろう、本人なのだから。話を生み出した著者は「変なことを突然言い出してすみません」と照れたようにこめかみを掻く。
ほら、覚えているわけないじゃないか。
落胆してしまった自分を嗤う。
「ところでここらではお見かけない方ですね。どちらからいらっしゃったのです?」
「……スーラです」
緊張で声がうわずった。
「ああ、なるほど。だから髪が綺麗な銀色なのですね。では、モントペリーエルを飲んだことは?」
同じ会話を、以前にもしたことがある。忘れるはずはない。息ができないまま、サニは顔を上げた。
「南部の山脈から湧き出る炭酸にハーブシロップを加えた、国名産の飲み物なんです。まだなら、是非飲んでみてください」
初めてリエイムと出会った日の、彼の口調や表情がぴったりと重なった。抑揚のある声、強い意志を感じる大きな二重の瞳に圧倒されたことを、時を一瞬にして遡ったように、鮮明に思い出す。運ばれてきた緑の液体を見て、サニはせり上がってくるものをぐっとこらえた。一口飲んで、「美味しいです」とどうにか口にする。
「それはよかった」
満遍の笑みに、大きなえくぼを見つけてしまうと、もうだめだった。
万が一接点があったとしても、自分はリエイムのように「もう一度好きにさせて見せる」とは積極的に思えない。
そもそも好きにさせるやり方もわからないし、これ以上多くを求めてしまったら悪いことが起こってしまうような気がして。
だから今はひっそりと城下町の片隅で新聞に目を通したり街の人びとから公子の噂を聞いたりして彼の安否を確認するだけだが、それでも不満はなかった。
セディシアの侵略がなくなったし、リエイムが変わらず公子として存在している。それだけで不足ない。
愛する人が平温な日々を送れているのなら、それでいい。
目の前に野菜煮込みが運ばれてくる。
卓上のスパイスは使わずスプーンを手に取る。
六年を経ても、まだ辛い料理は苦手だった。
「よう、おやじ。元気か?」
はっきりと店内に届くその声を聞いて、サニは耳を疑った。食べていた手を止め固まりながらも、眼球をわずかに動かすと、懐かしい姿が視界に飛び込んできた。
「おや、リエイム様。こんな時間に珍しいですね」
「領地回りが長引いてしまってな」
リエイムは今日も定番の白いシャツに綿のズボンの組み合わせで足下にブーツを履いていた。
二年間目にしていなかったのに、まるで空白の時間を感じさせない、変わらぬ姿だった。
宿で最後に寝顔を見た日が昨日のことのように思えた。
店内はそこそこ埋まっている。空いた席を探しているのか、リエイムは視線をぐるりと一周させた。
そして最後にサニを捕らえ、はっと息をのんだ。
——まさか、覚えている……?
「な、何か……?」
リエイムははじけるように我に返った後、首を折って謝った。
「いえ、すみません。知ってるお話の登場人物に、よく似ていたもので。クレメントに伝わる軍将と魔法使いという、古い話なのですが。ご存じですか?」
言いながら「ここ、失礼します」と自然な仕草で横に腰掛けた。サニはぎこちなく首を横に振る。
「……いいえ」
「その話に出てくる魔法使いに、あなたの容姿がまさにぴったり当てはまるのです。まっすぐな銀色の髪や青く澄んだ瞳が」
そりゃそうだろう、本人なのだから。話を生み出した著者は「変なことを突然言い出してすみません」と照れたようにこめかみを掻く。
ほら、覚えているわけないじゃないか。
落胆してしまった自分を嗤う。
「ところでここらではお見かけない方ですね。どちらからいらっしゃったのです?」
「……スーラです」
緊張で声がうわずった。
「ああ、なるほど。だから髪が綺麗な銀色なのですね。では、モントペリーエルを飲んだことは?」
同じ会話を、以前にもしたことがある。忘れるはずはない。息ができないまま、サニは顔を上げた。
「南部の山脈から湧き出る炭酸にハーブシロップを加えた、国名産の飲み物なんです。まだなら、是非飲んでみてください」
初めてリエイムと出会った日の、彼の口調や表情がぴったりと重なった。抑揚のある声、強い意志を感じる大きな二重の瞳に圧倒されたことを、時を一瞬にして遡ったように、鮮明に思い出す。運ばれてきた緑の液体を見て、サニはせり上がってくるものをぐっとこらえた。一口飲んで、「美味しいです」とどうにか口にする。
「それはよかった」
満遍の笑みに、大きなえくぼを見つけてしまうと、もうだめだった。
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