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第三十七話
しおりを挟むハイダ・クリーゼル伯爵。ヌーユの地にて戦死する、記憶の人。
以前の貴族の館の襲撃の際に知り合い、襲撃後に屋敷で行われた事が知れ渡り、息子に爵位を譲る形で責任を取った銀眼の女性。
ここには居るはずのない人。ヌーユでは死なないはずの人。……未来は変わらないのか
「ミカエルさん、ごきげんよう」
昨日の夜に本陣に着いた僕達は殿の勤めを誉められ「褒賞は思いのままだ」とか軽口を叩く貴族をあしらうのに手間がかかった。
皆の所へ行くとアラナは思っていたより重体で寝言で「戦時報酬…… 戦時報酬……」とニタニタ笑いながら眠っていた。大丈夫そうだね。
撤退はクリスティンさんの活躍で被害も少なく二つ名ももらったそうで「翼賛の女神」だって。確かに女神に匹敵するほど綺麗だけど「よくさん」って何だよ、難しい言葉を使わないで。
ソフィアさんの援護の合図にしてもフクロウ団の団長から止められていたそうで、第八部隊とは上手くやっていけなさそうだ。
ルフィナとオリエッタは後で絞める。トンでもない物を体に入れた鞭だ。アメはベッドでバスターソードを振るってやる。
僕はアラナとソフィアさんと一緒に眠ったがプリシラさんは「飲みにケーション」を取りに行った。元気だねあの人は、足腰も。
朝一番でアラナが落ち着いている事を確認し、今日の役割を確認しようと、我らが名前も知らない指揮官の所に行く途中でクリーゼル伯爵から声をかけられた。
「ミカエルさん、ごきげんよう」
「お早うございます、クリーゼル伯爵」
「今は伯爵では無いのですよ。爵位は息子に譲りました。今は男爵です」
「そうだったんですか、失礼しました。ご子息様はもう成人になられたのですか」
「本当は後一年あったのですけどね。色々とあって譲る事にしたんです」
色々と…… 全てオリエッタの媚薬のせいだが僕は良かったと思っていた。記憶の通りならこのステフォン城攻めの総指揮官をやり、ヌーユで戦死する人だったのを降位という形で命を救ったはずなのに、この人はヌーユにいる。
クリーゼルが伯爵から男爵に降位し伯爵は息子に譲った事も調べた。これでヌーユには来ないと、未来を変えたと思っていたのに……
「この度のヌーユにも参戦なさっていたのですか?」
「私は直接には…… 息子のベルノルトの手伝いが出来ないかと思いまして」
そんな事はしないでもいい。せっかく未来が変えられると思ったのに。ここで死んだら未来を変える事が出来ないかと思えてくるよ。記憶が曖昧になって来ている今、あなたが死なない事で未来が変えられる実感が欲しかったのに。
「参戦なさるのですか……」
「はい。明日、総当たりがあります。息子は壊滅した右翼の穴埋めで先陣を切る事になりました。私も微力ながら手伝おうかと」
「それでご用件はなんでしょうか。わざわざここまでは来られて、世間話も無いでしょう」
「まだ若いのに話が早い団長さんで助かります」
クリーゼル男爵はクスッと笑って口を手で隠していた。鋭い銀眼の目を持つのに、可愛い所もある人だ。
「息子を白百合団で守って欲しいのです。あの時のオーガを倒したお手並み、そして今回の戦い、白百合団に守って頂けたなら、きっと息子は生きて帰って来れるでしょう」
それは流石に無理がある。部隊を勝手に離れる訳には行かないし男爵程度じゃ部隊編制に口を出す事も出来ないだろう。
「クリーゼル男爵。戦時条約によりそれは無理です。条約不履行と見なされてギルドとの仕事が出来なくなってしまいます」
「そこを何とかなりませんか。お金なら払います」
そういう問題じゃないんだと、約束を破る事のペナルティを一時間も説明し話し合ったが、クリーゼル男爵は一つも納得してくれなく、「考えてみます」の一言でやっと帰ってくれたが、仕方がないよ、子供の命が掛かってるんだから簡単には引けない。
男爵に捕まった後、指揮官の所に行くと先ずは叱責され「いい気になるな」と、言われてしまった。朝から子供への愛情を断り気が重いのに。
男爵が言っていた壊滅は本当に壊滅で右翼の前衛、第五部隊の生き残りは一割も満たなかった。中央の前衛、第一、第二部隊においてもかなりの被害があったらしい。
悪い事に僕達の後衛の第八部隊を右翼の後衛に回すことが決まった。僕達の背中と魔法からの攻撃は誰が守ってくれるのだろうか。アラナは戦闘に参加させないとして、ソフィアさんは返してもらわないと投石がヤバい。
今日の出陣は無いが明日の総当たりで勝負を決める。あのくらいで壊滅しているようなら負けるな、この戦。みんなに逃げ出す準備をしてもらおうか。
ただ気になる。クリーゼル男爵の事が。未来を変える切っ掛けになるような。 ……ならないような。この先の未来ではっきりしてるのは魔王軍が出ること。神様が記憶を曖昧にしたのは記憶を辿るのは止めろと言うことか、それとも 意地悪なだけか。
僕は足りない頭をフル動員して皆が居るところに戻った。
「右翼は壊滅したみたいです」
僕は皆の所に戻ると指揮官から聞いた話しとハイダ・クリーゼル男爵の事について全てを話して意見が無いかと聞いてみた。飲みにケーションに行っていたプリシラさんは戻っていたのが残念だ。
「やる必要はねえな。条約に違反する」
それは僕も言いました。
「条約に違反すると傭兵ギルドからの仕事がもらえなくなります~」
それも何度も言いました。
「殺すことには同意である」
それは言いませんでした。
「団長は助けてあげたいんですか? 男爵が美人だから……」
前半は肯定。後半は否定?
「……」
すっと立ち上がり歩き出そうとするクリスティンさんを止めた。話の途中で退席するのは良くないよ。
「……死ねば今の話しはなくなる」
今日はあなたが一番怖いです。
「ハイダ・クリーゼル男爵が戦士として戦うなら気にもしませんが、母親として戦おうとしています。降位しなければ一人の戦士として前線に立っていたかもと思うと、原因を作った僕達にも責任があるのではないですか」
いくら傭兵と言えども女性だ。母親として戦うと聞いて誰も話が出来なくなった。自分の目的の為に「母親」のキーワードを出したのはズルかったかな。
「やるとしてもよ、どうやるんだい」
プリシラさんは少しは、やる気になってくれたみたい。ライカンスロープといえ女性だね。しかも綺麗だし胸は大きいしスタイルも抱き心地も…… 話を戻そう。
「まったく分かりません。どうしましょ」
投石はハイダ男爵に何とかしてもらうとしても、問題はゴーレムの方だ。大型も小型も普通にやって太刀打ち出来る相手じゃない。
「勘弁してくれよ、大将」
僕は大将では無く団長です。僕達、左翼の人間が中央を飛び越えて右翼の人間を助けるなんてどうすればいいのか…… だから相談してるんでしょ。
やる気になった皆からは色々な意見が出て「中央を潰して通ればいい」と、二名からバカな見が出たが却下し、話しはもつれ結果が出ることは無かった。
「全軍退却」 マグジュル総指揮官から思わぬ所から助け船。僕にも乗船キップを下さい。
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