異世界に来たって楽じゃない

コウ

文字の大きさ
60 / 292

第六十話

しおりを挟む

 ヴィンセント・ラトランド侯爵が作った魔方陣は屋敷の地下にある。とても地下にあるとは思えないほど広大だ。思わず地盤の事を考えてしまう。
 
 
 「用意は出来ている」
 
 白百合団全員が集まっているが、魔方陣の中に入れるのはルフィナと僕の二人だけ。僕達が勝つか、死ぬまで陣は解ける事がない。
 
 「もう一度だけ、説明をしておこう」
 
 ルフィナの腕を軽く抱きながらラトランド侯爵の話を聞いた。ルフィナはソフィアさんの治療のお陰で戦えずとも魔方陣の中に入れるくらい回復していた。ソフィアさんに言わせればドーピングみたいな物で一時的に回復しているだけと言われた。
 
 一時的でも不死の女王を始末するまで持ってくれればいいんだ。ルフィナを軽く抱いた腕さえ皮膚がドロッと崩れた。今は痛みさえ感じないのか。
 
 「魔方陣の中にいくつか防壁の魔方陣を作った。その中に入れば多少は魔法を防ぐ事が出来るだろう。ルフィナは事が終わるまでそこに入っているんだ」
 
 魔方陣の中に魔方陣を作るなんてラトランド侯爵ぐらいにしか出来まい。おそらく命を削って娘の為に作ったのか。
 
 「団長、今なら間に合うのである。ここで止めたとしても誰も責めはせんである」
 
 ルフィナがそう言った。僕は白百合団のメンバーの顔を見た。期待や不安の入り交じった顔をしている。アラナに関しては期待に目を輝かせプシリラさんは不安にかられた顔をしているよ。
 
 「せめて自分に正直に。後悔はしたくないですからね」
 
 「馬鹿な団長だ……」
 
 馬鹿で結構。だって白百合団の団長ですから。
 
 「始めようか」
 
 僕とルフィナが魔方陣の中に入るとラトランド侯爵は防壁用の魔方陣を立ち上げ、続いてルフィナが不死の女王を呼び出す魔法を詠唱した。半円形の透明な膜の様な物で魔方陣が覆われて魔方陣の中央からどす黒い症気が立ち上がる。
 
 その黒い症気がクルクルと回りだし次第に人の形、不死の女王を型どって現れた。
 
 「またぞお主か、まだ死んでなかったのか」
 
 赤いボロボロのドレスの中に、骨の隙間から鼓動した心臓が見えた。頭には王冠を付けた骸骨野郎がルフィナに話しかけやがった。
 
 「ルフィナ、こいつで間違いないのかな?」
 
 「そうである。かなりの強者である。気を付けるのである」
 
 そうか。こいつがやったのか。こいつがルフィナを傷付け、泣かしたクソ野郎か!   
 
 「何を話しておる。死に損ない……」
 
 まずは一回!
 
 神速の抜刀で不死の女王の首を跳ねる。振り向き様に心臓を突き刺し切り上げた。
 
 「申し遅れました。白百合団、団長のミカエル・シンと申します。訳あって不死の女王を死ぬまで殺しますので、よしなに」
 
 宙を舞っていた首が胴体に戻り、突き上げた心臓の傷も骨も服さえも元に戻っていった。
 
 「おのれ!   人間風情が……」
 
 頭の先から股下まで真っ二つ。これで二回。
 
 「ルフィナは防壁の中にいて下さい。危ないですからね」
 
 またも不死の女王の体は元に戻り詠唱を始める。
 
 「■■■■、毒のいぶ……」
 
 開いてる口から脳髄まで突き刺し切り落とす。
 
 「汚ねぇもん吐くんじゃねえよ」
 
 これで三回。
 
 何回でも殺してやる。何回でもだ!
 
 僕は冷静に努めようと考えていた。剣さばきにブレが無いよう熱くなったらダメだと。
 
 持っている黒刀が震える。怒りのために。今のルフィナを見て冷静にいられる事が出来ない。こいつが死ねばいいんだ。死ねばまた前の様にみんなで楽しくやっていける。団員の命を天秤にかける事もない。
 
 
 
 それから何回殺しただろう。今はもう感情の熱さは無い。ただ機械の様に不死の女王が生き返る度に首を跳ね、心臓を突き刺し、体を裂いた。
 
 「いい加減に死ねよ。お前、弱すぎ」
 
 「おのれ!   おのれ!  下等な人間風情が!」
 
 僕の方が速く強い。それは圧倒的な速さがあればこそで、肉体的疲労が全く無いわけではない。自分でも分かるくらいに、最初の頃より速さが出せなくなってきている。
 
 「■■■■、腐れろ」
 
 女王の口から広範囲に渡って黒緑色の吐息が吐き出された。速さが追い付かなかった訳ではないが、不意を突かれて黒刀を振るう事が出来なかった。
 
 神速を使ってルフィナのいる防壁の陣の中に逃げ込むだけで精一杯。歳は取りたくないねぇ。
 
 「団長、油断してたであるな」
 
 「ちょっと失敗しました。魔方陣内が煙で覆われてますけど何とかなりませんか?」
 
 「我とてまだまだやれるのである。■■■■、浄化」
 
 魔方陣の中に漂う黒緑色の霧が透明に透けていく。ルフィナは全身ボロボロだがまだ一緒に戦えそうだ。
 
 「少しキツくなって来ました。ピンポイントでフォローできますか?」
 
 「任せるのである」
 
 口数が少ない。ルフィナもキツいのか。魔方陣の中がすっかりと晴れ渡った所を見計らってから……
 
 「きゃっ!」
 
 「駄賃です。行ってきます」
 
 防壁の陣から出る前にルフィナの胸を揉ませてもらった。やっぱりヤル気の出る物が欲しいからね。
 
 「待たせましたね、女王。そろそろ終わりにしたいですね」
 
 「そうじゃな。お主が死んで仕舞いじゃ。■■■■、腐れの大剣」
 
 不死の女王の回りにバスターソード並みの大剣が浮かび出て刀身は黒緑色を帯びている。ゆらゆらと揺らめいていた大剣は、不死の女王の手の一振りで全てがこちらに飛んできた。
 
 僕の後ろには防壁の中に入ったルフィナがいる。交わしてもいいけど防壁に当たったら耐えられるのか!?    全てを打ち落としてやる!
 
 速さでは負けていない。全てに対処出来るが一回一回が重い。二十も受けた所で右手の握力が無くなる。左手の盾で受けたら盾が腐り始め三回目で盾を棄てた。
 
 残りは根性で落とす!    飛んでくる大剣が少なくなった所を見計らって距離を積め不死の女王の腹に逆手で突き刺し心臓まで切り上げ血が吹き出した。
 
 刺した時から妙な感覚。
 
 ……こいつ体が出来てる。と、言うか肉が付いてるのか。首ばかり落としていて気が付かなかったが今だって血が吹き出した。
 
 顔は骸骨、ドレスから見える首もとと手の先も骨しか見えないが、良く見れば身体には肉が付きボロボロのドレスも少しばかり綺麗になってる。
 
 骸骨の不死の女王は人間に近くなってきてるのか?   それは弱ってきた証拠か何かしらの奥の手か。
 
 魔方陣の外からラトランド侯爵や皆が何かを話しているようだが、何も聞こえて来ない。ルフィナの声さえも防壁の中にいたら聞こえてこない。
 
 これはワナか!?    奥の手があるのか!?    握力が少なくなっている以外、速さではまだ勝ってる。対処は出来るが、防壁の中で膝を付いたルフィナを見た瞬間に全ての考えが吹っ飛んだ。
 
 殺す。ルフィナをこんな目に遭わせたヤツはぶち殺す!    ワナ?    上等じゃねぇか!    ハマってやるよ!    その上でぶち殺す。
 
 足は動く。剣は握れる。神速最大!
 
 持てる力を全て吐き出し一刻も速く勝負を決めてやる。僕はそれから不死の女王の体が完全に再生するまで切り殺した。
 
 
 
 不死の女王。顔や体が完全に再生され、黒髪に恐怖を覚える深紅の瞳。冷めた様な顔立ちに女王の風格さえ滲み出す。瞳と同じ深紅のドレスから膨らむ胸はルフィナの事がなければ生かしておきたいくらいだ。
 
 「それが本当のお前か」
 
 「そうだ。ここまで追い詰められるとは思わなんだ」
 
 「随分と美人なんだな。でも殺す!」
 
 「やってみるがよい。■■■■、腐れろ」
 
 一瞬、遅れた。別に美人に目が行ってた訳でも大きな胸に見とれていた訳でもない。断じて無い!   と、思う。
 
 吐き出されると同時に左手で女王の口を塞ぎ自分の手ごと黒刀で脳髄まで貫いた。痛いの何のって凄い痛い!
 
 「汚ねぇもん出すなって言っただろうが!」
 
 口を押さえて切り上げ顔が真っ二つになって血が吹き上げる。不死の女王はゴボゴボと血を吐き出しながら
 
 「これでお前は全身の骨まで腐れる。手だけで終わると思うなよ」
 
 左手の指先は既に腐り落ち手首までも黒く変色し始めたが、僕は躊躇うこと無く左腕を切り落とした。    ……本当は少し躊躇ったよ。痛いだろうしね。せめて肘は残したいと思って覚悟の上で落とした。
 
 この世界、魔法の力で怪我や病気をお金さえあれば簡単に治せるし失った四肢も錬金術の分野で義手、義足もメジャーだ。義眼も本当に見えるらしいから医術においては、こっちの方が発達しているのかもしれない。
 
 「団長。無事であるか!?」
 
 「防壁の中に入っていろ!   もうすぐ終わらせますからね」
 
 
 本当に終わらせないと。
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜

サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。 〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。 だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。 〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。 危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。 『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』 いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。 すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。 これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

処理中です...