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第三十八話
しおりを挟む「全軍撤退準備」
いきなりの事に誰もが唖然としているなか、僕は「やった!」と心の中で叫んだ。打つ手が思い付かなければ条約を無視してもハイダちゃん守るつもりでいたから ……クリーゼル男爵を守ろう。
「撤退とは好都合だな。後は殿か……」
プリシラさんの心配も分かるがハイダ・クリーゼル男爵が無事に帰れるなら誰がやっても構わないよ。殿に貴族がなる事はないしね。第五、六はボロボロだし、僕らの第七も怪我人はいるから殿は無傷の第八だね。フクロウ団の皆様、御愁傷様。
「僕達も急いで準備をしましょう。後ろの方になるのは確実ですからね」
「しかし急な撤退ですね。負けぎみだったとは言え、まだ一戦しかしてないのに」
確かに急な撤退だな。他の部隊が持ちこたえて第八が加わっていたら左翼は抜けるぐらいの勢いだったのに。お偉いさんでも死んだか。
「その事は後で考えましょう。とりあえずクリスティンさん、貴族様は無視して第七をまとめて下さい。クリスティンさんが言えば死死ねと言っても、躊躇わないでしょうから。ソフィアさんはアラナと馬車へ。他の人は準備を急いで下さい」
撤退する前にフクロウ団の団長、ダン・ラッセルに嫌味の一つでも言ってやろう。
皆に撤退の準備を任せ、調整官を探し当ててフクロウ団の居場所を聞くと総指揮官の護衛を名目に第八部隊を棄てて撤退したそうだ。したんだってよ! 僕達を置いて。アイツ、コンドアッタラ、マジコロス。
そうなると殿は誰だ。第一から第四までは貴族様が占めているし、第五と六は壊滅、第八が逃げたなら元気いっぱい第七の僕らだね。アイツ、コンドアッタラ、ブチコロス。
調整官も殿に付いては総指揮官が居ない今、決められないと言う。このままだと混乱状態で撤退しそうだ。そうなれば…… 僕らも逃げよう。あの小型のゴーレムは苦手だ。
後はハイダ・クリーゼル男爵だ。必要なら馬車に詰め込んで一緒に逃げる。あの人を生かす事が僕にとっては重要だから。
息子のベルノルトとか言ったか。まだ若いのに伯爵なんて大変だろうに。「ついで」で良かったら乗せてあげよう。
クリーゼル男爵の元には伯爵や伯爵旗下の騎士団がすでに出撃の準備を整えていた。その数は五十名程で白で統一された美しい騎士団だった。戦争は見た目じゃないですよと、僕の薄汚れた革鎧を拭いた。
「クリーゼル男爵様。撤退の準備は終わった様ですね。殿はどうなったかご存じありませんか」
「これはミカエルさん。準備は整ってございます。殿は我らがベルノルト・クリーゼル伯爵が行います」
「はぁ?」
ヤバい思わず言ってしまった。普通、貴族様は殿はしないで傭兵にやらすようなもの。真っ先に逃げるのも、お家を絶さない重要な仕事だ。それを伯爵になったばかりの子供がやる仕事じゃないよ。
「殿はお任せ下さい。立派に勤めてみせます」
思い出した! このハイダ男爵、記憶の中では伯爵は撤退する味方を守って死ぬんだった。明日の総当たりでは無くて今日の撤退で殿になって死ぬんだ!
「クリーゼル男爵様、普通なら貴族の皆様は我先に逃げるものと思いますが、殿を勤める必要でもあるのですか」
「ふふっ。痛い所を突いて来ますね。ミカエルさんは今回の戦をどう見てますか」
「どう、と言われても我らは傭兵。戦いがあれば参戦するのみです」
「今回の戦、クリーゼル家にとって、とても大事な戦なんです。私の降位を利用して自分たちの利益を得ようとする者やベルノルトを伯爵にするのを嫉妬する者達にクリーゼル家の力を見せつけてやらなければなりません。貴族の世界は侮られたらお仕舞いです」
どんな物に価値を見いだすか人それぞれ。命を掛けるのも人それぞれ。僕達と違う価値観だからって否定は出来ない。僕達、傭兵の考えも人から見たら異質なものだ。
僕達の事は隣の遥か彼方に置いておこう。変な所が多すぎるから。しかしどうする。ここまで覚悟を決めた人を説得する時間は無い。それに時間をかけても無駄だろう、生き方の問題なのだから。
「何か対策はあるんですか。あの小型のゴーレムはやっかいですよ」
「小型のゴーレム? ハリヌークはおそらく城からは出ませんよ。ステフォン城は守りの城ですから」
え!? 撤退するんだから追い討ちをかけるのが普通でしょ。その為の殿だし……
「こ、この撤退は…… なぜ下がるのですか。負けぎみだったとは言え、左翼は時間があれば押し切りましたよ」
「プロメリヤが迫って来てます。しかも先陣にはオーガがいるようです」
何でプロメリヤが? オーガが先陣? 聞きたい事が増えたけど、今までの会話で時間が減った。プロメリヤは普通の王国で魔物の国ではない。その国がオーガを使っているなんて、どこかの貴族の屋敷みたいだ。
だからか…… だからクリーゼル家が殿を買って出たのか。魔物を使役する方法。これを秘匿する為に屋敷を襲撃し、降位までしたのに他国に使われたんじゃあ浮かばれないよね。
「失礼ですがオーガ相手にこの程度の数では全滅しますよ」
「 …… 」
無言が返事か。お家の為に死を選ぶ、貴族って大変なのね。
「ご武運を」
深々と頭を下げて僕はその場をあとにした。ハイダ・クリーゼル男爵はヌーユの地で皆を守って死ぬ運命の人。
白百合団の元に戻るとすでに準備が終わって、第七部隊もクリスティンさんがいれば扱いも簡単だ。僕はこの撤退の理由、殿は誰がやるのかを全て話した。
「プロメリヤが何で来るんだ。ハリヌークにやられたんじゃないのかよ」
「もしかしたらマクジュルは、はめられていたりして~」
「まさか。それだったらプロメリヤはもう少し遅く出て来て方がマクジュルを壊滅させれますよ、考え過ぎでは無いですか」
「そうであるか? 人に統率されたオーガ、クリーゼル家、貴族の屋敷、なにやら繋がりがあるようである」
う~ん。やっぱりクリーゼルが関係するのかも知れないが、さっぱり分からん。きっと影ではいろんな事が起きてるのかも知れないけど一介の傭兵風情に、そこまで関わる力は無いから。もっと情報が欲しい。
「それで、どうするんだ、あたいたちは」
「もちろん逃げます。殿が決まった以上、ここに留まる理由はないですからね」
「……それでいいのか?」
「どういう意味ですか」
いいに決まってるでしょ。殿はやるって言うんだから任せておけば。僕は少しだけ低い声で答えてしまった。
「守らなくていいのか? 守りたかったんだろう」
守りたかったよ。だけど、歴史は変わらないんだ。彼女はヌーユで守って死ぬ運命なんだよ。
「お前はヘタレか! オーガ相手にビビったのか! 守りたいんだろう!」
それは僕の言葉を汲んでか、それとも子供を守ろうとする母親を思ってか。
「ビビってませんよ。ただ彼女は戦士になったからです。母親ではないです」
「子供を思っての母親だろうが! 守ろうとしての戦士だろうが!」
……そうかもしれませんね。戦うなら母であり戦士であり、何かの為に戦うのがいいですかね。
「殿です。死ぬかもしれません。いや、死ぬ確率はすごく高いです」
「そう考えるのは違うのである、団長。死ぬのでは無く殺す人数が増えるだけである」
死も恐れぬ白百合団か。殺す事が大好きな最強、最悪の白百合団だったね。僕は目を瞑り一呼吸をおいてから
「やりましょう。敵は皆殺し、邪魔する者は全て殲滅します」
「おぉ! やっとやる気になったかヘタレ!」
ヘタレでは無いですしビビりでもないつもりですよ。
「皆さんもいいですね」
「問題ないです」
「頑張るッス」
「今から悲鳴が聞こえるである」
「新着の鎧を使うです~」
「……」
よし、後は……
「よし、後は戦時報酬だな」
やっぱりそれか!
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