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第六十五話
しおりを挟むアシュタール帝国、ハリルトン城の城門をくぐり抜けて城の前に立った時、その城の大きさ、壁に彫られた石像、出迎える人の数々、一人で来てたら馬車にスルーして戻ってもらいたくなる。
もちろんスルーはしないで馬車を降りる。僕が先に降りてから、ルフィナをエスコートする様に手を伸ばす。受けるルフィナは本当に淑女の様な振る舞いをしている。
こいつ悪魔ですからね。幼女の姿をしてるけれど、騙されないで! 昨日の夜はナイフで刺したんですよ! と、心のうちを叫んでやりたい。
この世界でもレディファーストはあるのだろうか? 白百合団のレディファーストなら「先に殺させろー」とか「先にヤらせろー」ぐらいしか思い付かない。ルフィナと腕を組んではいるが、もう少しレディファーストを考えようかな。生きて帰れたらやってみよう。
腰に帯びた黒刀とルフィナのナイフは早々に取り上げられた。ルフィナは魔法があるし爵位受領だからいいけど、僕の方はこの中で丸腰は心もとない。
案内役の人から待合室に通され、大きな部屋に二人きり。二人の中に流れる微妙な空気。一人は爵位受領、一人は死刑かもしれない、そんな空気。
「緊張しているであるか」
しない方がおかしい。この後の事を考えると胃が痛い。ルフィナは僕の方の来ると両腕を首に廻して顔を近付けて来た。なんだ!? 膝蹴りでも飛んでくるのか。
ルフィナはそっと唇をかわして優しく笑った。その笑顔は僕に安らぎを与えるには、充分だった。後はお約束の膝蹴り!
「誰も乳まで揉ませるとは言ってないである!」
緊張を解くなら、そこまでさせて欲しいのです。ローブの中に入れた右手の感触。小ぶりながら、柔らかくてまた触りたくなる。絶対に生きて帰るぞ!
時間が来たのか、案内役に従って大きな扉の前まで来た。いよいよ判決の時か。重い扉が開くと中には数百の完全武装の騎士達が僕達が進む道を挟んで並んでいる。
「ルフィナ・ラトランド準子爵様。ミカエル・シン様。ご登城でございます」
その言葉と共に中央を振り向き剣を引き抜く騎士団。僕とルフィナの通る赤い絨毯の道が剣の道に変わった…… いや、それよりルフィナの谷間に顔を埋めて……
「参るである」
「行きましょう」
剣の道に足を踏み入れ、引き返す事が出来なくなった。ルフィナを横目で見ると、埋めるほどの谷間が無いことに気付いた。
マクシミリアン・アシュタール皇帝。
何代目か知らないけど、この大陸の最大国家の頂点に立つ男。身の丈、二メートル近くの巨漢であり皇帝と言うより狂帝。彼がシロと言えば男だってパンツを脱ぐくらいの強大な権力を持つ。
廻りには礼服では無く武装した騎士達。これでビビらないルフィナは流石としか言いようがない。風のように優雅に歩くルフィナに対して僕は逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。
騎士達の剣の道を過ぎると礼服を着た文官らしき人達の間を抜けようやくルフィナが止まった。僕も慌てて止まり、二人で皇帝陛下の前で膝をつく。
始まる前に「とにかく真似をしろ」とルフィナに言われてなかったら緊張の余り何処まで進んだか分かったものじゃない。見せてやるぜ! 戦場仕込みの反射神経。
「アシュタール帝国、皇帝陛下。マクシミリアン・アシュタール陛下である。両名とも控えるよう」
膝を付いて控えているつもりだけど、これでいいのか? ルフィナを横目で見ても同じ姿勢。これでいいんだよね。
「マクシミリアン・アシュタールだ。両名とも気楽にせい」
「ハハァー」
返事をしてもいいのか? 真似するぞ。
「ハハァ~」
ヤバ、声が裏返った。恥ずかしい。帰りたい。吐きたい。
「この者達が今回、爵位受領する者でございます。右がルフィナ・ラトランド準子爵。この度、不死の女王の従属させた者でヴィンセント・ラトランド侯爵の子女でございます。左がミカエル・シン様。ルフィナ・ラトランド準子爵が所属する傭兵、白百合団の団長にて今回の不死の女王の従属化に多大な貢献をした者でございます」
改めて言われると凄い事をしたのかな。もっと誉めて。誉め称えて。って、爵位受領!? 僕も爵位がもらえるの? 死刑を賜るとかじゃないよね。
「両名とも皇帝陛下の前へ」
ルフィナに遅れて立ち上がり皇帝の前へ。皇帝陛下の座っている玉座の一番下に着いた時、ルフィナに遅れて膝を着いた。大丈夫だ。そんなにヘマはしてない。裏声も無視してくれたし大丈夫なはずだ。
上目使いで皇帝を見るとまるで地響きを立てるように降りて来てルフィナの前で止まった。皇帝は剣を引き抜き両手で胸元に寄せた後、ルフィナ肩に剣を乗せた。
「ルフィナ、久しぶりだね。なんだか若返ってるような…… 今は元気にやってるようで良かったよ」
えっ! 優しい声。皇帝陛下ってこんなにフレンドリーなの? 見た目と全然違う。もしかしてルフィナの知り合いか。自分の友達が芸能人と知り合いな気分。
小声で言った言葉を聞こえていたのは僕達だけだろう。ルフィナが貴族だった事も皇帝陛下に声を掛けられる程の人だったのも知らなかった。
少し姿勢を只した皇帝陛下はルフィナの肩に剣を置き直し爵位受領の言葉を述べた。
「マクシミリアン・アシュタールの名に置いて、ルフィナ・ラトランドを子爵に命ずる。いかなる時も忠誠と勇気を胸に帝国の為につくせ」
割れんばかりの拍手! 思わずビクッと体が動いたね。あぁ恥ずかしい。でも、これだけだ。ただ座っていたら終わる。
続いて僕の前にやってきた。静まる会場、高鳴る鼓動。吐きそうだ。皇帝陛下は僕の肩では無く首に剣を突き付けた。
「ちょっと顔、貸せや!」
地の底から吐き出される様な低い声。突き付けられた剣でうっすらと首を切ってから納めると皇帝はトコトコと奥の方へ歩いていく。
「だ、団長……」
吐きそうだ。もう吐きたい。込み上げてくる感動以外の物を飲み込みルフィナに向かって言った。
「大丈夫だよ」
大丈夫な訳ないだろ! 死刑になるかと思って落とされ、爵位をもらえるのと思って上げられ、呼び出し喰らってまた落とされる。ジェットコースターは嫌いなんだよ!
だが、しかし、僕は歩き出す。ルフィナの前でカッコ悪い所は見せたく無いから。 ……見た目はね。内心はドキドキだ。
皇帝陛下の入って行った部屋に僕も後を追って入って行く。素早く部屋中を観察。窓がある。僕は丸腰で左手は義手。外には重武装の騎士団。いざとなったら窓から逃げよう。
「飲むか……」
仕事中です!
「頂きます……」
二メートルのプロレスラーに進められて断れる訳がないだろう。皇帝陛下が持っている小さなグラスを受け取った僕は、一口で飲むには大きすぎるグラスだった。
「それで…… ルフィナ嬢との関係は?」
そう来たか。皇帝ともあろう人がルフィナと軽口を話しているなんて変だと思ったんだ。
「あの娘はな、いい娘なんだ。父親が変だがあの娘は優しくて花を愛するとてもいい娘なんだ…… それを傭兵になるだぁ! 貴様! いったい何をしたんだ!」
近い、近いですよ皇帝陛下。顔が付くぐらい迫られる迫力は鬼気迫るものがある。酔っても無いのに吐きたくなってきた。
僕は親切丁寧に今までの事を、皇帝陛下のルフィナに持っている印象を壊さない様に、僕が死刑にならないような所まで話した。
「なるほどな……」
信じたかどうか分からないがソファに座りこんだ皇帝は一応の納得をしたようだった。
「それで我が帝国をどう見る……」
おっと、話がいきなり変わった。ジャブか? フェイントのつもりか? それなら本題は次か。僕は思った事を話した。
残念ながら帝国の騎士達は弱い。前世では個人の強さが際立っていたけれどラトランド侯爵の所にいた者の弱さと、ここに並んでいた者の見た目の感想。そして文官の中にいた魔法使いの数の少なさ。全員を並べていないだろうけど、あれは少ない。
騎士の数は多い、多いのだが実践経験は皆無だろう。国の大きさに胡座をかき戦わずにいた帝国は烏合の衆とも言えなくない。
「ならばどうすれば良い……」
これが本題か。僕をわざわざ呼んだ理由。普通に呼んでくれれば良いのに演出好きなのかな。
強くする為には実戦を踏めばいい。戦って生き残れば次へ繋がる。繋がりを横に広げ戦えなかった者には教えてやればいい。時間を掛けなければ強くはなれない。
「他国に戦争を仕掛けろと……」
それは儲かる! だがそれは魔王との戦いの前に疲弊した帝国が出来上がってしまう。強くなって欲しいが戦えない程の弱くなって欲しくない。
戦闘経験を維持し他国を攻めない事。戦わないで戦う事ってどう言う事? 自分で言ってて分からなくなった。
二人の…… 皇帝と傭兵の間に静かな空気が流れる。窓の外は青空で、窓を破って逃げるのには良い天気だ。壁には皇帝陛下とお妃様の絵画も掛けられていた。陛下はお歳を召されているようだが、お妃様は随分と若く、誇張しているのか巨乳だ。
……あぁ、僕ってどうして思い出せなかったのだろう、あの谷間を。
「皇帝陛下、他国に戦争を仕掛けずとも実戦を経験する事は可能です」
「……何とする」
僕は谷間の話を…… マノン・ギーユさんに頼まれていた湖水地方に住み着いたリザードマンの話をした。水源の汚染、魔石が取れる事。そして村人が殺された事。マノンさんの事は話さないでいた。
「初耳だ……」
水源の汚染は帝国にも影を落とすはずなのに、皇帝にも届かない様に情報を隠蔽したヤツがいる。余程の権力者なのか情報操作が上手いのか。敵に回すと厄介だ。
「これを帝国騎士団で打ち破ります。実践経験もでき水源の汚染も止められれば陛下のご威光は増すばかりかと」
皇帝陛下を巻き込めば下手な手は打てないだろう。帝国騎士団が出てリザードマンを倒せばマノンさんの望みも叶うし、お金を返せば横領した事実も消せて僕らは楽が出きる。一石三鳥とは正にこの事。
「それで我が騎士団で打ち破れるのか」
今の騎士団では無理です。リザードマンは強いと思うので。
「数で押し込めば必ず」
「数か…… 数を持ってしても有象無象では仕方があるまいて。……ふむ、お主が教えてやれ。実践経験は豊富であるしマクジュルの件も届いておるぞ。なかなかの指揮ぶりだったそうな」
えっ! 平民の僕が貴族に教えれる訳がないよ。それに戦争が得意なんで教える事はしてません。
ここから先、皇帝陛下の予定通りだったのか話の方が僕の是非は抜きで進み一石三鳥が二鳥くらいになって、僕は楽そうに出来そうになかった。
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