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第2話
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「レイナ・ソファン! お前との婚約は破棄させてもらう! 俺は俺自身の魅力と力で、真実の愛を見つけたからなっ!」
またですか……。
と、私は溜息を飲み込みました。
少しだけ肌寒くなってきた、花楸樹の木に赤い実が色づき始める季節。
急に屋敷を訪れたアード・タルファン様は、出会い頭にふんぞり返ってそう言いました。
彼が”真実の愛”を見つけるのは、これで八回目になります。
初めの頃は驚き、取り乱していた私ですが、こう何度も続くと気持ちを押し殺すのにも慣れてきました。
努めて表情を崩さないよう気をつけながら、彼の顔を真っ直ぐに見つめ返します。
赤みがかった黒髪に、同じく赤みを帯びた茶色の瞳。
タルファン伯爵家の嫡男である彼が、炎系統の魔術に秀でていることを示す身体的特徴です。
そしてそれが、同じく炎系統の家系であるソファン家の私が、両親から彼との結婚を決められている理由でした。
この世界において、貴族を貴族たらしめている”力”の源は魔法です。
有事の際に、戦争を有利に運べる力。
民が反乱を目論んだときには、それらを薙ぎ払い、王族を守ることのできる力。
実際に戦場に立つことはなくとも、魔力の強さは伝統的に、貴族としての格付けに大きく影響します。
なので私たち貴族はその強さを保ち高めるため、昔から同系統の”魔力”と”家柄”を持つ者同士で婚姻を結ぶ決まりとなっておりました。
ですから私はアード様を見つめたまま、落ち着いた口調で尋ねます。
「そうですか。お相手はどこのどなたですか? タルファン家とつり合いの取れる”炎”の家柄なんて、私はソファン家以外に知りませんけど……」
「家柄? ハッ! くだらないな! お前はいまだに、そんな古臭い考えに縛られているのか? この俺はお前のような、父上たちの操り人形なんかじゃないんだ。誰と結婚しようが勝手だろうが!」
……それについては、私も同意見です。
でも、だからといってこの方は、幼少の頃から婚約者としてずっと付き合ってきた私に対し、なにも思うところはないのでしょうか?
――いけません。
私は泣くのをこらえます。
この方は私が涙を見せてしまうと、さも愉快そうにニヤリと意地悪く微笑むのです。
一度目の”浮気”のときのような失敗は、もうしないと固く心に決めたのでした。
「……でしたら、それを直接お父様たちに伝えてみてはいかがでしょうか? 私とアード様との婚約は、私たちの両親が書面を交わして決めたことです」
「ああ、そうだな。だがお前の父上は、本日は生憎と留守にしているようじゃあないか? 俺は運命の相手であるシルヴィア嬢と、真実の愛を育むのに忙しい。婚約の破棄は、お前の口から伝えておけよ」
白々しい。
私は呆れが表情にでてしまわないように、ぐっと奥歯を噛み締めました。
アード様は先ほど私に言った、私たちの婚約は”古臭い考え”だというその言葉を、直接お父様たちに面と向かって伝えるのが怖いのです。
だからわざわざお父様のいない日取りを狙って、約束もなく屋敷を訪れたのでしょう。
「シルヴィア? 今度のお相手は、子爵家のシルヴィア・ハーキンス嬢なのですか?」
「その通り。”風”のハーキンス家のシルヴィア嬢だ! 彼女は俺を立ててくれるし、お前なんかよりずっと魅力的な女性だよ。それに”炎”と”風”は相性がいい。父上たちだって、文句を言ったりできないはずさ」
その証拠に”古臭い考え”に対する言い訳を、彼はしっかりと用意しているようでした。
今度の、と私の言った皮肉に気づくこともなく、アード様は得意げに胸を張ってこちらに一歩近づきます。そして、威圧するように見下ろしてきました。
「そういうわけで話は終わりだ。お前の父上には、お前が自分でちゃんと事情を伝えておけ。……言っておくが、誤解を招くような言い方をするなよ?」
幼い頃は私のほうが背の高い時期もありましたが、今では頭ひとつぶんほどアード様のほうが大きいです。
それに相手は男性なので、こうして近い距離から見下ろされ低い声音で言いつけられると、恐怖で心が委縮してしまいそうでした。
それでもなんとか、私は彼を見つめ返して問いかけます。――アード様の瞳には、嘲りの色が滲んでいました。
「……誤解とは?」
「決まっているだろう。お前は俺の運命の相手ではなく、ただ勝手に押しつけられただけの婚約者だ。被害者ぶって、あることないこと言うんじゃないぞと忠告している」
「あることないこと? そもそもあなたが――っ、」
「話は終わりだと言っただろう」
トン、と私の肩を突き飛ばして、アード様は去っていきます。
彼にとっては軽い力のつもりでしょうが、私はふらつき、それ以上の言葉を呑み込みました。
またですか……。
と、私は溜息を飲み込みました。
少しだけ肌寒くなってきた、花楸樹の木に赤い実が色づき始める季節。
急に屋敷を訪れたアード・タルファン様は、出会い頭にふんぞり返ってそう言いました。
彼が”真実の愛”を見つけるのは、これで八回目になります。
初めの頃は驚き、取り乱していた私ですが、こう何度も続くと気持ちを押し殺すのにも慣れてきました。
努めて表情を崩さないよう気をつけながら、彼の顔を真っ直ぐに見つめ返します。
赤みがかった黒髪に、同じく赤みを帯びた茶色の瞳。
タルファン伯爵家の嫡男である彼が、炎系統の魔術に秀でていることを示す身体的特徴です。
そしてそれが、同じく炎系統の家系であるソファン家の私が、両親から彼との結婚を決められている理由でした。
この世界において、貴族を貴族たらしめている”力”の源は魔法です。
有事の際に、戦争を有利に運べる力。
民が反乱を目論んだときには、それらを薙ぎ払い、王族を守ることのできる力。
実際に戦場に立つことはなくとも、魔力の強さは伝統的に、貴族としての格付けに大きく影響します。
なので私たち貴族はその強さを保ち高めるため、昔から同系統の”魔力”と”家柄”を持つ者同士で婚姻を結ぶ決まりとなっておりました。
ですから私はアード様を見つめたまま、落ち着いた口調で尋ねます。
「そうですか。お相手はどこのどなたですか? タルファン家とつり合いの取れる”炎”の家柄なんて、私はソファン家以外に知りませんけど……」
「家柄? ハッ! くだらないな! お前はいまだに、そんな古臭い考えに縛られているのか? この俺はお前のような、父上たちの操り人形なんかじゃないんだ。誰と結婚しようが勝手だろうが!」
……それについては、私も同意見です。
でも、だからといってこの方は、幼少の頃から婚約者としてずっと付き合ってきた私に対し、なにも思うところはないのでしょうか?
――いけません。
私は泣くのをこらえます。
この方は私が涙を見せてしまうと、さも愉快そうにニヤリと意地悪く微笑むのです。
一度目の”浮気”のときのような失敗は、もうしないと固く心に決めたのでした。
「……でしたら、それを直接お父様たちに伝えてみてはいかがでしょうか? 私とアード様との婚約は、私たちの両親が書面を交わして決めたことです」
「ああ、そうだな。だがお前の父上は、本日は生憎と留守にしているようじゃあないか? 俺は運命の相手であるシルヴィア嬢と、真実の愛を育むのに忙しい。婚約の破棄は、お前の口から伝えておけよ」
白々しい。
私は呆れが表情にでてしまわないように、ぐっと奥歯を噛み締めました。
アード様は先ほど私に言った、私たちの婚約は”古臭い考え”だというその言葉を、直接お父様たちに面と向かって伝えるのが怖いのです。
だからわざわざお父様のいない日取りを狙って、約束もなく屋敷を訪れたのでしょう。
「シルヴィア? 今度のお相手は、子爵家のシルヴィア・ハーキンス嬢なのですか?」
「その通り。”風”のハーキンス家のシルヴィア嬢だ! 彼女は俺を立ててくれるし、お前なんかよりずっと魅力的な女性だよ。それに”炎”と”風”は相性がいい。父上たちだって、文句を言ったりできないはずさ」
その証拠に”古臭い考え”に対する言い訳を、彼はしっかりと用意しているようでした。
今度の、と私の言った皮肉に気づくこともなく、アード様は得意げに胸を張ってこちらに一歩近づきます。そして、威圧するように見下ろしてきました。
「そういうわけで話は終わりだ。お前の父上には、お前が自分でちゃんと事情を伝えておけ。……言っておくが、誤解を招くような言い方をするなよ?」
幼い頃は私のほうが背の高い時期もありましたが、今では頭ひとつぶんほどアード様のほうが大きいです。
それに相手は男性なので、こうして近い距離から見下ろされ低い声音で言いつけられると、恐怖で心が委縮してしまいそうでした。
それでもなんとか、私は彼を見つめ返して問いかけます。――アード様の瞳には、嘲りの色が滲んでいました。
「……誤解とは?」
「決まっているだろう。お前は俺の運命の相手ではなく、ただ勝手に押しつけられただけの婚約者だ。被害者ぶって、あることないこと言うんじゃないぞと忠告している」
「あることないこと? そもそもあなたが――っ、」
「話は終わりだと言っただろう」
トン、と私の肩を突き飛ばして、アード様は去っていきます。
彼にとっては軽い力のつもりでしょうが、私はふらつき、それ以上の言葉を呑み込みました。
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