3 / 7
第3話
しおりを挟む
「今日はお前に、愉快な知らせを持ってきた」
「…………はい」
相変わらずの無表情で聖女は頷く――三食ほどよく食べさせられている影響で、以前よりややその頬は膨らみを帯びていた。
しかし未だに痩身のうちである。公爵からは食指が動かぬと言われ、凌辱まではされていない。今日も喰わされ飲まされた肉と野菜と鳥の卵と牛の乳が、その日までの砂時計の砂を確実に落とし続けてはいたが――
「教会での、お前の世話係の男がいたであろう?」
「…………はい」
公爵の男は赤銅色の髪の下、嗜虐心を顔に滲ませ告げる――今日こそは、この女の表情が歪む姿を見られるだろうと。
「どうやら随分と甲斐甲斐しく、お前に尽くしていたようではないか? 先日、お前の入浴の手伝いをしている侍女に聞いたのでな。――すぐにその男を捕らえ、首をギロチンで刎ね落としてやったわ!」
「…………はい」
「見物だったぞ? 恐怖に怯え失禁し、命乞いをする様は。――お前のことなどもうどうでもよいと、だから命だけは助けてくれと、涙を流して叫んでおったわ」
「……そうですか」
「どうした? ……チッ、笑え。命令だ」
反応の薄い聖女の様子に、目論見の外れた公爵は不機嫌そうに舌打ちをする。鋭い声音で強要されて、白銀髪の少女はピクリと頬を痙攣させた。
しかし、その顔は笑っているようには見えない。左右色彩違いの宝玉の瞳は、やはり虚ろなままであった。
「なんだそれは? それで笑っているつもりなのか?」
「……笑い方を、知りませぬ」
「フン。つまらぬ女だ。――俺が奴を殺したことで、なにか言いたいことがあるのではないか?」
「……いいえ」
「恨みつらみも、なにも無いと?」
――聖女はゆるりとかぶりを振った。
「……聖女がそのような感情を持つことは、主である神が認めません。教義で禁じられておりました」
「それもあの男が教えたのか?」
「…………はい」
聖女が小さく頷くと、公爵は心底不愉快そうに眉をひそめた。低い声音で彼女へ告げる。
「言っただろう。ここでは俺がお前のあるじで、そして俺の言葉こそが〝教義〟であると。――あの男に教え込まれたことは、すべて忘れ去るしかないと心得よ」
「…………わかりました」
「……チッ、まあいい。これでもう、お前を鞭で打つ者はこの世にいない。今夜はせいぜいぐっすり眠れ。お前には、うなされる権利もありはしないのだ」
「………………はい」
今にも消え入りそうな声で聖女が公爵に返事をすると、彼は本日は彼女の真名を聞き出そうとはせずに、足早に〝籠〟を出て行った。
ひとり残され、聖女は虚ろな眼差しで格子窓を見上げる。
「…………うなされて、おりましたか」
――時刻は既に夜半である。
月の光が、少女を柔らかく照らしていた。
「…………はい」
相変わらずの無表情で聖女は頷く――三食ほどよく食べさせられている影響で、以前よりややその頬は膨らみを帯びていた。
しかし未だに痩身のうちである。公爵からは食指が動かぬと言われ、凌辱まではされていない。今日も喰わされ飲まされた肉と野菜と鳥の卵と牛の乳が、その日までの砂時計の砂を確実に落とし続けてはいたが――
「教会での、お前の世話係の男がいたであろう?」
「…………はい」
公爵の男は赤銅色の髪の下、嗜虐心を顔に滲ませ告げる――今日こそは、この女の表情が歪む姿を見られるだろうと。
「どうやら随分と甲斐甲斐しく、お前に尽くしていたようではないか? 先日、お前の入浴の手伝いをしている侍女に聞いたのでな。――すぐにその男を捕らえ、首をギロチンで刎ね落としてやったわ!」
「…………はい」
「見物だったぞ? 恐怖に怯え失禁し、命乞いをする様は。――お前のことなどもうどうでもよいと、だから命だけは助けてくれと、涙を流して叫んでおったわ」
「……そうですか」
「どうした? ……チッ、笑え。命令だ」
反応の薄い聖女の様子に、目論見の外れた公爵は不機嫌そうに舌打ちをする。鋭い声音で強要されて、白銀髪の少女はピクリと頬を痙攣させた。
しかし、その顔は笑っているようには見えない。左右色彩違いの宝玉の瞳は、やはり虚ろなままであった。
「なんだそれは? それで笑っているつもりなのか?」
「……笑い方を、知りませぬ」
「フン。つまらぬ女だ。――俺が奴を殺したことで、なにか言いたいことがあるのではないか?」
「……いいえ」
「恨みつらみも、なにも無いと?」
――聖女はゆるりとかぶりを振った。
「……聖女がそのような感情を持つことは、主である神が認めません。教義で禁じられておりました」
「それもあの男が教えたのか?」
「…………はい」
聖女が小さく頷くと、公爵は心底不愉快そうに眉をひそめた。低い声音で彼女へ告げる。
「言っただろう。ここでは俺がお前のあるじで、そして俺の言葉こそが〝教義〟であると。――あの男に教え込まれたことは、すべて忘れ去るしかないと心得よ」
「…………わかりました」
「……チッ、まあいい。これでもう、お前を鞭で打つ者はこの世にいない。今夜はせいぜいぐっすり眠れ。お前には、うなされる権利もありはしないのだ」
「………………はい」
今にも消え入りそうな声で聖女が公爵に返事をすると、彼は本日は彼女の真名を聞き出そうとはせずに、足早に〝籠〟を出て行った。
ひとり残され、聖女は虚ろな眼差しで格子窓を見上げる。
「…………うなされて、おりましたか」
――時刻は既に夜半である。
月の光が、少女を柔らかく照らしていた。
10
あなたにおすすめの小説
妹に裏切られた聖女は娼館で競りにかけられてハーレムに迎えられる~あれ? ハーレムの主人って妹が執心してた相手じゃね?~
サイコちゃん
恋愛
妹に裏切られたアナベルは聖女として娼館で競りにかけられていた。聖女に恨みがある男達は殺気立った様子で競り続ける。そんな中、謎の美青年が驚くべき値段でアナベルを身請けした。彼はアナベルをハーレムへ迎えると言い、船に乗せて隣国へと運んだ。そこで出会ったのは妹が執心してた隣国の王子――彼がこのハーレムの主人だったのだ。外交と称して、隣国の王子を落とそうとやってきた妹は彼の寵姫となった姉を見て、気も狂わんばかりに怒り散らす……それを見詰める王子の目に軽蔑の色が浮かんでいることに気付かぬまま――
聖女解任ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はマリア、職業は大聖女。ダグラス王国の聖女のトップだ。そんな私にある日災難(婚約者)が災難(難癖を付け)を呼び、聖女を解任された。やった〜っ!悩み事が全て無くなったから、2度と聖女の職には戻らないわよっ!?
元聖女がやっと手に入れた自由を満喫するお話しです。
傷物の大聖女は盲目の皇子に見染められ祖国を捨てる~失ったことで滅びに瀕する祖国。今更求められても遅すぎです~
たらふくごん
恋愛
聖女の力に目覚めたフィアリーナ。
彼女には人に言えない過去があった。
淑女としてのデビューを祝うデビュタントの日、そこはまさに断罪の場へと様相を変えてしまう。
実父がいきなり暴露するフィアリーナの過去。
彼女いきなり不幸のどん底へと落とされる。
やがて絶望し命を自ら断つ彼女。
しかし運命の出会いにより彼女は命を取り留めた。
そして出会う盲目の皇子アレリッド。
心を通わせ二人は恋に落ちていく。
神託を聞けた姉が聖女に選ばれました。私、女神様自体を見ることが出来るんですけど… (21話完結 作成済み)
京月
恋愛
両親がいない私達姉妹。
生きていくために身を粉にして働く妹マリン。
家事を全て妹の私に押し付けて、村の男の子たちと遊ぶ姉シーナ。
ある日、ゼラス教の大司祭様が我が家を訪ねてきて神託が聞けるかと質問してきた。
姉「あ、私聞けた!これから雨が降るって!!」
司祭「雨が降ってきた……!間違いない!彼女こそが聖女だ!!」
妹「…(このふわふわ浮いている女性誰だろう?)」
※本日を持ちまして完結とさせていただきます。
更新が出来ない日があったり、時間が不定期など様々なご迷惑をおかけいたしましたが、この作品を読んでくださった皆様には感謝しかございません。
ありがとうございました。
「次点の聖女」
手嶋ゆき
恋愛
何でもかんでも中途半端。万年二番手。どんなに努力しても一位には決してなれない存在。
私は「次点の聖女」と呼ばれていた。
約一万文字強で完結します。
小説家になろう様にも掲載しています。
そんなに聖女になりたいなら、譲ってあげますよ。私は疲れたので、やめさせてもらいます。
木山楽斗
恋愛
聖女であるシャルリナ・ラーファンは、その激務に嫌気が差していた。
朝早く起きて、日中必死に働いして、夜遅くに眠る。そんな大変な生活に、彼女は耐えられくなっていたのだ。
そんな彼女の元に、フェルムーナ・エルキアードという令嬢が訪ねて来た。彼女は、聖女になりたくて仕方ないらしい。
「そんなに聖女になりたいなら、譲ってあげると言っているんです」
「なっ……正気ですか?」
「正気ですよ」
最初は懐疑的だったフェルムーナを何とか説得して、シャルリナは無事に聖女をやめることができた。
こうして、自由の身になったシャルリナは、穏やかな生活を謳歌するのだった。
※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。
※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。
ゴースト聖女は今日までです〜お父様お義母さま、そして偽聖女の妹様、さようなら。私は魔神の妻になります〜
嘉神かろ
恋愛
魔神を封じる一族の娘として幸せに暮していたアリシアの生活は、母が死に、継母が妹を産んだことで一変する。
妹は聖女と呼ばれ、もてはやされる一方で、アリシアは周囲に気付かれないよう、妹の影となって魔神の眷属を屠りつづける。
これから先も続くと思われたこの、妹に功績を譲る生活は、魔神の封印を補強する封魔の神儀をきっかけに思いもよらなかった方へ動き出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる