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第2話:どんなことを言われましたの?
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それにしても、クリス様が女性にプレゼントですか。それはさぞかし――
「あら、でしたら大変だったでしょう? 何度も何度もお礼を言わされたのではなくて?」
「っ!?」
同情するように私が尋ねると、ミア嬢は驚いたように目を見開きました。やっぱり思った通りのようです。
彼女は栗色の毛先を弄りながら、取り繕うような笑みを浮かべました。
「えーっとぉ、それはわたしがほんとに感謝してるからでぇ、言わされたとかじゃないですよぉ」
そう言いますが、動揺のせいかミア嬢の目は泳いでいます。感謝の言葉を催促された回数を、思い出して数えているのかもしれません。
誤魔化しの笑みも、まるで苦笑いのようでした。
「そうですわね。本当に面倒な男でしょう? 受け取ったときだけじゃなく、その次の日も、そのまた次の日も、今日この会場に入る前にも、お礼を言わされたのかしら。何しろ、とても素敵なドレスですものね?」
そう言いながらクリス様のほうを見てみると、彼は顔を真っ赤にして小刻みに震えておりました。言いたいことがあるならば仰ってみればよろしいのに。
もしかするとドレスのことを話題に出されて、言い返すのを我慢しているのでしょうか? あまり話を広げられたくないのかもしれません。……どういう神経をしているのでしょうね? この男。
ミア嬢は「えっとぉ」と口の中で言葉を転がしたあと、ふいに何か楽しいことでも思い付いたかのように、ニンマリと口の端を持ち上げました。そして、微妙にサイズの合っていないドレスの胸元を威張るように逸らしてみせます。
「わたしはクリス様のそういう面倒くさいところも、可愛らしいと思いますよぉ! レイチェル様には真実の愛がないから、分からないだけなのです!」
「あら、面倒くさいというのはお認めになりますのね?」
「えっ!? あ……」
しまった! というような表情で、ミア嬢が両手で口元を押さえたときでした。
「何だと! ミア、きみまでこの俺を馬鹿にするつもりか!!」
急に拳を振り上げたクリス様が、大きな声で怒鳴りました。
ミア嬢は「ひっ!?」と声を漏らして、肩を竦み上がらせ彼から体を離します。
彼女はクリス様がキレやすい人だということを知らなかったのでしょうか? 仕方なく婚約者になって差し上げていた私と違い、真実の愛とやらがあるなら把握していそうなものですけれど。
婚約破棄を言い渡されたばかりとはいえ、クリス様は私の関係者ですので、このような場で暴力沙汰を起こされては困ります。
私はさりげなくクリス様とミア嬢の間に割り込みながら、そのことについても聞いてみることにしました。
「あら? クリス様は女性から〝可愛い〟と言われるのがお嫌いなんですのよ? 何だか見下された気がするそうで。ご存じありませんでしたの?」
「ええっ!? そんなの……。えっとぉ、話してると、たまにいきなり不機嫌になるなぁとは思ってましたけどぉ。でもそれ、わたしは悪くないですよねぇ?」
ミア嬢は私の後ろに隠れるようにして、媚びるように尋ねてきました。ひとの婚約者を奪っておいて、その相手に守ってもらうつもりなのでしょう。
正直どうでもいいとは思いましたが、私は優しげな表情を作って頷きました。
「そうですわね。無駄にプライドの高いこの男が狭量なだけですわ」
「ふざけるな!! たかが男爵家の女ごときが、伯爵家の嫡男であるこの俺を狭量だと!!」
「心の狭さに爵位は関係ありませんわね」
他ならぬクリス様ご自身がそれを証明しております。
もちろん、貴族たるもの気高い心と広い度量は持っていてしかるべきものなのですが……その意味を履き違えると、逆に彼のような小物になってしまうのですね。私も気を付けなくてはなりません。
「それにしても『たかが男爵家』ですか……。よくその口で私に向かってそう言えますわね。もしかすると、モートンさんは普段からそう言われておりまして?」
「あ、はい。……いやっ!? 違くて、えっとぉ、遠回しに言われたりとかは、するかもですぅ」
「あらあら、それは大変ですわねぇ」
「……はい」
何だか彼女と話していると、間延びした口調がうつってしまいそうです。
内容を相手に合わせて喋るのは商売の基本なので今はこれでいいですけれど、他の方々と話すときには切り替えないといけませんね。
とはいえこのようなぼんやりとした話し方の、しかも『真実の愛』とやらのあるらしいミア嬢でも、内心ではクリス様に不満があるようです。まあ、それはそうだろうな……と思いながらも、興味が湧いたのでもう少し尋ねてみます。
「クリス様はご自分がお馬鹿であらせられるのに、他人を馬鹿にすることを好むとてもおかしな方ですからね。遠回しにどんなことを言われたのかしら? 私もこの方のことはよく知っておりますもの、相談に乗れるかもしれませんわよ?」
「……なんだかレイチェル様って、お姉ちゃんみたいですぅ」
そうですか。私はあなたみたいな妹は願い下げですけれど。
着ているドレスの出どころが出どころですので、洒落になっておりませんわよ。
「何だ貴様ら! この俺を目の前にして陰口を叩くつもりなのかッ! これだから下賤な女という奴はッ!!」
「あなたこそ、周りをよくご覧になってくださいな」
「何だとッ! うッ!?」
怒鳴り散らすクリス様が周囲を見ると、他の貴族の方々は皆、冷めた視線を彼に浴びせかけておりました。
クリス様が手を出したら助けに入ろうというおつもりなのか、身構えている殿方の姿もちらほらと目に付きます。ミア嬢はそういった方好みの性格と見た目のようですし、私もそれなりには人目を惹く容姿であると自負しているので、いいところを見せるチャンスだと考えているのかもしれませんね。
「それに私たちは談笑をしているだけですのよ? まさか社交界に来た令嬢に、お話をするなと仰るつもり?」
「ぐッ、それは……だが……」
クリス様が真っ赤な顔をうつむかせると、まだブツブツと小声で文句を言おうとする彼を心なし睨みつけながら、ミア嬢が喋り始めました。
「えっとぉ、前にクリス様が、魚料理をごちそうしてくれたときなんですけどぉ……」
「あら、でしたら大変だったでしょう? 何度も何度もお礼を言わされたのではなくて?」
「っ!?」
同情するように私が尋ねると、ミア嬢は驚いたように目を見開きました。やっぱり思った通りのようです。
彼女は栗色の毛先を弄りながら、取り繕うような笑みを浮かべました。
「えーっとぉ、それはわたしがほんとに感謝してるからでぇ、言わされたとかじゃないですよぉ」
そう言いますが、動揺のせいかミア嬢の目は泳いでいます。感謝の言葉を催促された回数を、思い出して数えているのかもしれません。
誤魔化しの笑みも、まるで苦笑いのようでした。
「そうですわね。本当に面倒な男でしょう? 受け取ったときだけじゃなく、その次の日も、そのまた次の日も、今日この会場に入る前にも、お礼を言わされたのかしら。何しろ、とても素敵なドレスですものね?」
そう言いながらクリス様のほうを見てみると、彼は顔を真っ赤にして小刻みに震えておりました。言いたいことがあるならば仰ってみればよろしいのに。
もしかするとドレスのことを話題に出されて、言い返すのを我慢しているのでしょうか? あまり話を広げられたくないのかもしれません。……どういう神経をしているのでしょうね? この男。
ミア嬢は「えっとぉ」と口の中で言葉を転がしたあと、ふいに何か楽しいことでも思い付いたかのように、ニンマリと口の端を持ち上げました。そして、微妙にサイズの合っていないドレスの胸元を威張るように逸らしてみせます。
「わたしはクリス様のそういう面倒くさいところも、可愛らしいと思いますよぉ! レイチェル様には真実の愛がないから、分からないだけなのです!」
「あら、面倒くさいというのはお認めになりますのね?」
「えっ!? あ……」
しまった! というような表情で、ミア嬢が両手で口元を押さえたときでした。
「何だと! ミア、きみまでこの俺を馬鹿にするつもりか!!」
急に拳を振り上げたクリス様が、大きな声で怒鳴りました。
ミア嬢は「ひっ!?」と声を漏らして、肩を竦み上がらせ彼から体を離します。
彼女はクリス様がキレやすい人だということを知らなかったのでしょうか? 仕方なく婚約者になって差し上げていた私と違い、真実の愛とやらがあるなら把握していそうなものですけれど。
婚約破棄を言い渡されたばかりとはいえ、クリス様は私の関係者ですので、このような場で暴力沙汰を起こされては困ります。
私はさりげなくクリス様とミア嬢の間に割り込みながら、そのことについても聞いてみることにしました。
「あら? クリス様は女性から〝可愛い〟と言われるのがお嫌いなんですのよ? 何だか見下された気がするそうで。ご存じありませんでしたの?」
「ええっ!? そんなの……。えっとぉ、話してると、たまにいきなり不機嫌になるなぁとは思ってましたけどぉ。でもそれ、わたしは悪くないですよねぇ?」
ミア嬢は私の後ろに隠れるようにして、媚びるように尋ねてきました。ひとの婚約者を奪っておいて、その相手に守ってもらうつもりなのでしょう。
正直どうでもいいとは思いましたが、私は優しげな表情を作って頷きました。
「そうですわね。無駄にプライドの高いこの男が狭量なだけですわ」
「ふざけるな!! たかが男爵家の女ごときが、伯爵家の嫡男であるこの俺を狭量だと!!」
「心の狭さに爵位は関係ありませんわね」
他ならぬクリス様ご自身がそれを証明しております。
もちろん、貴族たるもの気高い心と広い度量は持っていてしかるべきものなのですが……その意味を履き違えると、逆に彼のような小物になってしまうのですね。私も気を付けなくてはなりません。
「それにしても『たかが男爵家』ですか……。よくその口で私に向かってそう言えますわね。もしかすると、モートンさんは普段からそう言われておりまして?」
「あ、はい。……いやっ!? 違くて、えっとぉ、遠回しに言われたりとかは、するかもですぅ」
「あらあら、それは大変ですわねぇ」
「……はい」
何だか彼女と話していると、間延びした口調がうつってしまいそうです。
内容を相手に合わせて喋るのは商売の基本なので今はこれでいいですけれど、他の方々と話すときには切り替えないといけませんね。
とはいえこのようなぼんやりとした話し方の、しかも『真実の愛』とやらのあるらしいミア嬢でも、内心ではクリス様に不満があるようです。まあ、それはそうだろうな……と思いながらも、興味が湧いたのでもう少し尋ねてみます。
「クリス様はご自分がお馬鹿であらせられるのに、他人を馬鹿にすることを好むとてもおかしな方ですからね。遠回しにどんなことを言われたのかしら? 私もこの方のことはよく知っておりますもの、相談に乗れるかもしれませんわよ?」
「……なんだかレイチェル様って、お姉ちゃんみたいですぅ」
そうですか。私はあなたみたいな妹は願い下げですけれど。
着ているドレスの出どころが出どころですので、洒落になっておりませんわよ。
「何だ貴様ら! この俺を目の前にして陰口を叩くつもりなのかッ! これだから下賤な女という奴はッ!!」
「あなたこそ、周りをよくご覧になってくださいな」
「何だとッ! うッ!?」
怒鳴り散らすクリス様が周囲を見ると、他の貴族の方々は皆、冷めた視線を彼に浴びせかけておりました。
クリス様が手を出したら助けに入ろうというおつもりなのか、身構えている殿方の姿もちらほらと目に付きます。ミア嬢はそういった方好みの性格と見た目のようですし、私もそれなりには人目を惹く容姿であると自負しているので、いいところを見せるチャンスだと考えているのかもしれませんね。
「それに私たちは談笑をしているだけですのよ? まさか社交界に来た令嬢に、お話をするなと仰るつもり?」
「ぐッ、それは……だが……」
クリス様が真っ赤な顔をうつむかせると、まだブツブツと小声で文句を言おうとする彼を心なし睨みつけながら、ミア嬢が喋り始めました。
「えっとぉ、前にクリス様が、魚料理をごちそうしてくれたときなんですけどぉ……」
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