異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第二十九話

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 順番は大事だと思う。輪番はオリエッタを最後に、僕が一日だけ休みがもらえて、またプリシラさんから始まる。
 
 
 白百合団の皆には僕のせいで出発が遅れたと文句を言われ、予定より遅くに宿を出た。遅くなる時はプリシラさんの原因が多いので、ここぞとばかり文句を言われ凹む。
 
 「忘れ物は無いですね。出発しますよ」
 
 いつもの様に団長、自ら馬車の運転をするけれど、たまには後ろでゆっくりしたい。横にはいつもの様にアラナが座りいつもの様に出発出来なかった。
 
 「ほら、動けよ」
 
 手綱を振るってもなかなか動いてくれない馬にさえ舐められてるのかと思うと、本当に凹むよ。隣のアラナが笑顔で僕を見るのは、何か期待しての事なのか。
 
 「こうやるんだ!」
 
 プリシラさんが荷台から僕の側まで来て手綱を奪うと、僕から見ても痛そうに手綱を振るって戻って行った。
 
 プリシラさんの振り方は乱暴なんだよ。振るう手綱に容赦が無い。馬との信頼関係とかより従属させる感じに似ている。もう少し優しさがあっても……    前世では僕くらいでも運転出来たのに。
 
 出発からつまずいたが朝の血液問題に比べればどうと言う事は無い。しかし、特別製とは言えオリエッタと同じ血が流れているなんて……    考えないでいこう。
 
 街を出で街道を走り駐屯地までは二日、そこからヌーユまで一日、しかも今日は野宿だが休みの日、いい一日にしたい。
 
 
 
 夕方になっても馬車を歩かせ星が見えてくる時になってようやく泊まれそうな場所に着く事が出来た。回りには木々はない草原で近くには川が流れ、水の補給も馬を休ませるのにもちょうどいい場所。
 
 今日の夕飯の担当はルフィナ。危ない物を入れない様にアラナに見張らせ、僕は馬に食事と水をやり、他の人は各自で自由に。いよいよ戦場に行ける高揚感に、皆で食べ飲んだお酒はとても美味しかった。もちろんルフィナの腕前があったからこそと、付け加えておこう。
 
 皆に文句を言われながら一人で川の方へ。文句は一人がズルいとか、あっち系の文句なので聞き流して唯一の趣味である星を見に行った。
 
 こちらの世界の星は光源が少ないからか、空気が澄んでいるからか、とても良く見え満天の星空とはまさにこの事だと言えるくらいの輝きを放って都会育ちの僕を楽しませてくれる。
 
 本当に綺麗だ。星座の名前も分からないけど星明かりだけで草原が輝くように思える。こっちに来てから戦いに明け暮れる朝、命がけもある晩。綺麗な物を見て心を落ち着ける時間。自分に酔ってしまいそうだ。
 
 「おい!」
 
 凛とした涼しげな中にも威厳を思わせる声。白百合団の中にはいない声。驚いて抜刀する勢いで振り替えると、そこには一糸まとわぬ白い毛の女の亜人。手や足先には白い毛があるが体には体毛もなくふくよかな胸に頭には一本の角。
 
 まさか魔族か!?    魔族には一本から二本の角があり身体能力も魔力も人間を遥かに凌駕する存在。人をゴミくらいにしか思わず、前世での戦いの時には魔族を相手に何人も殺されている。
 
 みんなは無事か。心配だけどこいつが先だ、魔族ならこの場で殺す。今のチート持ちの僕なら殺れる。あの時の仇を討つ。抜刀から斬りかかる為に瞬時に足場を固め腕に力を入れた。
 
 「団長はムチの扱いがなっとらん」
 
 何を言ってるんだこの魔族は。皆の所に行く前に僕が決着を付けてやる。魔族は隠していたのかムチを取り出して振った。
 
 「こう振るのだ、こう……」
 
 僕のショートソードを無視するかの様にムチを何度も降り下ろし一人で恍惚な目になってる。
 
 「お前、誰だ……」
 
 思わず口に出してしまったが、魔族は殺す。でも良く見ると魔族らしからぬ清らかな空気が流れている。魔族なら近くにいるだけで気分が悪くなる魔力が流れる事もあるのに。
 
 「我は馬だ。みなの馬車を引いている馬である」
 
 馬車の方を見てみると馬が繋がれていなかった。テントに居るであろう、白百合団からも騒ぐような音も無い。
 
 「僕達の馬をどうした! 」
 
 「だから我が馬である。正確にはユニコーンだ。ひれ伏せ、人間。我は聖獣、アイシャ・オトテールであるぞ」
 
 何を言ってるんだ。うちの馬はただの馬だ。ユニコーンだの聖獣だのは知らないよ。
 
 「うちの馬には角なんて無い。ただの馬だ」
 
 「角ならここにあるではないか」
 
 自分の角を指差して自信ありげに言うユニコーンと話が噛み合っていない。どうでもいいから馬を返せ。そして魔族じゃないなら消えてくれ。
 
 「我がわざわざ姿を見せたのは他でもなく団長のムチさばきが悪いからだ。プリシラから貴様に変わって期待していたが、ムチさばきが最低だ」
 
 なんだ?    僕は怒られているのかな?    ムチさばきってなんだよ。馬は手綱でさばけばいいだろうに。
 
 「お前、いったい何なんだ!」
 
 大人げないが少しだけ怒鳴ってしまった。だって訳が分からない。何故にユニコーン?    僕達の馬は?    ムチってなんだよ。誰か「まとめ」て。
 
 「我は聖獣、アイシャ・オトテール。ユニコーンである。故あって貴様達の馬車を引くものなり」
 
 「そこまでは分かりました。でもムチの件が良く分からないよ。ムチが下手ってこと?    手綱じゃダメなの?」
 
 「なっておらん。ムチを打つ事も無く、打ったとしてもタイミングがダメである」
 
 こいつ、ルフィナか!?    似たような話し方しやがって。要するにムチの事で文句を言われてるんだな、自分の馬に。いや、ユニコーンに。
 
 「馬車を操作する時にはムチを使えと……」
 
 「ただ打つだけではならん。タイミングともっと強く打たねばならん。こうだ、こう……」
 
 アイシャ・ユニコーンは風切り音を鳴らせてムチを振るっていた。いくらなんでも強すぎないか。軽い手綱さばきで軽快に進みたいのに。
 
 「分かったか?    分かったのならやってみろ」
 
 ムチを投げてアイシャ・ユニコーンは後ろを向いて尻を突き出した。もしかして叩くのかな。女の子の尻をムチで叩くなんて無理無理。
 
 「え~と、どうすれば……」
 
 「叩け!」
 
 やっぱりね。    ……だから無理だって。僕は善人じゃないよ。人を殺してるし魔物も殺してる。戦争を商売にしてるんだから、殺すことにためらいは無い。けど尻を突き出しムチを打てって言われても困るでしょ。
 
 お尻の部分に毛は無く、白い肌が眩しいくらいだった。とりあえず軽く。本気で叩いたらムチの跡が赤く残りそうでもったいない。
 
 「パチン……」
 
 「ぬるい!」
 
 即答で拒否られました。打てる訳けがないだろう。無理無理。そんな趣味はありません。人を殺すのとは訳が違うよ。僕からムチを奪い取るとアイシャ・ユニコーンは
 
 「こう打つんだ」
 
 と、僕にムチを打ち付けてきた。思ってたより痛い。ただのしなる棒だと思っていたけど、その「しなり」が痛い。イジメだってここまでしないだろ。
 
 「もう一度やってみろ」
 
 アイシャ・ユニコーンは振り返ってお尻を突き出す。何で怒られたりムチで叩かれたりしないといけないんだ。だんだん怒りが沸いてくる。
 
 やってやるよ。どうなってもしらないからな。僕は本気でムチを振り下ろすつもりだったが、さすがに無理だ。でも、それなりに力を入れてムチを振り下ろすとアイシャ・ユニコーンが少しづつ声を漏らしてくる。
 
 「いいぞ、その調子だ。    ……あっ、いい。もっと、もっと……」
 
 すいません。僕の方がキツイです。こんなのが一時間も続くとお尻も真っ赤に腫れ上がり、とても見ていられなかった。
 
 「やれば出来るではないか。この調子でやるんだぞ」
 
 失神寸前まで行ったアイシャ・ユニコーンはフラフラになりながら馬車まで戻って行った。
 
 僕はアイシャが馬車まで行くと背を向けて星を見上げた。そこには幾千の星が瞬き壮大な景色に胸が踊った。
 
 
 満天の星が見せた幻想、僕はそう思う事にした。
 
 
 
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