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第4話
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「なるほど、今度はシルヴィア嬢ですか」
空になったカップにお茶を注ぎ足しながら、ティディは平坦な声でそう言いました。
彼はいつも、私がお茶のおかわりを欲しいときにはなにも言わずとも注いでくれて、そうでないときには注ぎません。……どうやって見分けているのでしょうか? たまに不思議に思います。
「そう、ハーキンス家のシルヴィア嬢。……でも、いつから浮気していたのかしら? そんなそぶりはなかったように思うのだけど……」
これまでに何度も浮気を繰り返しているアード様。
なので、それを隠すのも上手くなってきているのかも……。
不安な気持ちを落ち着けようと、私はお茶を一口飲みます。
カモミールの甘い香りが、強張った心をほぐしていきます。
「恐らくは、三日前の社交界からでしょうね」
「っ、三日前!?」
――危ない。
口に含んだお茶を吹き出しそうになりました。
確かに、三日前に小さな社交界があったことは知っています。
でもアード様は出席しないと言っていたので、婚約者のエスコートなしとなる私はもちろん出席しませんでした。
というか、問題はそこではありません――いえ、そこも問題ではあるのですが――それよりアード様は、なんと三日前に仲良くなったばかりの女性を、真実の愛を交わした運命の相手だと私に言っていたのです。
「……たった三日で、私との婚約を破棄するほどに深い仲になったりする?」
「あるいは数時間でしょうか。社交界の間に親睦を交わし、お嬢様を捨てる決意をしたのでしょう」
「っ、あなた、さっきは私が傷ついてるって、心配してくれていたでしょうに」
「傷の処置は済んだようなので、次は転ばぬよう現実を見ることも必要かと」
「いじわるね……」
「いえいえ、レイナお嬢様のためを想ってでございます」
澄ました顔で、ティディはそう答えます。
先ほどは優しい態度をみせていましたが、普段の彼は私に対して、少し厳しいところもあるのです。主人に対して言いづらいはずのこともズバズバ言います。付き合いが長いせいかもしれません。
「……そんなに浅い関係なら、アード様の早とちりってこともあるんじゃないかしら? 私との婚約を破棄する理由は、シルヴィア嬢と婚約したいからなのでしょう? でも、たった三日でそんなこと……」
「お相手のシルヴィア嬢の男性の好みが、相当に悪くない限りはありえないと?」
「ねぇ、それ、遠回しに私も侮辱してないかしら? 彼は私の婚約者よ?」
「滅相もない」
肩を竦めてみせるティディ。
私は小さく溜息を吐きます。
「はぁ……。あれでも、いいところはあるんだから……」
「ほう、例えば?」
「…………私の誕生日パーティに、毎年出席してくれるところとか」
「なるほど、わたくし失念しておりました。そういえば去年のパーティでも、アード様は”運命のお相手”を見つけておりましたね。そのおかげで、お嬢様のご友人が減ったのでした」
「…………」
忘れたい過去をほじくり返さないで欲しいものです。
仲が良いと思っていた令嬢からの裏切りのせいで、人間不信に陥りかけた私を救ってくれたのはティディなので、あまり文句もいえませんけど……。
「もうっ、とにかく、そうじゃなくて! アード様がお父様たちに伝えてないのはともかくとして、お相手のシルヴィア嬢にもご両親はいらっしゃるでしょう? その方たちの許可が、たった三日で得られるのはおかしいって言ってるの!」
「そうでしょうか? ご理解のある両親なのかもしれません」
「貴族の結婚は家同士がするものよ。そりゃ確かに、子爵家が伯爵家と結婚できたら得でしょうけど……。というかそもそも、ハーキンス家はタルファン家の補佐としての子爵じゃないわ。仕えている別の伯爵家や侯爵家がなんと言うかしら? 少なくとも、簡単に許したりはしないものだと思うのだけど……」
「ですから、ご理解のある両親と主人なのでしょう」
「そんな安直に――あっ!」
「お気づきになられたようですね」
ティディの言葉に、私は目を見開きました。
真実の愛だとか、運命の相手だというアード様の言葉に心を揺さぶられ、平静を失っていたのかもしれません。
考えてみれば、これは安直な話です。
シルヴィア嬢は”ご理解のある”両親とその上の貴族に命ぜられ、彼に近づいたということでしょう。
私には「行かない」と言っていたはずの社交界にアード様が出席したことにも、なんらかの作為を感じます。
「ティディ、すぐに調べてちょうだい。タルファン家とソファン家の婚約が破談になって、なにか得をする貴族。もしくは、深い恨みを持っている者」
「毎度のことながら、些か骨が折れそうですな。多数の候補がいるでしょう」
「最近ので構わないわよ。それに、あまり大きな理由ならお父様たちが対処済みでしょうし、彼らの目に留まらない些細な事柄が原因なのかも」
「御意に。問題の解決に尽力しましょう」
私は深く息を吐きます。
冷めたお茶を飲み切ると、ティディが「おかわりをお持ちいたしましょう」とポットを手に背を向けました。
「……悪いわね。苦労をかけて」
呟くと、彼の返事が微かに私の耳を撫でます。
「……理由はどうあれ、捨てられるというのは悲しいものです。お嬢様には、そのような気持ちを味わって欲しくはありませんから」
空になったカップにお茶を注ぎ足しながら、ティディは平坦な声でそう言いました。
彼はいつも、私がお茶のおかわりを欲しいときにはなにも言わずとも注いでくれて、そうでないときには注ぎません。……どうやって見分けているのでしょうか? たまに不思議に思います。
「そう、ハーキンス家のシルヴィア嬢。……でも、いつから浮気していたのかしら? そんなそぶりはなかったように思うのだけど……」
これまでに何度も浮気を繰り返しているアード様。
なので、それを隠すのも上手くなってきているのかも……。
不安な気持ちを落ち着けようと、私はお茶を一口飲みます。
カモミールの甘い香りが、強張った心をほぐしていきます。
「恐らくは、三日前の社交界からでしょうね」
「っ、三日前!?」
――危ない。
口に含んだお茶を吹き出しそうになりました。
確かに、三日前に小さな社交界があったことは知っています。
でもアード様は出席しないと言っていたので、婚約者のエスコートなしとなる私はもちろん出席しませんでした。
というか、問題はそこではありません――いえ、そこも問題ではあるのですが――それよりアード様は、なんと三日前に仲良くなったばかりの女性を、真実の愛を交わした運命の相手だと私に言っていたのです。
「……たった三日で、私との婚約を破棄するほどに深い仲になったりする?」
「あるいは数時間でしょうか。社交界の間に親睦を交わし、お嬢様を捨てる決意をしたのでしょう」
「っ、あなた、さっきは私が傷ついてるって、心配してくれていたでしょうに」
「傷の処置は済んだようなので、次は転ばぬよう現実を見ることも必要かと」
「いじわるね……」
「いえいえ、レイナお嬢様のためを想ってでございます」
澄ました顔で、ティディはそう答えます。
先ほどは優しい態度をみせていましたが、普段の彼は私に対して、少し厳しいところもあるのです。主人に対して言いづらいはずのこともズバズバ言います。付き合いが長いせいかもしれません。
「……そんなに浅い関係なら、アード様の早とちりってこともあるんじゃないかしら? 私との婚約を破棄する理由は、シルヴィア嬢と婚約したいからなのでしょう? でも、たった三日でそんなこと……」
「お相手のシルヴィア嬢の男性の好みが、相当に悪くない限りはありえないと?」
「ねぇ、それ、遠回しに私も侮辱してないかしら? 彼は私の婚約者よ?」
「滅相もない」
肩を竦めてみせるティディ。
私は小さく溜息を吐きます。
「はぁ……。あれでも、いいところはあるんだから……」
「ほう、例えば?」
「…………私の誕生日パーティに、毎年出席してくれるところとか」
「なるほど、わたくし失念しておりました。そういえば去年のパーティでも、アード様は”運命のお相手”を見つけておりましたね。そのおかげで、お嬢様のご友人が減ったのでした」
「…………」
忘れたい過去をほじくり返さないで欲しいものです。
仲が良いと思っていた令嬢からの裏切りのせいで、人間不信に陥りかけた私を救ってくれたのはティディなので、あまり文句もいえませんけど……。
「もうっ、とにかく、そうじゃなくて! アード様がお父様たちに伝えてないのはともかくとして、お相手のシルヴィア嬢にもご両親はいらっしゃるでしょう? その方たちの許可が、たった三日で得られるのはおかしいって言ってるの!」
「そうでしょうか? ご理解のある両親なのかもしれません」
「貴族の結婚は家同士がするものよ。そりゃ確かに、子爵家が伯爵家と結婚できたら得でしょうけど……。というかそもそも、ハーキンス家はタルファン家の補佐としての子爵じゃないわ。仕えている別の伯爵家や侯爵家がなんと言うかしら? 少なくとも、簡単に許したりはしないものだと思うのだけど……」
「ですから、ご理解のある両親と主人なのでしょう」
「そんな安直に――あっ!」
「お気づきになられたようですね」
ティディの言葉に、私は目を見開きました。
真実の愛だとか、運命の相手だというアード様の言葉に心を揺さぶられ、平静を失っていたのかもしれません。
考えてみれば、これは安直な話です。
シルヴィア嬢は”ご理解のある”両親とその上の貴族に命ぜられ、彼に近づいたということでしょう。
私には「行かない」と言っていたはずの社交界にアード様が出席したことにも、なんらかの作為を感じます。
「ティディ、すぐに調べてちょうだい。タルファン家とソファン家の婚約が破談になって、なにか得をする貴族。もしくは、深い恨みを持っている者」
「毎度のことながら、些か骨が折れそうですな。多数の候補がいるでしょう」
「最近ので構わないわよ。それに、あまり大きな理由ならお父様たちが対処済みでしょうし、彼らの目に留まらない些細な事柄が原因なのかも」
「御意に。問題の解決に尽力しましょう」
私は深く息を吐きます。
冷めたお茶を飲み切ると、ティディが「おかわりをお持ちいたしましょう」とポットを手に背を向けました。
「……悪いわね。苦労をかけて」
呟くと、彼の返事が微かに私の耳を撫でます。
「……理由はどうあれ、捨てられるというのは悲しいものです。お嬢様には、そのような気持ちを味わって欲しくはありませんから」
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