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第17話
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私のお母様はとても物静かな人です。
普段は決してお父様に逆らうことなく、彼の傍らに黙って佇んでいるような方でした。
ですから、そんな彼女が声を荒げる姿など、私は過去に見たことがありません。
お母様は足早にこちらへ近寄って来ると、腰に手を当て全身から魔力を迸らせ憤慨しました。
「まったくもう! どうしてこの方たちは二人揃うと、ろくでもないことばかり始めるのかしら!」
私は腰を抜かしてしまいそうになりました。
だって今のお母様が纏う魔力は、お父様の軽く十倍ほどはありそうなのです。
「フランソワ……っ、こ、これは必要なことでだな……」
フランソワとは、お母様の名前です。
彼女はなにやらもごもごと口ごもるお父様を、厳しい声で叱りつけます。
「嘘おっしゃい! どうせ威厳を出して脅かそうなどと考えて、そのうち引くに引けなくなったのでしょう!」
「ち、違うぞ。儂はちゃんと、こっそり手加減しようと思っておったぞ!」
「そんなことをするくらいなら、最初から認めてあげたらどうなのですか!」
え……? 手加減……?
私の頭の中が疑問符でいっぱいになります。
お父様は、私とティディの結婚に反対していたはずなのでは……?
怒っているお母様を見るのも初めてですが、こんなにも狼狽しているお父様を見るのも初めてです。
ふとタルファン伯爵のほうへ目を向けると、彼は明後日の方角を向いてバツの悪そうに後ろ頭を掻いておりました。友人がイタズラを叱られている最中の子供みたいな姿です。
「タルファン卿、あなたもですよ! レイナが危ない目に遭わされたのは、あなたの監督不行き届きが原因でもあるんですからね!」
「わ、わかっておる。後日、慰謝料を……」
「そういう問題ではありません! 大体なんですか、浮気だなんて! 手足じゃなくて、腰にぶら下がっているものを焼き払ってしまいなさいな!」
「っ!? そ、それは困る! 非常に困る!」
「困りません! 浮気男のそれは焼き払うのがソファン家のしきたりです。今わたしが決めました!」
「なァッ!? い、いや、しかし、せがれは婚約を破棄されたのでな……」
「まあ、よく回る舌だこと。では、五歳の子供をレイナの婚約者にするなんてことも、当然するつもりはないのでしょうね?」
「む、無論じゃ……。歳が離れておるしのぅ」
ふん、と息を吐き出してから、お母様はこちらへ目を向けます。
繰り返しますが、私は腰を抜かしてしまいそうです。だって物凄い魔力です。息ができなくなりそうでした。
そんな様子に気がついたのか、ふっと、お母様の纏う魔力が和らぎました。
私は「……ひゅっ!」と呼吸を再開します。――どうやら”できなくなりそう”どころか、本当に止まっていたみたいです。
「レイナ、大丈夫? この方たちには、ちゃんとわたしが言い聞かせておきますからね」
「お母様……なぜ……?」
「大方、ご自分たちの決めた婚約が上手くいかなくて、へそを曲げていただけなのよ」
「いえ、そっちではなく……」
どうしてそんなに魔力が強いのかとか、普段は全然お父様に意見なんてしないのにとか、頭の中を疑問がぐるぐる回っております。
お母様はそんな私から視線を外すと、今度はティディに話しかけました。
「トリッドダスト。わたしはあなたも、自分の息子のように思っているのよ。だからこの方たちの悪ふざけに付き合って、あまり危ないことをしてはいけません」
「……御意に」
「でも、あなたが本当の息子になるだなんて、わたしはとても嬉しいわ! ちょっと試しに、お母様って呼んでみてくれないかしら?」
「い、いえ、しかし、旦那様の許可が……」
「この人は、最初から二人を許すつもりでしたよ。どうせ伯爵家の威厳がどうだとか、伝統がどうだとか考えて、つまらない茶番を演じていただけなのよ」
「さ、左様でございますか」
「もうっ! 話し方が固いわねぇ……。あなたはレイナの夫になるのに」
そんなやり取りをする二人。
私はなにやら項垂れているお父様を見て、気まずそうなタルファン伯爵を見て、それからお母様に視線を戻して問いかけました。
「あ、あの、いつもと全然、様子が違うみたいなのだけど……」
お母様は小首を傾げて答えます。
「そう? まあ、わたしがあまり口出しすると、この方は委縮してしまいますからね。可哀そうになってしまうから、普段は好きにさせているのよ。でも、レイナ。本当は、あなたにもこれくらいできるはずなのよ? だってソファン家は先祖代々、女のほうが強い家系なのですからね」
「え……」
無理ですよ! と思いつつ、ティディのほうへ目を向けます。
彼はなんだか、納得したように頷きました。なぜ!?
「なるほど、確かに。以前わたくしの部屋で、お嬢様に胸ぐらを掴まれ迫られたときの剣幕は――」
「わぁぁぁぁーーーーッ!?」
余計なことを言わなくていいです……!
普段は決してお父様に逆らうことなく、彼の傍らに黙って佇んでいるような方でした。
ですから、そんな彼女が声を荒げる姿など、私は過去に見たことがありません。
お母様は足早にこちらへ近寄って来ると、腰に手を当て全身から魔力を迸らせ憤慨しました。
「まったくもう! どうしてこの方たちは二人揃うと、ろくでもないことばかり始めるのかしら!」
私は腰を抜かしてしまいそうになりました。
だって今のお母様が纏う魔力は、お父様の軽く十倍ほどはありそうなのです。
「フランソワ……っ、こ、これは必要なことでだな……」
フランソワとは、お母様の名前です。
彼女はなにやらもごもごと口ごもるお父様を、厳しい声で叱りつけます。
「嘘おっしゃい! どうせ威厳を出して脅かそうなどと考えて、そのうち引くに引けなくなったのでしょう!」
「ち、違うぞ。儂はちゃんと、こっそり手加減しようと思っておったぞ!」
「そんなことをするくらいなら、最初から認めてあげたらどうなのですか!」
え……? 手加減……?
私の頭の中が疑問符でいっぱいになります。
お父様は、私とティディの結婚に反対していたはずなのでは……?
怒っているお母様を見るのも初めてですが、こんなにも狼狽しているお父様を見るのも初めてです。
ふとタルファン伯爵のほうへ目を向けると、彼は明後日の方角を向いてバツの悪そうに後ろ頭を掻いておりました。友人がイタズラを叱られている最中の子供みたいな姿です。
「タルファン卿、あなたもですよ! レイナが危ない目に遭わされたのは、あなたの監督不行き届きが原因でもあるんですからね!」
「わ、わかっておる。後日、慰謝料を……」
「そういう問題ではありません! 大体なんですか、浮気だなんて! 手足じゃなくて、腰にぶら下がっているものを焼き払ってしまいなさいな!」
「っ!? そ、それは困る! 非常に困る!」
「困りません! 浮気男のそれは焼き払うのがソファン家のしきたりです。今わたしが決めました!」
「なァッ!? い、いや、しかし、せがれは婚約を破棄されたのでな……」
「まあ、よく回る舌だこと。では、五歳の子供をレイナの婚約者にするなんてことも、当然するつもりはないのでしょうね?」
「む、無論じゃ……。歳が離れておるしのぅ」
ふん、と息を吐き出してから、お母様はこちらへ目を向けます。
繰り返しますが、私は腰を抜かしてしまいそうです。だって物凄い魔力です。息ができなくなりそうでした。
そんな様子に気がついたのか、ふっと、お母様の纏う魔力が和らぎました。
私は「……ひゅっ!」と呼吸を再開します。――どうやら”できなくなりそう”どころか、本当に止まっていたみたいです。
「レイナ、大丈夫? この方たちには、ちゃんとわたしが言い聞かせておきますからね」
「お母様……なぜ……?」
「大方、ご自分たちの決めた婚約が上手くいかなくて、へそを曲げていただけなのよ」
「いえ、そっちではなく……」
どうしてそんなに魔力が強いのかとか、普段は全然お父様に意見なんてしないのにとか、頭の中を疑問がぐるぐる回っております。
お母様はそんな私から視線を外すと、今度はティディに話しかけました。
「トリッドダスト。わたしはあなたも、自分の息子のように思っているのよ。だからこの方たちの悪ふざけに付き合って、あまり危ないことをしてはいけません」
「……御意に」
「でも、あなたが本当の息子になるだなんて、わたしはとても嬉しいわ! ちょっと試しに、お母様って呼んでみてくれないかしら?」
「い、いえ、しかし、旦那様の許可が……」
「この人は、最初から二人を許すつもりでしたよ。どうせ伯爵家の威厳がどうだとか、伝統がどうだとか考えて、つまらない茶番を演じていただけなのよ」
「さ、左様でございますか」
「もうっ! 話し方が固いわねぇ……。あなたはレイナの夫になるのに」
そんなやり取りをする二人。
私はなにやら項垂れているお父様を見て、気まずそうなタルファン伯爵を見て、それからお母様に視線を戻して問いかけました。
「あ、あの、いつもと全然、様子が違うみたいなのだけど……」
お母様は小首を傾げて答えます。
「そう? まあ、わたしがあまり口出しすると、この方は委縮してしまいますからね。可哀そうになってしまうから、普段は好きにさせているのよ。でも、レイナ。本当は、あなたにもこれくらいできるはずなのよ? だってソファン家は先祖代々、女のほうが強い家系なのですからね」
「え……」
無理ですよ! と思いつつ、ティディのほうへ目を向けます。
彼はなんだか、納得したように頷きました。なぜ!?
「なるほど、確かに。以前わたくしの部屋で、お嬢様に胸ぐらを掴まれ迫られたときの剣幕は――」
「わぁぁぁぁーーーーッ!?」
余計なことを言わなくていいです……!
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