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記憶の無い女

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翌朝、ふと目が覚めると、そこには彼女の姿は見当たらなかった。海辺に視線を広げると、そこには私に背を向け海岸にポツンと佇む彼女がいた。

事故の衝撃で彼女は記憶を失っていた。AN127便は羽田からオーストラリアに向け出発してから数時間が経った頃であろうか。

機内に警告音が鳴り響くとすぐさま、客室内の気圧低下により自動的に酸素マスクが落下し、酸素ランプが点灯した。そこから気体は急降下を始め私の意識が薄れていった。

客室高度警報装置から「ただ今緊急降下中です」という自動音声が鳴り響くなか張り裂けそうな胸の鼓動を押さえ付け、ただただ奇跡を祈り続けていた。

恐らく彼女も同じ状況だったのだろう。その時のストレスによる影響からか、口数は極端に少ない。それでも少しずつ緊張もほぐれていったようで僅かばかりの会話は成立しているようだ。

彼女はハルという名前の大学生で、大学の卒業旅行に向かう最中だったらしく、友人数名と搭乗していたとのことである。また、何かに恐ろしく怯えているようだったが詳しいことは聞き出せなかった。

しかし、私にとってハルとの出会いは地獄からの救いであった。なんといってもハルは私に生きる望みを与えてくれた。

◇◇◇

この島は朝でも日差しが刺すように厳しく、体力と水分を同時に奪っていく。そして強烈な空腹が襲い私の全ての気力を無効化していく。

「早く、ここから脱出しなければ...」

島からの脱出方法を探るために二人で島の周囲を歩いて見ることにした。しかし、見渡す限りに同じ景色が続き何の手がかりも見つかりそうもなかったが、分かってきたことが2つある。

1つ目は、島はそれほど大きくなく数平方kmであり、淡水が無いということ。
それともうひとつは...

──人類の形跡があるということだ

今私が立っている所から、視界には広大な石畳と柱廊の土台跡のようなものが飛び込んできた。

「な、なんてことだ」

二人は言葉を失い、じっとその光景に吸い込まれながら呆然と立ち竦している。太古の昔にこの神殿で暮らしていた人々の姿が二人を包んで行った。

その時、ハルが石畳の中央にある石の色が違うことに気がつき、そっと近寄ってみた。確かにそこの部分だけ青みがかかり、年代の新しささえ感じられた。

私は遥か古代の文明に心を馳せていた、きっとここに脱出の手掛かりがあるはずだ、そう思って私は、雲ひとつないどこまでも遠く透き通った空を見上げた。

To be continued.
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