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第六十話
しおりを挟むヴィンセント・ラトランド侯爵が作った魔方陣は屋敷の地下にある。とても地下にあるとは思えないほど広大だ。思わず地盤の事を考えてしまう。
「用意は出来ている」
白百合団全員が集まっているが、魔方陣の中に入れるのはルフィナと僕の二人だけ。僕達が勝つか、死ぬまで陣は解ける事がない。
「もう一度だけ、説明をしておこう」
ルフィナの腕を軽く抱きながらラトランド侯爵の話を聞いた。ルフィナはソフィアさんの治療のお陰で戦えずとも魔方陣の中に入れるくらい回復していた。ソフィアさんに言わせればドーピングみたいな物で一時的に回復しているだけと言われた。
一時的でも不死の女王を始末するまで持ってくれればいいんだ。ルフィナを軽く抱いた腕さえ皮膚がドロッと崩れた。今は痛みさえ感じないのか。
「魔方陣の中にいくつか防壁の魔方陣を作った。その中に入れば多少は魔法を防ぐ事が出来るだろう。ルフィナは事が終わるまでそこに入っているんだ」
魔方陣の中に魔方陣を作るなんてラトランド侯爵ぐらいにしか出来まい。おそらく命を削って娘の為に作ったのか。
「団長、今なら間に合うのである。ここで止めたとしても誰も責めはせんである」
ルフィナがそう言った。僕は白百合団のメンバーの顔を見た。期待や不安の入り交じった顔をしている。アラナに関しては期待に目を輝かせプシリラさんは不安にかられた顔をしているよ。
「せめて自分に正直に。後悔はしたくないですからね」
「馬鹿な団長だ……」
馬鹿で結構。だって白百合団の団長ですから。
「始めようか」
僕とルフィナが魔方陣の中に入るとラトランド侯爵は防壁用の魔方陣を立ち上げ、続いてルフィナが不死の女王を呼び出す魔法を詠唱した。半円形の透明な膜の様な物で魔方陣が覆われて魔方陣の中央からどす黒い症気が立ち上がる。
その黒い症気がクルクルと回りだし次第に人の形、不死の女王を型どって現れた。
「またぞお主か、まだ死んでなかったのか」
赤いボロボロのドレスの中に、骨の隙間から鼓動した心臓が見えた。頭には王冠を付けた骸骨野郎がルフィナに話しかけやがった。
「ルフィナ、こいつで間違いないのかな?」
「そうである。かなりの強者である。気を付けるのである」
そうか。こいつがやったのか。こいつがルフィナを傷付け、泣かしたクソ野郎か!
「何を話しておる。死に損ない……」
まずは一回!
神速の抜刀で不死の女王の首を跳ねる。振り向き様に心臓を突き刺し切り上げた。
「申し遅れました。白百合団、団長のミカエル・シンと申します。訳あって不死の女王を死ぬまで殺しますので、よしなに」
宙を舞っていた首が胴体に戻り、突き上げた心臓の傷も骨も服さえも元に戻っていった。
「おのれ! 人間風情が……」
頭の先から股下まで真っ二つ。これで二回。
「ルフィナは防壁の中にいて下さい。危ないですからね」
またも不死の女王の体は元に戻り詠唱を始める。
「■■■■、毒のいぶ……」
開いてる口から脳髄まで突き刺し切り落とす。
「汚ねぇもん吐くんじゃねえよ」
これで三回。
何回でも殺してやる。何回でもだ!
僕は冷静に努めようと考えていた。剣さばきにブレが無いよう熱くなったらダメだと。
持っている黒刀が震える。怒りのために。今のルフィナを見て冷静にいられる事が出来ない。こいつが死ねばいいんだ。死ねばまた前の様にみんなで楽しくやっていける。団員の命を天秤にかける事もない。
それから何回殺しただろう。今はもう感情の熱さは無い。ただ機械の様に不死の女王が生き返る度に首を跳ね、心臓を突き刺し、体を裂いた。
「いい加減に死ねよ。お前、弱すぎ」
「おのれ! おのれ! 下等な人間風情が!」
僕の方が速く強い。それは圧倒的な速さがあればこそで、肉体的疲労が全く無いわけではない。自分でも分かるくらいに、最初の頃より速さが出せなくなってきている。
「■■■■、腐れろ」
女王の口から広範囲に渡って黒緑色の吐息が吐き出された。速さが追い付かなかった訳ではないが、不意を突かれて黒刀を振るう事が出来なかった。
神速を使ってルフィナのいる防壁の陣の中に逃げ込むだけで精一杯。歳は取りたくないねぇ。
「団長、油断してたであるな」
「ちょっと失敗しました。魔方陣内が煙で覆われてますけど何とかなりませんか?」
「我とてまだまだやれるのである。■■■■、浄化」
魔方陣の中に漂う黒緑色の霧が透明に透けていく。ルフィナは全身ボロボロだがまだ一緒に戦えそうだ。
「少しキツくなって来ました。ピンポイントでフォローできますか?」
「任せるのである」
口数が少ない。ルフィナもキツいのか。魔方陣の中がすっかりと晴れ渡った所を見計らってから……
「きゃっ!」
「駄賃です。行ってきます」
防壁の陣から出る前にルフィナの胸を揉ませてもらった。やっぱりヤル気の出る物が欲しいからね。
「待たせましたね、女王。そろそろ終わりにしたいですね」
「そうじゃな。お主が死んで仕舞いじゃ。■■■■、腐れの大剣」
不死の女王の回りにバスターソード並みの大剣が浮かび出て刀身は黒緑色を帯びている。ゆらゆらと揺らめいていた大剣は、不死の女王の手の一振りで全てがこちらに飛んできた。
僕の後ろには防壁の中に入ったルフィナがいる。交わしてもいいけど防壁に当たったら耐えられるのか!? 全てを打ち落としてやる!
速さでは負けていない。全てに対処出来るが一回一回が重い。二十も受けた所で右手の握力が無くなる。左手の盾で受けたら盾が腐り始め三回目で盾を棄てた。
残りは根性で落とす! 飛んでくる大剣が少なくなった所を見計らって距離を積め不死の女王の腹に逆手で突き刺し心臓まで切り上げ血が吹き出した。
刺した時から妙な感覚。
……こいつ体が出来てる。と、言うか肉が付いてるのか。首ばかり落としていて気が付かなかったが今だって血が吹き出した。
顔は骸骨、ドレスから見える首もとと手の先も骨しか見えないが、良く見れば身体には肉が付きボロボロのドレスも少しばかり綺麗になってる。
骸骨の不死の女王は人間に近くなってきてるのか? それは弱ってきた証拠か何かしらの奥の手か。
魔方陣の外からラトランド侯爵や皆が何かを話しているようだが、何も聞こえて来ない。ルフィナの声さえも防壁の中にいたら聞こえてこない。
これはワナか!? 奥の手があるのか!? 握力が少なくなっている以外、速さではまだ勝ってる。対処は出来るが、防壁の中で膝を付いたルフィナを見た瞬間に全ての考えが吹っ飛んだ。
殺す。ルフィナをこんな目に遭わせたヤツはぶち殺す! ワナ? 上等じゃねぇか! ハマってやるよ! その上でぶち殺す。
足は動く。剣は握れる。神速最大!
持てる力を全て吐き出し一刻も速く勝負を決めてやる。僕はそれから不死の女王の体が完全に再生するまで切り殺した。
不死の女王。顔や体が完全に再生され、黒髪に恐怖を覚える深紅の瞳。冷めた様な顔立ちに女王の風格さえ滲み出す。瞳と同じ深紅のドレスから膨らむ胸はルフィナの事がなければ生かしておきたいくらいだ。
「それが本当のお前か」
「そうだ。ここまで追い詰められるとは思わなんだ」
「随分と美人なんだな。でも殺す!」
「やってみるがよい。■■■■、腐れろ」
一瞬、遅れた。別に美人に目が行ってた訳でも大きな胸に見とれていた訳でもない。断じて無い! と、思う。
吐き出されると同時に左手で女王の口を塞ぎ自分の手ごと黒刀で脳髄まで貫いた。痛いの何のって凄い痛い!
「汚ねぇもん出すなって言っただろうが!」
口を押さえて切り上げ顔が真っ二つになって血が吹き上げる。不死の女王はゴボゴボと血を吐き出しながら
「これでお前は全身の骨まで腐れる。手だけで終わると思うなよ」
左手の指先は既に腐り落ち手首までも黒く変色し始めたが、僕は躊躇うこと無く左腕を切り落とした。 ……本当は少し躊躇ったよ。痛いだろうしね。せめて肘は残したいと思って覚悟の上で落とした。
この世界、魔法の力で怪我や病気をお金さえあれば簡単に治せるし失った四肢も錬金術の分野で義手、義足もメジャーだ。義眼も本当に見えるらしいから医術においては、こっちの方が発達しているのかもしれない。
「団長。無事であるか!?」
「防壁の中に入っていろ! もうすぐ終わらせますからね」
本当に終わらせないと。
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