7 / 7
第7話:聖女の名
しおりを挟む
――公爵は重い瞼を開いて、自らの傍らに目を向けた。
「…………チッ」
不愉快そうに舌打ちを漏らし、腹に乗ったものに手を伸ばす。いまだ倦怠感が残ってはいるが、痛みはなかった。
教会の信徒により受けた〝聖なる刃〟による傷は、すっかり塞がっている様子である。
――どれほどの時間を眠っていたのか。
ベッドの隅で小竜が丸まり、すぅすぅと寝息を立てている。
「………………あ」
「起こしたか」
腹に伏していたのは聖女の白銀の頭であった。公爵の指が、銀糸の髪を弄ぶ。
「……傷は」
「ない。お前の仕業だな?」
「…………はい」
「俺は許した覚えはないが」
「………………はい」
公爵はかつて聖女へ告げた。――俺が教義だ。もう《癒しの奇跡》を使うことは許さぬ。聖女は教義を破った形と相成った。
――ゆえに聖女は問いかける。
「…………私を鞭で、打ちますか?」
「鞭では打たぬ。だがお前には、わからせてやらねばならぬようだ」
「…………はい」
公爵は大儀そうに身を起こし、聖女の身を褥に引き込み、押し倒そうとにわかに腕に力をこめた。
聖女は身を硬くして、しかして抵抗する素振りはない。もはや観念したかのように虚ろな瞳を公爵へ向ける。
そのまま、しばしの時がその場に流れた。
――やがて聖女がポツリと尋ねる。
「…………私が」
「……ぐっ、なんだ?」
「……自分で倒れ込んだほうが、よろしいのでしょうか?」
「…………わからせるのは、後日とする」
「……いま一度、治療を――」
「ならぬ」
公爵は短く言い捨てる。やがて聖女を寝所に引き込むのを諦め、その頬を嬲るに今は留めた。
白銀髪の少女の頬はすっかり人間らしい丸みを帯びており、微かに朱が差し込んでいる。教会の聖女であった頃の見る影は、もはや失われたようだった。
「……なぜ、」
――俺を助けた?
公爵はそう続く言葉を呑み込んだ。無粋である。
代わりに、いつもの問いを口にした。
「……お前のまことの名を、俺に教えてくれないか?」
この男とて人である。傷を受けた影響か、常よりも、些か柔らかい口調であった。
「………………私は」
――祈り人形です。
公爵は静かに瞼を閉じて、続く言葉を覚悟した。かの男の胸を抉る聖句である。
しかして聖女は、男に一つの要求をした。
「………名を、持ちませぬ。なので、恐れながら――」
「っ、」
――それは、聖女が公爵の元へ生贄として捧げられ、初めて口にした願いであった。
「――どうか私に名を、授けてはいただけないでしょうか? ともに、生きてゆくために」
「…………チッ」
不愉快そうに舌打ちを漏らし、腹に乗ったものに手を伸ばす。いまだ倦怠感が残ってはいるが、痛みはなかった。
教会の信徒により受けた〝聖なる刃〟による傷は、すっかり塞がっている様子である。
――どれほどの時間を眠っていたのか。
ベッドの隅で小竜が丸まり、すぅすぅと寝息を立てている。
「………………あ」
「起こしたか」
腹に伏していたのは聖女の白銀の頭であった。公爵の指が、銀糸の髪を弄ぶ。
「……傷は」
「ない。お前の仕業だな?」
「…………はい」
「俺は許した覚えはないが」
「………………はい」
公爵はかつて聖女へ告げた。――俺が教義だ。もう《癒しの奇跡》を使うことは許さぬ。聖女は教義を破った形と相成った。
――ゆえに聖女は問いかける。
「…………私を鞭で、打ちますか?」
「鞭では打たぬ。だがお前には、わからせてやらねばならぬようだ」
「…………はい」
公爵は大儀そうに身を起こし、聖女の身を褥に引き込み、押し倒そうとにわかに腕に力をこめた。
聖女は身を硬くして、しかして抵抗する素振りはない。もはや観念したかのように虚ろな瞳を公爵へ向ける。
そのまま、しばしの時がその場に流れた。
――やがて聖女がポツリと尋ねる。
「…………私が」
「……ぐっ、なんだ?」
「……自分で倒れ込んだほうが、よろしいのでしょうか?」
「…………わからせるのは、後日とする」
「……いま一度、治療を――」
「ならぬ」
公爵は短く言い捨てる。やがて聖女を寝所に引き込むのを諦め、その頬を嬲るに今は留めた。
白銀髪の少女の頬はすっかり人間らしい丸みを帯びており、微かに朱が差し込んでいる。教会の聖女であった頃の見る影は、もはや失われたようだった。
「……なぜ、」
――俺を助けた?
公爵はそう続く言葉を呑み込んだ。無粋である。
代わりに、いつもの問いを口にした。
「……お前のまことの名を、俺に教えてくれないか?」
この男とて人である。傷を受けた影響か、常よりも、些か柔らかい口調であった。
「………………私は」
――祈り人形です。
公爵は静かに瞼を閉じて、続く言葉を覚悟した。かの男の胸を抉る聖句である。
しかして聖女は、男に一つの要求をした。
「………名を、持ちませぬ。なので、恐れながら――」
「っ、」
――それは、聖女が公爵の元へ生贄として捧げられ、初めて口にした願いであった。
「――どうか私に名を、授けてはいただけないでしょうか? ともに、生きてゆくために」
11
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
妹に裏切られた聖女は娼館で競りにかけられてハーレムに迎えられる~あれ? ハーレムの主人って妹が執心してた相手じゃね?~
サイコちゃん
恋愛
妹に裏切られたアナベルは聖女として娼館で競りにかけられていた。聖女に恨みがある男達は殺気立った様子で競り続ける。そんな中、謎の美青年が驚くべき値段でアナベルを身請けした。彼はアナベルをハーレムへ迎えると言い、船に乗せて隣国へと運んだ。そこで出会ったのは妹が執心してた隣国の王子――彼がこのハーレムの主人だったのだ。外交と称して、隣国の王子を落とそうとやってきた妹は彼の寵姫となった姉を見て、気も狂わんばかりに怒り散らす……それを見詰める王子の目に軽蔑の色が浮かんでいることに気付かぬまま――
聖女解任ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はマリア、職業は大聖女。ダグラス王国の聖女のトップだ。そんな私にある日災難(婚約者)が災難(難癖を付け)を呼び、聖女を解任された。やった〜っ!悩み事が全て無くなったから、2度と聖女の職には戻らないわよっ!?
元聖女がやっと手に入れた自由を満喫するお話しです。
傷物の大聖女は盲目の皇子に見染められ祖国を捨てる~失ったことで滅びに瀕する祖国。今更求められても遅すぎです~
たらふくごん
恋愛
聖女の力に目覚めたフィアリーナ。
彼女には人に言えない過去があった。
淑女としてのデビューを祝うデビュタントの日、そこはまさに断罪の場へと様相を変えてしまう。
実父がいきなり暴露するフィアリーナの過去。
彼女いきなり不幸のどん底へと落とされる。
やがて絶望し命を自ら断つ彼女。
しかし運命の出会いにより彼女は命を取り留めた。
そして出会う盲目の皇子アレリッド。
心を通わせ二人は恋に落ちていく。
神託を聞けた姉が聖女に選ばれました。私、女神様自体を見ることが出来るんですけど… (21話完結 作成済み)
京月
恋愛
両親がいない私達姉妹。
生きていくために身を粉にして働く妹マリン。
家事を全て妹の私に押し付けて、村の男の子たちと遊ぶ姉シーナ。
ある日、ゼラス教の大司祭様が我が家を訪ねてきて神託が聞けるかと質問してきた。
姉「あ、私聞けた!これから雨が降るって!!」
司祭「雨が降ってきた……!間違いない!彼女こそが聖女だ!!」
妹「…(このふわふわ浮いている女性誰だろう?)」
※本日を持ちまして完結とさせていただきます。
更新が出来ない日があったり、時間が不定期など様々なご迷惑をおかけいたしましたが、この作品を読んでくださった皆様には感謝しかございません。
ありがとうございました。
「次点の聖女」
手嶋ゆき
恋愛
何でもかんでも中途半端。万年二番手。どんなに努力しても一位には決してなれない存在。
私は「次点の聖女」と呼ばれていた。
約一万文字強で完結します。
小説家になろう様にも掲載しています。
そんなに聖女になりたいなら、譲ってあげますよ。私は疲れたので、やめさせてもらいます。
木山楽斗
恋愛
聖女であるシャルリナ・ラーファンは、その激務に嫌気が差していた。
朝早く起きて、日中必死に働いして、夜遅くに眠る。そんな大変な生活に、彼女は耐えられくなっていたのだ。
そんな彼女の元に、フェルムーナ・エルキアードという令嬢が訪ねて来た。彼女は、聖女になりたくて仕方ないらしい。
「そんなに聖女になりたいなら、譲ってあげると言っているんです」
「なっ……正気ですか?」
「正気ですよ」
最初は懐疑的だったフェルムーナを何とか説得して、シャルリナは無事に聖女をやめることができた。
こうして、自由の身になったシャルリナは、穏やかな生活を謳歌するのだった。
※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。
※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。
ゴースト聖女は今日までです〜お父様お義母さま、そして偽聖女の妹様、さようなら。私は魔神の妻になります〜
嘉神かろ
恋愛
魔神を封じる一族の娘として幸せに暮していたアリシアの生活は、母が死に、継母が妹を産んだことで一変する。
妹は聖女と呼ばれ、もてはやされる一方で、アリシアは周囲に気付かれないよう、妹の影となって魔神の眷属を屠りつづける。
これから先も続くと思われたこの、妹に功績を譲る生活は、魔神の封印を補強する封魔の神儀をきっかけに思いもよらなかった方へ動き出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる