どうしてわたくしを捨てたのですか?

九条 雛

文字の大きさ
16 / 18

第16話

しおりを挟む
 息苦しさに、私は眩暈を覚えます。
 お父様の魔力は、まだ実際の炎として顕現してはおりません。
 それなのに、まるで全身を炙られているかのような錯覚を起こしそうなのです。

「……どうすれば、認めていただけるでしょうか?」

 臆することなく、ティディがそう問いかけました。
 お父様は意外そうに片眉を上げ、隣で事の成り行きを見ているタルファン伯爵へ目を向けました。

「気概はあるようだ」

「ほう、健気な男ではないか。小鹿のように震えてもおらぬ。儂の愚息と違ってな」

 タルファン伯爵は感想を述べて、アードをギロリと一瞥します。
 彼はどうにかお父様たちから距離をとろうと、震える手足で床を掻いているようでした。真っ赤な跡が、痛々しい染みを作っております。

「のちほど、掃除の者をよこさせよう」

「構わぬ。そこなに任せるのでな」

「…………御意に」

 そうであろう? とばかりの視線を送られて、ティディは沈黙のあと頷きました。

 私はカッと、頭に血が上るのを感じました。
 お父様は、遠回しに彼にこう言っているのです。”お前の役割は従者である””娘との婚姻など認めない”と。

「お父様! その言い方はあまりに卑怯すぎます! それではティディは頷くしかないじゃないですか! 私は彼を愛しているのに、ずっと執事としてしか傍にいられないと言うつもりですか!」

「貴族の血脈を軽んじるでない」

 お父様はキッパリと、私の訴えを切り捨てました。
 低い声音で続けます。

「”力”を示すことのできぬ者に、ソファン家の家督を継がせるわけにはいかぬ」

「そんな……」

 ティディには”精霊詠み”の力があります。
 それは確かに、ソファン家が代々受け継ぐ”炎”の魔力とは違います。でも彼は、その力で私を守ってくれたのです。それでは不足だというのでしょうか。

「……問題は、身分ではなく”力”なのでございますか?」

 ティディが、なぜか少し訝しげに問いかけました。
 お父様は頷きます。

「そうだ。婿入りとしてならば、身分などあとでどうとでもなる。だが魔力を宿す血脈は、貴族として必要不可欠なものだ。儂はソファン家の血筋を、娘の我儘で潰えさせるわけにはいかぬ」

 ――我儘。
 私が愛する人と一緒になりたいと思うのは、ただの我儘なのでしょうか?

 ……いえ、そうかもしれません。
 伯爵家の娘として生まれたからには、その血を守る義務があります。
 それを理解しているからこそ、アードとの婚約を我慢していた部分もないわけではないのです。

「でも、お父様。ティディにだって、魔力はあります」

「知っている。”精霊詠み”、希少なものだ。だがそれは、本当にソファン家の血脈に取り込む価値のある”力”なのか?」

「私を守ってくれました……!」

「それは親父殿の宝珠の力だ。こやつ自身の力はどうだ?」

「ティディは……っ!」

「お嬢様、よいのです」

「――っ!?」

 ふいにティディが、緩くかぶりを振りました。
 彼が諦めてしまったら、私は想い人と結ばれぬまま、アードの弟の婚約者にされてしまいます。
 自分の気持ちを自覚した今、彼と離れ離れになることはないとはいえ、そんなのは耐えられそうにありません。

 しかしティディは透き通るようなアイスブルーの瞳に、強い意思を宿してお父様を見据えました。

「……わたくしが、お二方に”力”を示せばよろしいのでしょう。そのように、機会を与えてくださっていると愚考いたします」

「ほう……!」

 お父様が獰猛な笑みを浮かべます。
 その傍らで、同じ表情をしたタルファン伯爵がコキリと肩を鳴らしました。

「面白い。愉快だ。のう、卿よ? こやつは今”お二方”と宣ったぞ。儂も試してよいのだろう?」

「致し方ない。吐いた唾は呑めぬものだ」

「っ!? そんな、やめてッ!」

 二人が、ティディに向かって掌を向けます。
 私が割り込もうとすると、やんわりと肩に触れられました。

「お嬢様、下がっていてください。大丈夫、わたくしはきっと耐えてみせます」

「だめっ! だめよ、そんなの! 私が炎の的になるわ! そうしたらあなたは防げるのでしょう!?」

「あなた様の身を、危険に晒したくはありません。それにそれでは、わたくしの”力”とは認めていただけないでしょう」

「だめだったらっ! あなたが死んだら、私はもう生きていけないのっ!」

「そのようなことを仰らないでください。わたくしも、死ぬつもりはございません」

 ティディは優しく微笑んで、安心させるように頷いてみせます。
 そんなふうに言われても、お父様たちの炎を浴びて無事に済むとは思えません……!

「だめ、意地にならないでっ! もう、もういいから。我慢するから。たとえ結婚できなくても、一緒にはずっといられるでしょう? それで――」

「レイナ」

 軽く肩を抱き寄せられて、ティディに名前を呼ばれました。
 固まる私の耳元で、小さな声で囁かれます。

「信じてください。この愛は、感情は、わたくし自身が証明しなくてはならないのです」

「……っ」

 私はもうなにも言えずに、離れるティディを呆然と見つめるだけでした。
 動かない私から距離を置き、お父様たちが、彼に魔力のこもった掌を向けます。

「では、始めるとしよう」

 そう、お父様が宣言したとき――。

「あなたたち、いい加減になさってください! レイナが泣きそうではありませんの……!」

 お母様の怒声が響き渡りました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

婚約破棄を伝えられて居るのは帝国の皇女様ですが…国は大丈夫でしょうか【完結】

恋愛
卒業式の最中、王子が隣国皇帝陛下の娘で有る皇女に婚約破棄を突き付けると言う、前代未聞の所業が行われ阿鼻叫喚の事態に陥り、卒業式どころでは無くなる事から物語は始まる。 果たして王子の国は無事に国を維持できるのか?

「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして

東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。 破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。

婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。 幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、 いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。 そして――年末の舞踏会の夜。 「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」 エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、 王国の均衡は揺らぎ始める。 誇りを捨てず、誠実を貫く娘。 政の闇に挑む父。 陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。 そして――再び立ち上がる若き王女。 ――沈黙は逃げではなく、力の証。 公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。 ――荘厳で静謐な政略ロマンス。 (本作品は小説家になろう、カクヨムにも掲載中です)

【完結】え?今になって婚約破棄ですか?私は構いませんが大丈夫ですか?

ゆうぎり
恋愛
カリンは幼少期からの婚約者オリバーに学園で婚約破棄されました。 卒業3か月前の事です。 卒業後すぐの結婚予定で、既に招待状も出し終わり済みです。 もちろんその場で受け入れましたよ。一向に構いません。 カリンはずっと婚約解消を願っていましたから。 でも大丈夫ですか? 婚約破棄したのなら既に他人。迷惑だけはかけないで下さいね。 ※ゆるゆる設定です ※軽い感じで読み流して下さい

『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』

鷹 綾
恋愛
「お前のようなガキは嫌いだ」 幼く見える容姿を理由に、婚約者ライオネルから一方的に婚約を破棄された 公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルク。 その夜、嫉妬に狂った伯爵令嬢に突き落とされ、 彼女は一年もの間、意識不明の重体に陥る――。 目を覚ました彼女は、大人びた美貌を手に入れていた。 だが、中身は何ひとつ変わっていない。 にもかかわらず、 かつて彼女を「幼すぎる」と切り捨てた元婚約者は態度を一変させ、 「やり直したい」とすり寄ってくる。 「見かけが変わっても、中身は同じです。 それでもあなたは、私の外見しか見ていなかったのですね?」 静かにそう告げ、シルフィーネは過去を見限る。 やがて彼女に興味を示したのは、 隣国ノルディアの王太子エドワルド。 彼が見ていたのは、美貌ではなく―― 対話し、考え、異論を述べる彼女の“在り方”だった。 これは、 外見で価値を決められた令嬢が、 「選ばれる人生」をやめ、 自分の意思で未来を選び直す物語。 静かなざまぁと、 対等な関係から始まる大人の恋。 そして―― 自分の人生を、自分の言葉で生きるための物語。 ---

婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します

けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」 婚約者として五年間尽くしたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。 他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。 だが、彼らは知らなかった――。 ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。 そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。 「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」 逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。 「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」 ブチギレるお兄様。 貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!? 「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!? 果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか? 「私の未来は、私が決めます!」 皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

処理中です...