どうしてわたくしを捨てたのですか?

九条 雛

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第15話

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「さて、トリッドダストよ。おぬし、儂に本当の力を隠しておったな?」

「――がぁぁぁッ、はァぐッ、痛ぃひぃぃぃッッッ!」

「喧しい」

 パチン、とタルファン伯爵が指を鳴らすと、アードの炎枷が消滅しました。
 代わりに彼は「ごひゅッ!?」と呻き、それっきり声を発しなくなります。

「儂らがここにいることが、解せぬといった眼差しをしておる。貴様が儂らの留守を狙って訪れるなら、偽の情報を流してやれば済むことだろうに」

「不肖のせがれなど今はどうでもよい。それよりも”精霊詠み”、その本来ののことだ」

「然り」

 お父様たちはアードにはもはや興味を失った様子で、観察するような視線をティディへと移しました。
 ティディは恭しく礼の姿勢をとったまま、平坦な声で答えます。

「大変申し訳ございません。ですが、お嬢様をお守りする精霊の力は、そもそもにして使わねばならぬ状況に陥らぬことこそが、わたくし本来の務めと心得ておりましたゆえ」

「よい。優れた魔術師は奥の手を隠しておくものだ。……だが、従者としてはどうであろうな?」

「面目次第もございません」

 ソファン伯爵――私のお父様が、ティディを責めるようなことを言います。
 私はキッとお父様を睨みつけ、勇気を出して意見しました。

「お父様! ティディは私を守ってくれたのよ! 力を隠していただとか、そんなことどうでもいいでしょう!」

「そのために雇っておる。そしてこやつの言うように、初めからお前を危険に晒さぬことこそが、よい従者の条件である」

「そんな言い方……!」

 お父様は、まさかティディをクビにするつもりなのでしょうか?
 不安になる私をよそに、今度はタルファン伯爵が、興味深そうにティディの手を覗き込みます。

「礼はもうよい、顔を上げよ。そしてもっとよく掌を見せてみろ。先ほどは、その手で炎を弾いたのか? いや、消し去っているようにも思えたな。儂の炎も消せるのか? 杖の精霊はどうやって黙らせた?」

「……杖の精霊は対話によって。――炎を消したのは、前当主様がご用意なされた宝珠の力でございます。わたくしの実力ではございません」

「先代のソファン卿か。”炎”以外にも傾倒しておったな。興味深い。あとでその宝珠とやらを見せてもらおう」

「わたくしの一存では決められません。あれは、お嬢様のぬいぐるみにしつらえられたものですので……」

「ふむ」

 くるりと、タルファン伯爵がこちらを向きます。
 私は背筋がゾッとしました。

 彼の見た目は人間です。でも、なにかが違うのです。
 一般的な貴族の装い。白髪混じりの赤黒い髪。皺の刻まれたかんばせには、相手を道具か魔法の的としかみなしていない、茶色い双眸がまるでガラス玉のようにはめ込まれておりました。

「のう、卿よ? 試してみるわけにはいかぬだろうか?」

「焼かれたいのか? 儂の娘だぞ」

「本音を言え」

「親父殿の宝珠の力か。確かに興味深い品ではある」

 恐らくですがお父様たちの話している内容は、私に彼らが炎の魔法を放ったとして、ティディが防げるかどうかの議論です。
 彼らがこのような方たちですから、アードは婚約破棄を直接自分で伝えようとはしませんでしたし、私も何度も浮気されていることを相談しなかったのです。

 でも、今は気後れなんてしていられません……!

「お父様、さっきの様子は見ていたでしょう? それに話もしたはずです。この人とは……アード・タルファンとは、婚約を破棄させてください!」

「無論だ。それは卿も納得しておる」

「うむ。ソファン家の血脈との縁は惜しいが、こやつがこれでは話にならぬ。一から教育をし直して、別の”炎”の血脈に売りつけることにしよう。なに、儂のせがれは、こやつのみではないのでな」

 床に転がり呻くアードをちらりと見てから、タルファン伯爵が頷きます。
 彼の言うほかの息子とは、アードの弟のことでしょう。今年で五歳だったはずです。家督を継ぐのは、その子になったようでした。

「ならばどうだろう? タルファン卿よ。そちらと儂の娘をつがわせてみては?」

「ほう? 儂は構わぬが、あと十年は待たねばならぬぞ?」

 ……え?
 と、私は目が点になりました。

 会ったこともないアードの弟と、婚約させられるということですか? それはちょっと、ないです。ありえません。十年も待つのも嫌ですし、私には愛している人がいます。

「お父様! 私は――っ」

「そこにいる、トリッドダストと結婚したいなどと言うつもりか? それはソファン家の”血”のことを、考えた上での発言なのか?」

「……血筋とか、魔力とか、そんなに重要なんですか?」

「然り」

 重苦しく、お父様は肯定しました。
 ティディが一歩前へ出て、静かですが、よく通る声で発言します。

「わたくしは、お嬢様を一生お守りしたいと考えております」

「よいだろう。それが従者としてならば」

「っ、僭越ながら、彼女を愛しているのです」

「……だから娘を自分によこせと?」

 お父様の体から、濃密な炎の魔力が噴き出しました。
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