どうしてわたくしを捨てたのですか?

九条 雛

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第18話:エピローグ

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「レイナお嬢様、カモミールのお茶をお持ちしました。スコーンに、お嬢様のお好きなアカシアの蜂蜜もございます」

「ティディ……」

 ある晴れた日の昼下がり。
 私が部屋でくつろいでいると、ノックのあと入ってきたティディが、お茶の用意を始めました。

「ありがとう。でも今日は、特に心を”消毒”しなきゃならないことはなかったけれど」

 最近は悩みごともなくなって、穏やかな日々を過ごしています。
 お母様と話す回数も増えて、お父様との関係も良好。……たまになぜか怯えたような目を向けられますけど、あの事件のことは私はもう怒っていません。結局のところ、お父様にも立場というものがあるということでしょうし。

「何事もない一日であったとしても、わたくしはお嬢様に笑顔を見せていただきたいのです。今のところ、こちらの品をご用意するのがその一番の方法ですので」

「その言い方だと、なんだか私が食いしん坊みたいじゃないの」

「いえいえ、滅相もない」

 ひょいと小さく肩を竦めて、ティディはおどけてそう言いました。
 やっぱりちょっといじわるだなと思いながらも、私は自然と笑顔になります。

「そういえば、明日タルファン家のご令息が訪れるそうです。歓待の準備をしなくてはなりませんね」

「あら? あの子、また来るのね」

 もうすぐ六歳になる、タルファン家の跡取り息子。
 私の後ろをついて歩いては、「将来はお姉ちゃんと結婚する!」と言い放ちます。兄と違って可愛いですが、ほんの少しだけ困った子です。……まあ、連絡をしてから訪れるだけ、アードよりずっと優秀ですけど。

「どうやらレイナお嬢様に、だいぶご執心のようですからね。僭越ながら、わたくしはたまに嫉妬してしまいそうになります」

「なにそれ? 相手はまだ五歳の子供よ。それにティディったら、相変わらず私を”お嬢様”だなんて。あなたはもう執事ではないのよ?」

「では、レイナ」

「ん……」

 私に軽く口づけをして、それからティディはお茶の用意の済んだテーブルを指し示しました。
 ほんの少しだけいじわるで、けれども優しい私の大事な旦那様。
 お茶を飲んだら、あとで一緒に庭園を歩くのもいいかもしれません。彼が嫉妬してしまうなら、今のうちにたくさん仲良くしておかないと。

 そんなことを考えていると、ふとティディが柔らかな笑みを浮かべました。
 彼の視線の先には小さなスツール。私も釣られてそちらを見ます。

「ねぇ、ティディ? 今でも自分の感情を、借り物なんて思っているの?」

「いいえ、レイナ。この気持ちはわたくしのものです。ですが”彼”には、とても感謝しております」

「ええ、私もよ。とても大事な、私の友達」

 そこには”彼”が座っております。
 少しだけ黄色がかった茶色い毛並みの、可愛いクマのぬいぐるみ。
 私はもう、二度と”彼”を捨てたりしません。

 ……ぬいぐるみはただ静かに、私たちを見守り続けておりました。
 

 ―― fin. ―― 
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