異世界に来たって楽じゃない

コウ

文字の大きさ
38 / 292

第三十八話

しおりを挟む

 「全軍撤退準備」
 
 
 いきなりの事に誰もが唖然としているなか、僕は「やった!」と心の中で叫んだ。打つ手が思い付かなければ条約を無視してもハイダちゃん守るつもりでいたから    ……クリーゼル男爵を守ろう。
 
 「撤退とは好都合だな。後は殿か……」
 
 プリシラさんの心配も分かるがハイダ・クリーゼル男爵が無事に帰れるなら誰がやっても構わないよ。殿に貴族がなる事はないしね。第五、六はボロボロだし、僕らの第七も怪我人はいるから殿は無傷の第八だね。フクロウ団の皆様、御愁傷様。
 
 「僕達も急いで準備をしましょう。後ろの方になるのは確実ですからね」
 
 「しかし急な撤退ですね。負けぎみだったとは言え、まだ一戦しかしてないのに」
 
 確かに急な撤退だな。他の部隊が持ちこたえて第八が加わっていたら左翼は抜けるぐらいの勢いだったのに。お偉いさんでも死んだか。
 
 「その事は後で考えましょう。とりあえずクリスティンさん、貴族様は無視して第七をまとめて下さい。クリスティンさんが言えば死死ねと言っても、躊躇わないでしょうから。ソフィアさんはアラナと馬車へ。他の人は準備を急いで下さい」
 
 撤退する前にフクロウ団の団長、ダン・ラッセルに嫌味の一つでも言ってやろう。
 
 皆に撤退の準備を任せ、調整官を探し当ててフクロウ団の居場所を聞くと総指揮官の護衛を名目に第八部隊を棄てて撤退したそうだ。したんだってよ!    僕達を置いて。アイツ、コンドアッタラ、マジコロス。
 
 そうなると殿は誰だ。第一から第四までは貴族様が占めているし、第五と六は壊滅、第八が逃げたなら元気いっぱい第七の僕らだね。アイツ、コンドアッタラ、ブチコロス。
 
 調整官も殿に付いては総指揮官が居ない今、決められないと言う。このままだと混乱状態で撤退しそうだ。そうなれば……   僕らも逃げよう。あの小型のゴーレムは苦手だ。
 
 後はハイダ・クリーゼル男爵だ。必要なら馬車に詰め込んで一緒に逃げる。あの人を生かす事が僕にとっては重要だから。
 
 息子のベルノルトとか言ったか。まだ若いのに伯爵なんて大変だろうに。「ついで」で良かったら乗せてあげよう。
 
 クリーゼル男爵の元には伯爵や伯爵旗下の騎士団がすでに出撃の準備を整えていた。その数は五十名程で白で統一された美しい騎士団だった。戦争は見た目じゃないですよと、僕の薄汚れた革鎧を拭いた。
 
 「クリーゼル男爵様。撤退の準備は終わった様ですね。殿はどうなったかご存じありませんか」
 
 「これはミカエルさん。準備は整ってございます。殿は我らがベルノルト・クリーゼル伯爵が行います」
 
 「はぁ?」
 
 ヤバい思わず言ってしまった。普通、貴族様は殿はしないで傭兵にやらすようなもの。真っ先に逃げるのも、お家を絶さない重要な仕事だ。それを伯爵になったばかりの子供がやる仕事じゃないよ。
 
 「殿はお任せ下さい。立派に勤めてみせます」
 
 思い出した!    このハイダ男爵、記憶の中では伯爵は撤退する味方を守って死ぬんだった。明日の総当たりでは無くて今日の撤退で殿になって死ぬんだ!
 
 「クリーゼル男爵様、普通なら貴族の皆様は我先に逃げるものと思いますが、殿を勤める必要でもあるのですか」
 
 「ふふっ。痛い所を突いて来ますね。ミカエルさんは今回の戦をどう見てますか」
 
 「どう、と言われても我らは傭兵。戦いがあれば参戦するのみです」
 
 「今回の戦、クリーゼル家にとって、とても大事な戦なんです。私の降位を利用して自分たちの利益を得ようとする者やベルノルトを伯爵にするのを嫉妬する者達にクリーゼル家の力を見せつけてやらなければなりません。貴族の世界は侮られたらお仕舞いです」
 
 どんな物に価値を見いだすか人それぞれ。命を掛けるのも人それぞれ。僕達と違う価値観だからって否定は出来ない。僕達、傭兵の考えも人から見たら異質なものだ。
 
 僕達の事は隣の遥か彼方に置いておこう。変な所が多すぎるから。しかしどうする。ここまで覚悟を決めた人を説得する時間は無い。それに時間をかけても無駄だろう、生き方の問題なのだから。
 
 「何か対策はあるんですか。あの小型のゴーレムはやっかいですよ」
 
 「小型のゴーレム?    ハリヌークはおそらく城からは出ませんよ。ステフォン城は守りの城ですから」
 
 え!?    撤退するんだから追い討ちをかけるのが普通でしょ。その為の殿だし……
 
 「こ、この撤退は……    なぜ下がるのですか。負けぎみだったとは言え、左翼は時間があれば押し切りましたよ」
 
 「プロメリヤが迫って来てます。しかも先陣にはオーガがいるようです」
 
 何でプロメリヤが?    オーガが先陣?    聞きたい事が増えたけど、今までの会話で時間が減った。プロメリヤは普通の王国で魔物の国ではない。その国がオーガを使っているなんて、どこかの貴族の屋敷みたいだ。
 
 だからか……    だからクリーゼル家が殿を買って出たのか。魔物を使役する方法。これを秘匿する為に屋敷を襲撃し、降位までしたのに他国に使われたんじゃあ浮かばれないよね。
 
 「失礼ですがオーガ相手にこの程度の数では全滅しますよ」
 
 「 …… 」
 
 無言が返事か。お家の為に死を選ぶ、貴族って大変なのね。
 
 「ご武運を」
 
 深々と頭を下げて僕はその場をあとにした。ハイダ・クリーゼル男爵はヌーユの地で皆を守って死ぬ運命の人。
 
 
 
 白百合団の元に戻るとすでに準備が終わって、第七部隊もクリスティンさんがいれば扱いも簡単だ。僕はこの撤退の理由、殿は誰がやるのかを全て話した。
 
 「プロメリヤが何で来るんだ。ハリヌークにやられたんじゃないのかよ」
 
 「もしかしたらマクジュルは、はめられていたりして~」
 
 「まさか。それだったらプロメリヤはもう少し遅く出て来て方がマクジュルを壊滅させれますよ、考え過ぎでは無いですか」
 
 「そうであるか?    人に統率されたオーガ、クリーゼル家、貴族の屋敷、なにやら繋がりがあるようである」
 
 う~ん。やっぱりクリーゼルが関係するのかも知れないが、さっぱり分からん。きっと影ではいろんな事が起きてるのかも知れないけど一介の傭兵風情に、そこまで関わる力は無いから。もっと情報が欲しい。
 
 「それで、どうするんだ、あたいたちは」
 
 「もちろん逃げます。殿が決まった以上、ここに留まる理由はないですからね」
 
 「……それでいいのか?」
 
 「どういう意味ですか」
 
 いいに決まってるでしょ。殿はやるって言うんだから任せておけば。僕は少しだけ低い声で答えてしまった。
 
 「守らなくていいのか?    守りたかったんだろう」
 
 守りたかったよ。だけど、歴史は変わらないんだ。彼女はヌーユで守って死ぬ運命なんだよ。
 
 「お前はヘタレか!    オーガ相手にビビったのか!    守りたいんだろう!」
 
 それは僕の言葉を汲んでか、それとも子供を守ろうとする母親を思ってか。
 
 「ビビってませんよ。ただ彼女は戦士になったからです。母親ではないです」
 
 「子供を思っての母親だろうが!    守ろうとしての戦士だろうが!」
 
 ……そうかもしれませんね。戦うなら母であり戦士であり、何かの為に戦うのがいいですかね。
 
 「殿です。死ぬかもしれません。いや、死ぬ確率はすごく高いです」
 
 「そう考えるのは違うのである、団長。死ぬのでは無く殺す人数が増えるだけである」
 
 死も恐れぬ白百合団か。殺す事が大好きな最強、最悪の白百合団だったね。僕は目を瞑り一呼吸をおいてから
 
 「やりましょう。敵は皆殺し、邪魔する者は全て殲滅します」
 
 「おぉ!   やっとやる気になったかヘタレ!」
 
 ヘタレでは無いですしビビりでもないつもりですよ。
 
 「皆さんもいいですね」
 
 「問題ないです」
 「頑張るッス」
 「今から悲鳴が聞こえるである」
 「新着の鎧を使うです~」
 「……」
 
 よし、後は……
 
 「よし、後は戦時報酬だな」
 
 
 やっぱりそれか!
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...