どうしてわたくしを捨てたのですか?

九条 雛

文字の大きさ
8 / 18

第8話

しおりを挟む
「ところでレイナ。お前の従者のことなんだが……」

 前回の浮気から数日後、アード様は再び約束もなく屋敷を訪れました。

 まさかまた別の”運命の相手”を見つけたと言い出すのかと身構えましたが、どうやら今回は、ただ二人で庭園を歩きたいとのことでした。

 もしかすると、彼なりの謝罪のつもりなのかも……。
 そう楽観的に考えた私は、ティディを伴わずにアード様と二人きりで庭園を歩いています。

「従者というと、ティ……トリッドダストのことですか?」

「そうだ。あの薄気味の悪い男だ」

 問い返すと、アード様は苦々しげな顔で頷きました。
 私が彼を”ティディ”と愛称で呼びかけたことに、気がついたのかもしれません。

 それにしても、ティディが薄気味悪いだなんて。
 確かに些か作り物めいた美形ですので、黙ったまま佇んでいると人形みたいに見えるときもありますけれど……彼はちゃんと血の通った普通の人間ですよ? 冗談だって言いますし。

「彼がどうかしたのですか?」

「あー、なんだ、奴なんだがな……」

 歯切れ悪く、アード様は言葉を濁らせます。
 彼はやがてガシガシと勢いよく頭を掻いたのち、ペッと地面に唾を吐き捨て(うちの庭園なのですが……)、私に向かって言いました。

「あいつはクビにするべきだろう。いや、そもそも雇うべきではなかった。今までずっと、あんな奴がレイナの傍にいたのはおかしい」

「……え?」

 びっくりして、私は足を止めました。
 アード様も立ち止まり、じっと私を見つめてきます。

「え? じゃあない。どうしてあんな下賤の者が、ソファン家の屋敷に雇われているんだ。貴族としての品格を疑われるぞ」

「いえ、あの、ティディはおじい様が雇ったのです。それからずっと、私に仕えてくれています。なぜ突然、そんなことを仰るのですか?」

「ッ、お前はッ! いつもそうだな! この俺に対する口の利き方がなっちゃいないッ!!」

「えっ!? きゃっ!?」

 ふいに表情を一変させて、アード様は大きな声で怒鳴りました。
 反射的に身を竦ませた途端、両肩をガシリと掴まれます。

 口の利き方がなっていない、などと言われましても、彼の命令で様付けをして敬語も使っていますのに、これ以上どうしろと……。

「それになんだ、ティディだと? ええッ!? お前はあの男を、そんな愛称で呼んでいるのか!!」

「っ、そ、それは、幼いときからの習慣で、」

「なんだと!? そうか! ガキの頃から、お前は奴と浮気をしていたんだなッ!!」

「へっ!?」

 ……これはまさか、嫉妬でしょうか?
 そう思い、アード様の顔を窺います。
 彼はまるでドラゴンの首でも獲ったかのように、ニヤリと得意げに微笑みました。

「いいか! この尻軽女! 俺と結婚したいんだったら、今すぐ奴を屋敷から追い出せ! できないんなら、お前が浮気をしていると皆に言いふらしてやるからな!!」

 そして耳が痛くなるほどに、大声で私を怒鳴りつけます。

「……そんな、そんなこと、誰も信じるはずがありません!」

「ハッ! どうかな? それに信じる信じないじゃあない。この俺がそうだと言えばそうなんだ! この薄汚い浮気女めッ!」

 今さら思い知りました。
 彼が嫉妬してくれるだなんて、あまりにも愚かな発想だったと。
 アード様の指が食い込み、肩が、心が、痛みます……。

「大体、あんな不気味な奴を庇ってること自体が証拠じゃないか! 奴は俺を脅したんだぞ! 怪我もさせた! 奴のせいで、お前の婚約者は両膝を擦り剥いてしまったんだからなッ!!」

「け、怪我? どうしてそんな……」

「黙れ! お前には関係ない!」

 叫ぶようにそう言って、アード様は私から顔を逸らします。
 ティディが彼を害するだなんて、一体どういうことなのでしょうか……?

「っ!? クソッ!」

 ふいにハッとしたような表情を浮かべ、アード様は訝る私の両肩からさっと手を退けました。
 その場にしゃがみ込んでしまいそうになりながら、私は視線をアード様の見ているほうへと向かわせます。

「……ティディ」

「あいつめ、また監視してやがったな!」

 監視? どういうことでしょう?
 とにかく屋敷の入り口からは、ティディがこちらへ駆け寄ってきているようでした。恐らくはアード様の大きな怒鳴り声を聞きつけて、慌てて様子を見にきたのだと思います。

「きょ、今日のところはもう帰る! だがレイナ! 俺が次に来るときまでに、あいつをクビにしておけよ! 婚約者としての命令だからな! お前が誰を愛しているのか、よく考えておくんだなッ!」

「……え、」

 喚くようにそう言って、アード様は走って庭園から出ていきました。
 その場に残された私は一人、駆け寄ってくるティディの姿を見つめながら、言われた言葉を復唱します。

「…………私が誰を、愛しているか……?」 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

婚約破棄を伝えられて居るのは帝国の皇女様ですが…国は大丈夫でしょうか【完結】

恋愛
卒業式の最中、王子が隣国皇帝陛下の娘で有る皇女に婚約破棄を突き付けると言う、前代未聞の所業が行われ阿鼻叫喚の事態に陥り、卒業式どころでは無くなる事から物語は始まる。 果たして王子の国は無事に国を維持できるのか?

「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして

東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。 破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。

婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。 幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、 いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。 そして――年末の舞踏会の夜。 「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」 エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、 王国の均衡は揺らぎ始める。 誇りを捨てず、誠実を貫く娘。 政の闇に挑む父。 陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。 そして――再び立ち上がる若き王女。 ――沈黙は逃げではなく、力の証。 公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。 ――荘厳で静謐な政略ロマンス。 (本作品は小説家になろう、カクヨムにも掲載中です)

【完結】え?今になって婚約破棄ですか?私は構いませんが大丈夫ですか?

ゆうぎり
恋愛
カリンは幼少期からの婚約者オリバーに学園で婚約破棄されました。 卒業3か月前の事です。 卒業後すぐの結婚予定で、既に招待状も出し終わり済みです。 もちろんその場で受け入れましたよ。一向に構いません。 カリンはずっと婚約解消を願っていましたから。 でも大丈夫ですか? 婚約破棄したのなら既に他人。迷惑だけはかけないで下さいね。 ※ゆるゆる設定です ※軽い感じで読み流して下さい

『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』

鷹 綾
恋愛
「お前のようなガキは嫌いだ」 幼く見える容姿を理由に、婚約者ライオネルから一方的に婚約を破棄された 公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルク。 その夜、嫉妬に狂った伯爵令嬢に突き落とされ、 彼女は一年もの間、意識不明の重体に陥る――。 目を覚ました彼女は、大人びた美貌を手に入れていた。 だが、中身は何ひとつ変わっていない。 にもかかわらず、 かつて彼女を「幼すぎる」と切り捨てた元婚約者は態度を一変させ、 「やり直したい」とすり寄ってくる。 「見かけが変わっても、中身は同じです。 それでもあなたは、私の外見しか見ていなかったのですね?」 静かにそう告げ、シルフィーネは過去を見限る。 やがて彼女に興味を示したのは、 隣国ノルディアの王太子エドワルド。 彼が見ていたのは、美貌ではなく―― 対話し、考え、異論を述べる彼女の“在り方”だった。 これは、 外見で価値を決められた令嬢が、 「選ばれる人生」をやめ、 自分の意思で未来を選び直す物語。 静かなざまぁと、 対等な関係から始まる大人の恋。 そして―― 自分の人生を、自分の言葉で生きるための物語。 ---

婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します

けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」 婚約者として五年間尽くしたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。 他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。 だが、彼らは知らなかった――。 ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。 そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。 「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」 逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。 「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」 ブチギレるお兄様。 貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!? 「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!? 果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか? 「私の未来は、私が決めます!」 皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

処理中です...