異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第六十二話

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 「シン殿には色々とお世話になった」 
 
 
 席に付いてのラトランド侯爵の第一声がこれだった。まぁ、自分で言うのもあれだけど頑張った方だと思うよ。物理攻撃の効かない不死の女王を魔剣で倒したんだからね。
 
 左腕を無くしたのは残念だけど、義手を作れば問題ない。それよりか、勲章とかもらえないだろうか。報償金とか、マジックアイテムとか……
 
 「ルフィナを嫁にやろう」
 
 そうルフィナとか……   ラトランド侯爵、ルフィナの父親から衝撃の一言が僕を地獄に突き落とす。
 
 「父上、その心配はいらないのである。既に我とミカエルは婚姻の儀は終わらせているのである」
 
 衝撃の二言目。地獄より下の世界はあるのだろうか。衝撃過ぎて話に付いていけない。いつのまに婚約したんだ。侯爵も何を言っているんだか。衝撃を受けただけならまだしも、超絶的な殺気が食卓を囲んだ。
 
 「どう言う事だ、ミカエル!」
 
 楽しい食事の時間は終わった。さすがはプシリラさん、反応が早い。そして、こちらも負けていない。言い終わる前に容赦の無い不幸にも心臓麻痺。久しぶりにキツい。神速の全力心臓マッサージで対応するも、クリスティンさんの冷えた目が突き刺さる。
 
 アラナは爪を伸ばしているし、オリエッタは何処から出したか身体より大きなハンマーを持ち出してる。ソフィアさんにいたっては全身がプラチナ色に輝き始めた。
 
 あぁ今日、僕はここで死にます。今まで応援してくれた方々、さようなら。それとそこの黒ローブ!    優雅に飯なんて食ってるんじゃねぇ。
 
 「プシリラ。式には皆を呼ぶである。楽しみに待っているのである」
 
 火に油を注がれた。業火となったプシリラさんが蹴り上げた重いテーブルは、天井にまで浮き上がり高価な料理を撒き散らしながら砕けて落ちた。
 
 何を言っているんだかさっぱり分からない。この強烈な誤解をどうやって解けばいいんだ。いや、もう解ける気がしない……
 
 沈黙の十秒。僕は心臓マッサージで忙しく息も絶え絶えで弁解をする余裕が無い。そして恐怖の大王、地獄の使者、プシリラさんが壊したテーブルを乗り越えてやって来る。右腕だけをライカンスロープに変えながら。
 
 「どう言う事だ。ミカエル……」
 
 同じセリフを二度言うなんて、大事な事ですからね。ただ今度の言葉は冷やかだ、爪の伸びた手で首を閉めながら言うのは、どうだろう。これでは益々、喋れない。
 
 持ち上げられたかと思ったら今度は急降下。僕はルフィナの食事を撒き散らしてテーブルに叩きつけられる。
 
 「どう言う事だ、ルフィナ!」
 
 今度は烈火の如く。大事な事だから三度も言うんですね。僕にも弁明の機会が与えられないのだろうか。希望の灯火が欲しい。
 
 「どうもこうもないである。先ほど皆の前で婚約の儀を宣言したのである」
 
 力の入るライカンスロープの右腕。僕が最強なのは速さであって力ではない。ここまで押し込まれるとテーブルの上でジタバタするだけの、まな板の上の鯉状態。
 
 「説明を聞こうか!」
 
 やっとか。やっと僕の話を聞いてくれるのか。その前に首を絞めるのを止めて。それと心臓麻痺も止めて。
 
 プシリラさんが首を緩めるとクリスティンさんの不幸にも心臓麻痺も止まった。この合わせ技は僕を殺す。心臓マッサージをしていると速さが激減するから、同時に対処はとてもキツい。
 
 「ゴホッ、ゴホッ。話をさせて下さい」
 
 とてもカッコ悪い姿です。テーブルに叩きつけられ食事やワインにまみれながら……   団長なんですけどね。
 
 「ぼ、僕は婚約の事は知りません。初耳です。それに皆の前でって言ってたじゃないですか。プシリラさんも聞いていたんですか?」
 
 きっと全員の頭の中でクエスチョンマークがタップダンスをした事だろう。いつ?    さっき?    皆も聞いていたならルフィナがローブを脱ぎ捨てた時?    あれは良かった。いい物を見た。今度、見る時は……   
 
 「さっき何を言いやがった!」
 
 ルフィナを睨んだまま、僕をテーブルに叩きつける。言ったのはルフィナなんだから……   暴力反対です。
 
 「先ほど皆の前で団長に生涯の忠誠と敬愛を誓ったである。皆も聞いていたである。団長が肯定することもである」
 
 確かに言ったね。忠誠と敬愛。肯定もしたよ。「うん」てね。    ……それがどうやれば婚約になるんだよ!    話が飛躍し過ぎだろ。
 
 「……それは詐欺みたいです」
 
 そうそう。クリスティンさんも言ってやれ。「ミカエルと結婚するのは私です」と。心臓麻痺はルフィナにしてくれ。
 
 プシリラさんの尖った爪が引き、腕も人型になってようやく解放された。アラナもオリエッタも危ない物は引っ込めてソフィアさんの輝きも消えていった。
 
 
 それから二時間。ルフィナは足を組みワインを飲みながら、僕は床に正座をさせられ説教をくらった。ルフィナは紛らわしい事を言った件について、僕は安易に肯定した事について。
 
 白百合団が入れ代わり僕に罵倒を浴びせ、時には胸ぐらを捕まれ、朝からとても充実で濃厚な二時間を過ごさせて頂きました。
 
 ルフィナの方と僕の説教に差があるのは何故だろう。    ……先生!    差別じゃないですか!?
 
 二時間も経つと皆の怒りも収まり、ルフィナも嫌々ながら納得し僕の足の感覚が全く無くなった所でラトランド侯爵が火に爆弾を投げ入れた。
 
 「そういう訳にはいかん。……かも知れん」
 
 せっかく収まりかけた火災現場の横で何故にバーベキューをしようとするのか。僕はアラナの手を借りて椅子に座った。
 
 「団長はこの帝国の臣民ではないな。その他国の者が帝都で侯爵家に攻め行った場合、どうなるか考えた事はあるのか」
 
 その場合は逃げるつもりでした。元々、ルフィナを取り返して逃げるつもりだったし不死の女王の事はルフィナを守る「ついで」にやった事だ。
 
 「皇帝陛下の名前で召喚状が届いておる。ミカエルが我が家の者となれば喧嘩で済むが、他人では犯罪者だ。守ってやるには我が家に迎え入れる方がよい。ルフィナもまんざら悪く思っては無いようだしな」
 
 もう皇帝にまで話が行ってるなんて早すぎないか?    侯爵がチクったに違いない。二者択一。婿に入るか犯罪者か。逃げるの選択肢もあるけど選んでもいいですか?
 
 「かも知れないと言うのはどう言う事ですか?」
 
 「ふむ、これが騎士団の名で召喚されていたら間違いなく犯罪者だ。ただ皇帝陛下の名前で犯罪者を召喚するとは思えん。それがもう一つの選択肢だ」
 
 行ってみなければ呼ばれた理由が分からないって事か。婿か犯罪者か、それとも皇帝陛下の考える別の一つのに掛けるか。選択肢が増えたけど、どれが正しい選択なのだろう。
 
 「逃げるのはどうでしょう?」
 
 「アシュタール帝国を相手に逃げるのか?    その時は俺も追わなくてはならん。仕事を増やされては困るな」
 
 絶対に貴方がチクったんでしょ。本当は追わせて白百合団ごと自分の物にしたいとか。クリスティンさんはあげないぞ。
 
 「分かりました。考える時間と着替える時間を頂きたい」
 
 「構わんよ。楽しい答えを待っている」
 
 この場合、「楽しい」答えじゃなくて、「正しい」答えを待つものだろ。愛の逃避行なんてルフィナとしてたら、夜も心配で眠れない。プリシラさんもクリスティンさんも、ソフィアさんやアラナやオリエッタも同じだ。
 
 
 取り敢えず、風呂に入ろう。
 
 
 
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